第80話 「いざ、魔王城へ」

 

 転移門を開き、それを潜って、いざ魔王城。


 さあやってまいりました魔王城。

 目の前には禍々しいオーラを放つお城が構えられています。ご立派ですね。

 空の色も魔王登場時と同じ紫色になって、おぞましさが際立っていると思います。

 どうやらここに魔王リリウムガーデンさんがいるとのことですので、少し怖いですが、ちょっとお邪魔してみましょう。


 ごめんくださ~い。


「……」


 な~んて、お気楽な脳内実況で気分を紛らわそうとするけれど、自然と顔は引きつってしまう。

 こんな恐ろしい情景を前に落ち着いていられるはずもない。

 だから僕たちは緊張した面持ちで、魔王城を前に立ち尽くしていた。


 というわけで、ずいぶん足早な展開になってきたが、いよいよ魔王との決戦が近づいている。

 勇者マリンの復活に先駆けて、魔王との戦いを急いだ次第ではあるのだが。

 いささか早すぎたかなと懸念が残っているのが正直なところだ。


 しかし悠長に構えている場合でもない。

 連れ去られたテレアが何をされるかわかったもんじゃないし、再び新しい四天王を用意されて結界を張られてしまえばまた面倒なことになってしまうからだ。

 だからこそ、機は今しかない。僕たちはそう考えたのだ。


 と、ここで、今回の魔王討伐のパーティーを紹介しておこう。


 まず前衛。攻撃役と盾役を一手に担ってくれる我らが勇者マリン。

 そして中衛。マリンの回復とサポートがいつでもできるように、ここには僕。

 最後に後衛。敵の情報を読み取り的確な指示を出してくれる参謀のプラン。おまけに城内ガイドのアメリアさんだ。マリンには四天王ということを隠しているので、索敵が得意な天職を持っているということにしている。


 本当ならシーラとルベラに代わる有能な人材を見繕って、準備万端で魔王城に乗り込みたいところだったのだが、あいにく僕たちにはその時間がなかった。

 シーラとルベラの呪いを治そうにも、テレアがいないとどうにもできないので、このパーティー構成は当然の帰結ということになる。

 それに……


 『なにお腹痛そうな顔してるのよ。心配しなくても大丈夫に決まってるじゃない。私の力が半分も戻ってるのよ。魔王なんて一発よ一発。むしろオーバーキルしちゃうわね』


 『……』


 そう自信満々に勇者様が仰られるので、僕はその言葉を信じてここまでやってきたのだが。

 本当に大丈夫なのだろうか?


「ノ、ノンさん、あれ……」


「んっ?」


 魔王城の正門が見えたところで、不意にプランが小声を漏らした。

 彼女は仰々しい門の真下を指差していて、僕は釣られてそちらに視線を向けてみる。

 するとそこには、なんと二体の人形が佇んでいた。

 幼い女の子をモチーフにした、黒い大きめのドレスを着ている二人。

 その姿を見て、僕らは急いで近くの茂みに隠れた。


 なんだあれ?


「ア、アメリア? あれなに?」


「確か、魔王城の見回りと警備をしている手製の人形だったはずだ。魔王の趣味丸出しのゴスロリ人形で、中には仮の魂が入れられてるとかなんとか」


「……傀儡ってやつか」


 となるとあの二体は、さしずめ魔王城の門番ということになるだろう。

 プカプカ大陸には問題なく入れたが、さすがに城内へは簡単に侵入させてくれないようだ。

 こんなことなら、城内に転移門を繋いでもらえばよかった。

 だがまあ、警戒態勢の魔王がどんな罠を張っているか想定できなかったので、外からのスタートになったわけだけど。


 つーかあの人形怖えよ。やたら目ぇ大きいし。なんかカタカタ言ってるし。


「あんな人形が魔王城で百体近くもウロウロしているのでな、てっきり魔王はロリコンのおっさんかとも思っていたのだが……」


「……まさか本人がロリっ子で、そのうえ女の子好きだとはさすがに思わないよな」


 まあ、趣味の悪い魔王の話はさておいて。

 ここからどう出るべきだろうか?

 正直戦闘は避けていきたい。

 今アメリアに聞いた通りなら、城の中にはまだ百体近くの傀儡がいるとのことだし。

 騒ぎになって見つかったら面倒だ。


 マリンもまだ半分の力しか戻ってないし、ここは迂回して別の入口を……


「……じれったいわね」


「えっ?」


 不意にマリンが舌打ち混じりに呟く。

 すると彼女は茂みから立ち上がり、門番たちの前まで歩いて行った。

 案の定、無機質で大きな瞳を向けられる。


 何してんのあいつ?


「立ち去りなさい、侵入者よ。許可していない者が立ち入った際、我々はその侵入者を排除するようリリウムガーデン様より申し付かっている」


「しかしその者が美少女である場合に限っては、攻撃ではなく警告という形で追放するようにとも仰られている。即刻この場から立ち去れば、我々はあなたに危害を加えることはない」


「「ゆえに、立ち去りなさい、侵入者よ」」


「……」


 打ち合わせでもしていたかのような台詞合わせ。

 二人の息ぴったりの警告を聞き、マリンは怒りを表すように目を細めた。

 腰の聖剣を抜き、力強く構える。


「……退きなさい」


「「……?」」


「退きなさいって、言ってんのよ!」


 瞬間、目にもとまらぬ速さで聖剣が振られた。

 ただ横に薙いだだけのように見えたのだが、不可視の斬撃が剣先から迸り、人形たちを粉々に砕いてしまった。

 ついでに後方の正門もその余波を受けて、盛大な大穴が開いた。


 遅れて剣圧がこちらまでやってくる。

 マリンは聖剣を振り抜いたまま固まり、人形の残骸を悲し気な目で見つめていた。

 そんな勇者の背中を見て、僕らは揃って驚愕する。


「マ、マジッスかあの人……」


「く、傀儡とはいえ、あれでも魔王の魔力が込められた戦闘兵器の一つだぞ。それをたった一撃で、二体も同時に……」


「……」


 これが勇者マリンの本気。

 いや、半分の力しか戻っていないので、二分の一の力ということになるのか。

 それにしても相変わらず、ぶっちぎりに強いなこいつ。


 しかしマリンからは疲弊した様子が窺えた。

 自分の好きな可愛いものを斬ってしまった罪悪感があるのだろう。

 すごい気持ちに迷いが見える。

 それでも彼女は愛する仲間のために、変わらず歩みを進めた。


「さ、さあ、次に行きましょう。テレアが待っているんだから」


「……お前、すでに満身創痍じゃねえか。いや、一撃も食らってないんだけど」


 そんなに可愛いものと戦うのが嫌か。

 内心呆れていると、正門に開いた穴から、さらに数体の人形が現れた。

 どれも先ほどのものと同じく、幼女をモチーフにした人形だ。


「本当に、ここは地獄ね……」


「……」


 心中お察しします。

 僕にとっては理解できないのだが、マリンにとってあの人形たちは可愛いものに見えるらしい。

 どうやら魔王と趣味が合うようだ。

 そんなお人形さんたちが列をなしてやってきて、マリンは再び苦しそうに聖剣を構えた。


 ここは勇者マリンにとって、まさに極悪非道な魔王城ということなのだと、僕は改めてそう思った。

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