第82話 「二階大浴場」

 

「にしても、見回りの人形たちはたくさん襲い掛かってくるのに、罠とかは全然ないんだな。てっきり僕たちを警戒してトラップだらけになってると思ったんだけど」

 

 再び大廊下を歩き始めた僕は、辺りを見回しながら呟く。

 ここまでで引っかかった罠はゼロ。

 というより、仕掛けられているところすら見ていない。

 僕たちが来ることを警戒して、一つ二つくらいはあると思ったんだけど。

 

 不審に思っていると、プランも同じくあちこちに視線を泳がし、うんうんと頷いた。

 

「そうッスねぇ。周りを見ても、罠が仕掛けられている気配は皆無ッス。面倒で仕掛けなかったんじゃないッスか?」

 

「うぅ~ん……」

 

 そうとは考えにくいなぁ。

 魔王の力を持ってすれば、罠を仕掛けるくらい造作もないことだと思うし。

 それすら面倒くさがって僕らの侵入を許したとは思えないなぁ。

 

 そう考えていると、不意にマリンが口を開いた。

 

「いいえ、私にはわかるわ」

 

「……?」

 

「罠なんて、これっぽっちも可愛くないもの。私と同じ可愛いもの好きなら、自分の城にそんなもの仕掛けたくないはずだわ」

 

「……」

 

 ……な、なるほど。

 妙に説得力があるな。

 罠は可愛くないから魔王城には仕掛けたくない。

 たとえ僕たちの侵入を許したとしても、そこだけは譲れない思いがあるのかもな。

 と、マリンの意見に納得していると、今度はアメリアが言った。

 

「もしくは、ただ単純に私たちがこんなに早くやってくるとは思わなくて、罠の仕掛けが間に合わなかったのかもしれないな。おそらく、ゲートのことも知らないはずだし」

 

「……そっか」

 

 なんかそっちの方があり得そうな話だな。

 なんて話をしている間に、僕たちは二階に続く階段へとたどり着いた。

 一階ではいまだに、人形たちがカタカタと走り回る音が聞こえているので、急いで上へ向かうことにする。

 どうやら魔王リリウムガーデンは、三階の自室にいるということなので、また次の階段を見つけなければならない。

 おそらく上の階にも人形たちはいるだろうし、これは一筋縄ではいかないな。

 

 そう思いながら二階へ上がった僕は、その光景を見て思わず叫ぶ。

 

「うわっ! なんだここ!?」

 

 先刻の大広間よりも大きい空間。

 そこにはもくもくとした霧が充満していた。

 否、これは霧ではなく、湯気だ。

 見渡す限りの湯気。そして周囲にはその発信源となっているお湯が大量に張られている。

 なんなんだここ? と疑問符を浮かべていると、その問いにアメリアが答えてくれた。

 

「ここは見ての通り、大浴場だな」

 

「だ、大浴場?」


「あぁ、魔王がよくお気に入りの人形たちと一緒に入っている、一番手の込んだ場所……だろうな」

 

「へ、へぇ」


 今一度大浴場を見渡してみる。

 円形の造りとなっているこの場所は、中央に一本の通路が引かれていて、それを半円形の温水プールが両脇から挟み込んでいる。

 一階のロビーや大廊下もかなり凝っていた印象だが、確かにここはそれ以上に力が入った造りになっている気がするな。

 お気にの人形たちと一緒に入っている……か。

 子供っぽい奴だな、魔王リリウムガーデン。


 そう思いながら浴場を眺めていると、プランがどれどれとお湯に手を突っ込み始めた。

 魔族が入っている風呂だというのに、不用心極まりない行動である。

 しかしプランは"はぁ~"と心地よさそうな声を漏らし、恍惚とした表情を浮かべた。

 次いで嬉々として変な提案をしてくる。

 

「ここらで少しあったまっていきますッスか?」

 

「いやあったまんねえよ。敵地で何しようとしてんだ」

 

 実にプランらしい言動に、思わず呆れた顔をしてしまう。

 なにバカなこと言ってんだこいつ。

 

「いえ、魔王との決戦前なので、温泉に浸かって『生命力と魔力全回腹!』みたいな?」

 

「いや、確かに疲れてはいるけど、呑気にそんなことやってたら人形たちに殺されるだろ」

 

 そう返しながら僕は、大浴場の通路を歩き始めた。

 その後方で名残惜しそうにお風呂を見つめるプランに、僕は言う。

 

「入りたきゃ一人で勝手に入ってろよ。僕たちは先に行くから」

 

「えぇ~、そんな意地悪言わないでくださいッス~。一緒に入りましょうよノンさ~ん」

 

 誰が一緒に入るか。

 呆れながら三階に続く階段を探していると、プランが急いで僕の後を追い掛けてきた。

 ぶーたれた様子でたたたと走ってくる。

 緊張感のない奴だな、なんて改めて思っていると、突然斜め後方から……

 

「わっ!」

 

「……?」

 

 プランの驚く声が聞こえた。

 いったい何事だと思って振り向いてみる。

 するとそこには、浴場で走ったばかりに盛大に足を滑らせたのか、バランスを失ったプランが僕に突っ込んでくる景色が映っていた。

 

「…………はっ?」

 

 ドンッ! バッシャ―ーーン!!!

 温かいお湯が全身を包み込む。

 うん、確かにこれはいい湯だな。浸かりたくなる気持ちもわからないではない。

 なんて考えている場合ではなく、急いで水面から体を起こして前髪をかきあげると、同じく風呂から立ち上がったプランと目が合った。

 しばし彼女は硬直し、やがて冷や汗を流しながら言う。

 

「こ、これで、生命力と魔力、全回復ッスね!」

 

「……」

 

 当然僕はプランの頭を引っ叩いた。

 

「このバカプランが! 最近大人しくしてるかと思ったら、ここぞって時にやりやがったな!」

 

「ご、ごめんなさいッス! でもわざとじゃないんス!」

 

 魔王戦の前になんてことしてくれやがったんだ。

 かっこよくテレアの助けに入ろうと思ってたのに。

 びしょびしょじゃねえか。

 魔王との決戦前にずぶ濡れになる英雄なんて聞いたことねえよ、なんて思っていると、不意にアメリアが声を掛けてきた。

 

「おい、遊んでいるところ悪いが……」

 

「いや別に遊んでねえわ!」

 

「見えたぞ、魔王の自室に繋がってる階段」


「えっ?」

 

 そう言われて、彼女の視線を追ってみる。

 すると浴場の通路の先に、らせん状になっている大階段を見つけた。

 あれが三階魔王室に繋がっている階段。

 あそこを上がった先に、捕まったテレアが待っているんだ。

 そうとわかった僕は、すかさず浴槽から這い上がり、服が重くなったまま階段前へとやってきた。

 

 入ってる間はいいけど、上がったらめちゃ寒いな。

 風邪ひいたらこいつのせいにしてやる。

 プランのせいでなんだか緊張感があまりないけど、とりあえず魔王との決戦を目前に控えたのだった。

 

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