第79話 「勇者の覚醒」

 

「誰がクソよ。殺すわよあんた」

 

「……」

 

 相変わらずの返答を受け、僕は呆れた視線をさらに強める。

 聞きましたか皆さん? これが世界を救う使命を背負った、勇者様の起き抜けの台詞ですよ。

 『勇者』の天職を失ったのも納得がいきますね。

 ていうか誰のせいでこうなってると思ってんだ。

 

 など色々な文句はあったものの、それを言う気力すらなく、僕はただ黙ってマリンを見ていた。

 すると彼女は欠伸混じりに呟く。

 

「ふわぁぁぁ、それにしてもよく寝たわぁ。なんだかいいものを見た気もするし、これも日頃の行いのおかげかしらね。ちょっと、シーラルベラ、あんたたちも起きなさいよ」

 

「「……」」

 

 隣で寝ている二人が気になったようで、マリンは声を掛けてみる。

 しかし反応はない。

 ついでに体も揺すってみるが、シーラもルベラも良い夢でも見ているかのように、幸せそうな顔をして眠りについていた。

 

「……?」

 

 普段なら、マリンから声を掛けられればすぐに起きる二人なのだろう。

 だけど今だけは、不思議なことにぐっすりと眠っている。

 時折、「マリン、ウチと勝負だぁ!」や「ダメよマリン、私たちは女の子同士……」など、面白い寝言が零れたりもしていて、これには思わずマリンも首を傾げてしまった。

 どういうことよ? という目を彼女に向けられて、僕は呆れた顔で答える。

 

「お前がのびてる間に色んなことがあったんだよ」

 

「……?」

 

 魔王襲来時に呑気に気絶していた勇者様に、僕は事情を説明した。

 

 

 

「シーラとルベラが私とテレアの身代わりになった!?」

 

「うん、そう」

 

 驚愕の叫びを上げるマリンに、僕はこくりと頷き返す。

 説明は数分程度で済んだ。

 本当ならもう少し、魔王の性格やら事態を細かに説明して時間が掛かるはずなんだけど、面倒くさかったので省いて話をしました。

 重要な点だけを抜き出して教えると、それだけでマリンには充分伝わったみたいだ。

 

「そ、それで、テレアは魔王に攫われちゃったっていうの?」

 

「うんうん、そうそう」

 

「……」

 

 青髪の勇者は、深い眠りにつく仲間に悲しげな目を向ける。

 そして最後に、連れ去られたテレアに思いをはせるかのように、おもむろに空を仰いだ。

 僕は気を遣って少し待ってから、再び話を始める。

 

「僕たちも助け出そうとしたんだけど、魔王は空飛んで逃げちゃうし、マリンたちだって倒れてて放っておけなかったからさ。んで今は、どうやって魔王を倒すか作戦会議中」

 

「……」

 

 僕の声に、マリンは反応を示さない。

 いまだに空を見上げている。

 その表情は窺い知れないが、僕は変わらず話を続けた。

 

「マリンも何かいい作戦を思いついたらすぐに言ってくれよ。時は一刻一秒を争うんだ。ていうかマリン、お前が『勇者』の天職を取り戻して戦ってくれれば、それが一番手っ取り早いんだけど……」

 

「……」

 

 うんともすんとも言わないマリンに、僕は肩をすくめる。

 

「ま、無理だよな。お前可愛いの大好きだもんな。あの魔王の姿を見たら、もう戦う気なんて……」

 

「……るさない」

 

「……はいっ?」

 

 今、なんて……?

 空を見上げながらぼそりと口を開いたマリン。

 心なしか彼女の体は、怒りに燃えるように震えている気がした。

 

 そしてマリンは、治療院を壊された僕と同じくらい、熱量の大きい猛炎と化した。

 

「ゆる……さない。絶対に許さない。シーラとルベラだけじゃなく、私の可愛いテレアまで奪っていくなんて……魔王のやつ絶対に許さない!!!」

 

「……」

 

 壁のないはずの治療院に、マリンの怒りの叫びが響いた気がした。

 今までに見たことがないくらい気持ちを熱くさせている。

 これには思わず、僕は唖然としてしまった。

 別にテレアはお前のものではないと思うんだけど、という当たり前のツッコミすらも忘れるほどに。

 そして、目を丸くしてマリンのことを見ていると……

 

 突如、彼女の体が黄金色に輝き始めた。

 

「「「えっ!?」」」

 

 な、なんだなんだ? 何が起きているんだ?

 あまりに突然のことに、僕らは揃ってぎょっとする。

 本人も何が起きているのかわからないようで、不思議そうに自分の体を見下ろしていた。

 僕たちが見守る中、やがてその光はマリンの中へと集約していく。


 何事もなかったように光が収まると、僕は恐る恐るマリンに声を掛けた。

 

「お、お前、今の……」

 

「……」


 マリンは自分の体のあちこちを見回す。

 そして軽く弾んでみたり、準備運動をするように腕や足を伸ばすと、何かの変化を感じたのか大きく目を見開いた。

 次いで治療院の隅っこへ行き、散らかっている床から自分の聖剣を見つけ出す。

 それをぐっと握りしめると、彼女は緊張したようにゆっくりと力を入れた。

 

 瞬間、天職を失ってから持てなかったはずの聖剣が、軽々と鞘から抜け出た。

 

「「「……」」」


 驚愕の光景を前に、僕たちは呆然とする。

 そんなこちらを振り返り、マリンは自信に満ち溢れた微笑をたたえた。

 

「行きましょう、魔王を倒しに。……いいえ、テレアを助けに!」

 

「……」

 

 ……『勇者』の天職が、戻った。

 本人からそう言われずとも、僕は直感でそうとわかった。

 目の前に立っているのは、間違いなく僕の幼馴染であるマリンで、そして魔王と戦う使命を背負った勇者マリンだ。

 

 彼女は仲間との絆、そして魔王への計り知れない怒りによって、『勇者』の天職を取り戻したのだ!

 

 なかなかすごい急展開で、追いつくのがやっとだけど。

 でもこれで、魔王を倒すことができる。

 テレアも助けることができる。

 頼もしい幼馴染の背中を見て、僕はそう確信した。

 

「…………」

 

 ……あっ、いや、ちょっと待って。

 いくらなんでも簡単に行き過ぎじゃないか?

 あんなに苦労しても戻せなかった天職を、今のあの一瞬で完璧に取り戻せるものなのだろうか?

 

 そう訝しんだ僕は、こっそりとマリンの背中に触れて、ステータスを覗いてみた。

 

 (診察……っと)

 

 【天職】勇者 

 【レベル】50

 【スキル】勇者の加護

 【魔法】ブレイブ・オブ・マリン


 【生命力】100/100

 【状態】勇者(半)


「……」

 

 かっこつけた様子のマリンの背を眺めて、僕は心底呆れてしまう。

 魔王に怒りを感じて燃え上がってくれるのは大変結構なのだが。

 勇者(半)ってなんだよ。

 

 こんな状態異常見たことないぞ。

 半分の力しか戻ってないってことなのか?

 それだと全然かっこつかないじゃん。

 可愛いものを斬るということに、まだ若干の躊躇いを覚えているように見えた。

 

 ……超不安。

 

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