第81話 「一階ロビー」

 

 雪崩のように襲い掛かってくる人形たちをしりぞけ、ようやく城内に侵入した僕たち。

 こうなってしまっては、今さらコソコソする意味もないので、堂々と正門からお邪魔することにする。

 赤い絨毯が伸びる大廊下を進んでいき、やがて僕らは煌びやかな大広間に出た。

 

「アメリア、ここは?」

 

「魔王城の一階ロビーだな。普段は魔王の世話をしている人形たちが、せわしなく走り回っている場所……なのだろうが、今は私たちの侵入によってあちこちに分散しているらしい。おそらく魔王の奴は三階の自室にいるだろう」

 

「んじゃ、上に行く階段まで案内よろしく」

 

 そう話して再び歩き始める。

 それにしても、目がチカチカと痛くなる広間だな。

 汚れ一つない真っ赤な絨毯もそうだが、何よりも特徴的なのはピンクの内壁と巨大シャンデリア。

 誰が書いたのかもわからないイラストが廊下の奥まで続いていて、それをシャンデリアの灯りが神々しく照らしている。

 おまけにそこら中には子供っぽいデザインの置物が点在しており、これではまるで魔王城と言うより、幼い王女様が住む王城のようだ。

 

 リリウムガーデンの奴、ホントおかしな趣味してんな。

 配下の魔族たちも参っていたことだろう。

 城では人形たちが動き回っているし、目が痛くなる恥ずかしい内装だし、誰からも理解はされなかっただろうな。

 ……と、思っていると、マリンが置物の一つに触れながら、悔しそうに呟いた。

 

「くっ、敵ながらいいセンスしてるわね。普通に可愛いわ」

 

「勇者が魔王のセンスに共感すんな」

 

 世界を揺るがしかねないぞ。

 そういう危ない発言は控えてほしいものだ。

 なんて、取り留めもない話をしながら歩いていると、突然奥の曲がり角から人形たちが現れた。

 その光景を前に、思わずマリンは嫌そうな顔をする。

 もう可愛いものを斬るのは懲り懲りなのだろう。


 そんな彼女の心情を察し、僕は前に歩み出た。

 

「少し下がってろよマリン」

 

「えっ?」

 

「魔王との決戦前に無理されても困るからな。ここからはなるべく、僕が人形の相手をする」

 

「……」

 

 少しばかりかっこつけてみると、なぜかマリンは弱々しい返事で応えた。

 

「……あ、ありがと」

 

「んっ。じゃあ行くぞ!」

 

 マリンの声に背中を押されるように、僕は前方に飛び出す。

 腰に携えていたナイフを抜き、先頭にいたゴスロリ人形に容赦なく斬りかかった。

 

 確かにマリンは性格最悪で、『勇者』の天職を失ったのも当然なのかもしれない。

 それでも、バカみたいに正直な奴だ。

 仲間のために勇者の力を取り戻したし、それに僕にとっては紛れもなく幼馴染である。

 だから本当に仕方なく、彼女のことを助けてやろうと僕は思った。


 せめてこの人形たちくらいは片付けてやる。

 そう決意してナイフを振ってみるが、なんと驚くことに、その一撃は回避されてしまった。

 

「むむっ……」

 

 少しばかり癪に感じる。

 マリンがああも容易く倒していたので、てっきり楽勝かと思ったら。

 意外に動ける奴らじゃないか。

 密かに感心していると、ゴスロリ人形はカタカタと嬉しそうに飛び上がり、手にしていた武器を僕に向けて突き出してきた。

 

 それは、よく研がれた包丁だった。

 

「ひえっ――!」

 

「カタカタカタッ!」


 間一髪のところで体を捻る。

 あと一瞬でも遅れていたら、腹を貫かれていた。

 人知れず冷や汗を流す中、他の人形たちも各々の武器を振り回し始めた。

 

「わわっ! 危なっ!」

 

 鎌や手斧、ノコギリや用途不明の巨大バサミまで。

 おぞましいそれらを僕は紙一重で躱し、あるいは捌いていき、思わず顔をしかめる。

 実際に戦ってみてようやくわかる。

 

 (こいつら……超強いっ!)

 

 力、魔力、耐久、素早さ、技術。

 どれを取ってもそこいらの魔物とは比べ物にならない。

 おまけに体が小さいということもあり、こちらの攻撃はかなり当たりづらくなっているのだ。

 サンサン大陸で戦った砂騎士の十倍くらい強いぞ!

 

 よくマリンはこんな相手を一撃で倒してきたな。

 かっこつけて任せろなんて言うんじゃなかった。

 

「う……らぁぁぁ!」

 

 それでもめげずに攻め続ける。

 するとようやく一体目にナイフが当たり、バラバラにすることができた。

 体が軽いこともあり、武器を弾いたら大きく体勢を崩すな。

 その隙をついていけば、意外と簡単に倒せるぞ。

 攻略法を見つけ、それに沿って戦闘を進めていく。

 

 やがて十分ちょっと経ったところで、大広間からはカタカタとした音が消えていた。

 

 周囲を見回すと、人形たちの残骸が無残に転がっていた。

 多少の罪悪感はまああるが、やっとのことで人形たちの第一波を捌き切ることができたぞ。

 僕は一息つきながら額の汗を拭う。

 そして一度自分の体を見下ろし、一応使っておくかと左手を構えた。

 

「ヒール」

 

 人形たちに付けられた傷を一瞬で癒やしていく。

 ただでさえ怖い姿をしている人形たちが、恐ろしい武器を振り回して襲い掛かってきて、さすがに肝を冷やしたな。

 ていうか全然可愛くないぞこいつら! これならいっそマリンに倒してもらった方がよかったかもしれない。

 

 なんて内心で弱音を吐きながらも、後方で見守っていた女性陣たちを振り返りながら、僕はなるべく疲れを表に出さずに言った。

 

「お待たせ。さ、どんどん行こうぜ」

 

 そう声を掛けると、プランとアメリアはこくりと頷いてくれる。

 しかしなぜかマリンだけは、じっと僕の”左手”を見て固まっていた。

 

「……? なんだよ?」

 

「……別に」

 

 ぷいっと顔を背けてしまう。

 なんなんだいったい?

 そう首を傾げながら、僕も自分の左手に目を落とすと、ふとあることに気が付いた。

 

 そういえば、久しぶりにマリンに見せたんだな――――応急師の回復魔法。

 

 もしかしたらこいつは、今の回復魔法を見て懐かしく思ったのかもしれない。

 それならそうと言ってくれればいいんだけど。

 まあ僕も、久しぶりにマリンの力を見せてもらっているので、これでおあいこになるのだろうか。

 

 なんて他愛もないことを考えながら、再び魔王の部屋を目指して歩き始めた。

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