第77話 「勇者パーティーで回復役だったボクは」

 

「魔王……って、この幼女がッスか?」


 アメリアと共に追いついてきたプランが、今の名乗りを聞いて疑問符を浮かべた。

 同様に僕も同じ疑問を感じ、訝しい目で空飛ぶ幼女を見据える。

 夜空のような群青色の長髪に、漆黒のロングマント。

 それ以外は至って普通の幼い女の子なのだが、本当に彼女が魔族の王である魔王なのだろうか?


 というプランの問いに、彼女は答えた。


「いかにも。妾こそがプカプカ大陸に魔王城を構えている大魔王――リリウムガーデンじゃ」


「「「……」」」


 見た目だけでなく、声までばっちり普通の幼女だった。

 そのせいか、同じ魔王軍のアメリアにすら疑わしい目を向けられている。

 シルエットしか確認したことないとのことだったが、想像とだいぶかけ離れていたのだろうか?

 ますます魔王なのか疑わしくなってきたぞ?


 でもまあ、先ほどのあの力を見るに、おそらく本当に魔王なのだろう。

 ネビロが得意としていた呪術も使えるみたいだし、三種の毒魔法もそれなりに強力だった。

 そんじゃそこらの魔族では到底真似できないことのはずだ。


 と人知れずそう納得した僕は、今さらながらのことに気が付いてしまった。


「あれっ? じゃあなに? 僕はさっき、魔王をあと一歩で倒せそうだったってこと?」


「え、えぇ。すごくおしかったわね」


 シーラが答えてくれる。

 するとそれを聞いていた魔王リリウムガーデンさんが、突如として異議を唱えた。


「い、いきなり攻撃されれば誰でもああなるじゃろうが! それに、別におしくなんかなかったわ! 妾はまだ本気の半分の半分の力も出していないんじゃからな!」


「ふぅ~ん……」


 空を飛んでいることと、奇妙な格好をしていることを除けば、本当にただ駄々をこねている幼女にしか見えない。

 いまだに訝しい目で魔王を見つめながら、僕は肩をすくめた。


「まあそれはいいや。んで、僕たちがいない間に何があったんだよ?」


 改めてそうシーラに問いかけてみると、彼女は困ったように答えた。


「むしろこっちが聞きたいくらいよ。あなたに言われた通りみんなでお茶をしていたら、突然強い魔力を感じて、いきなりあいつに治療院を吹き飛ばされたのだから」


「えっ?」


 ……マジで?

 急展開すぎるだろ。

 なんでいきなりそんなことになったんだ?

 という心の声が聞こえたのか、その元凶である魔王が鼻を鳴らして答えた。


「ふんっ、自分の身を守っている結界を破られれば、誰でも警戒態勢に入るじゃろうが。そして急いで下界に下りてみれば、強い魔力の反応が一点に集まっている場所を見つけてな、直感で勇者パーティーじゃとわかったわ」


「……だからアポなしで治療院を吹っ飛ばしたのか」


 なんつーアバウトな。

 確かに結界への魔力供給は先ほど全面中止してもらった。

 それで警戒態勢に入るのは理解できるが、何もここで勇者対魔王の頂上決戦をやらなくてもいいじゃないか。

 魔王なら魔王らしく、魔王城で勇者パーティーを待つくらいの貫禄を見せてほしい。

 と、涙ながらに抗議したいのは山々なれど、時すでに遅し。


 代わりに僕はバラバラになった治療院に目を向けながら、シーラに言った。


「ていうか、よくあれでシーラたちは無事だったな。さすがは勇者パーティー……あっ、いや、マリンは無事じゃなかったのか。あいつだけ天職が何もない状態だもんな」


 僕は横たわるマリンに同情の眼差しを向ける。

 天職がないということはつまり、魔族の力から身を守る術が皆無ということ。

 だからマリンはそのせいで、一人だけダメージを負って倒れているということだ。

 パスさんは用事が済んですでに帰ってしまっていたのか姿が見えないし、他のみんなは上級職としての戦闘能力が備わっている。

 ……と、思ったら。


「あっ、えっと、マリンはその、そうじゃなくて……」


「……」


 どういうわけか、突然シーラが言いづらそうに頬を掻いた。

 なんだ? 僕の考えが間違っているとでも言いたいのかな?

 首を傾げていると、代わりにマリンを膝枕しているテレアが淡々と答えた。


「マリンは、魔王の姿を見たら、『可愛い~~~!』って叫びながら、鼻血出して倒れた」


「……」


 もうそのポンコツ勇者、そのまま死なせてもいいのではないだろうか?

 よくよく見ると、マリンは”えへへ”と笑いながら鼻血を出している。

 確かに魔王は可愛いらしい容姿をしていて、おそらくマリン好みの幼女だと思われるが。

 仮にも勇者なんだから、魔王の姿を見たくらいで翻弄されないでほしい。


 ていうか、恐れていた事態が起きてしまったぞ。

 もし四天王だけではなく、魔王まで可愛い姿をしていたら、そのときこそ人類の敗北が決定するではないかと。

 マリンは可愛いものを斬りたくないから僕たちに四天王の説得を頼んできたのに、魔王まで美少女だなんてもう打つ手なしじゃん。

 こうなったら本当に、マリンをこの場でぶっ殺して、他の奴に『勇者』の天職が移るの待ってた方がいいんじゃ?


 なんて物騒なことを考えていると、途端に魔王リリウムガーデンが笑った。


「妾もまさか、手を触れることもなく勇者を倒せるとは思ってもみなかったぞ。そのせいで勝った気はまるでせんのじゃが……これはまたとないチャンスと見させてもらおうかのぉ」


「――ッ!?」


 リリウムガーデンがそう言うと、突然強い魔力を肌で感じた。

 僕は咄嗟に身構える。

 同じくシーラとルベラも武器を構え、プランとアメリアは驚いて固まっていると、その光景を眺めて魔王はほくそ笑んだ。

 何をするつもりなんだ?


「先ほどは粗末な呪いを見せてしまい申し訳なかったのぉ。今度は魔王の名に恥じぬ真の呪術を、しかと目に焼き付けてやろう」


 堂々と宣言するや、リリウムガーデンは両手に魔力を集中させる。

 そこからとてつもない重圧を感じて、思わず身を硬直させていると、奴はそれを一気に解き放った。


「アビスカースドヘッド!」


 パッと手を開いた瞬間、左右の手からドクロ模様の魔力が飛び出してきた。

 形は先刻の呪いにとてもよく似ているのだが、その大きさが比べ物にならないほど”でかい”。

 その圧倒的な力に驚愕していると、それは右と左に分かれて僕らの横を通り過ぎていった。

 すかさず振り返ると、そこにはマリンとテレアが動けない状態で固まっている。

 狙いは彼女たちだったのだ。


「二人とも逃げろ!!!」


 そう叫ぶが、数瞬だけ遅かった。

 呪術はマリンとテレアを挟み込むようにして迫っていき、彼女たちはその場を動くことができなかった。

 そこに、二人の人物が割り込んでいく。


「シーラ! ルベラ!」


 賢者のシーラと剣聖のルベラが、マリンとテレアを守るようにして飛び込んだ。

 代わりに呪いをその身に受けると、二人は顔をしかめて膝をつく。


「「うっ……!」」


 そのまま力なく地面に倒れ、シーラとルベラは深い眠りについたかのように動かなくなってしまった。

 その姿を見て、魔王が舌打ち混じりに毒づく。


「ちっ、防がれてしもうたか。じゃがまあ、『剣聖』と『賢者』を封じられただけでも良しとするかのぉ。久しく魔力を解放したせいか、すでに活動限界が来ておるし。先ほど余計な魔力も使わされたことじゃしな、ここいらでお暇させてもらおうかの」


 そう言うと、リリウムガーデンはくるりと背を向けて、ふわふわと空へ上がっていった。

 逃げるつもりなのか!?


「ま、待て!」


 二人もやられたままで、みすみす逃がしてたまるか!

 そう思い慌てて声を上げると、それを素直に聞き入れたわけではないだろうが、彼女はピタリと体を止めた。

 そして横目でこちらを一瞥し、ふっと頬を緩ませる。


「……まあ、ただ手ぶらで帰るというのも面白くはない」


「……?」


 何、言って……?

 

 瞬間、奴は再び姿を消した。

 テレポートを使ったかのように、一瞬で視界から消え去ると、次いですぐ後方に気配が出現した。

 僕は弾かれるように振り向く。

 するとそこには、マリンとルベラとシーラが、仲良く三人揃って倒れていた。


 あれっ? テレアがいない?


 不思議に思って、徐々に視線を持ち上げてみると……

 魔王リリウムガーデンが、聖女テレアを抱えてふわふわと飛んでいた。


「テレア!」


 叫び、急いで駆け寄る。

 すぐ真下まで来ると、僕は魔王とテレアを見上げながら声を上げた。


「テレアをどうするつもりだ!」


 目的がまるで見えない。

 人質にするつもりなのか、あるいは洗脳などをして手駒にするつもりなのか。

 どちらにしても、今テレアを連れていかれるのは非常にマズイ。

 魔王もそれがわかっていながらの行動なのか定かではないが、今テレアを連行されると、ルベラとシーラの呪いを解呪できる人がいなくなってしまう。


 あれは『応急師』の僕の回復魔法では治せない。

 『聖女』の回復魔法が必要だ。

 本当に魔王はテレアをどうするつもりなんだ? と不安げに二人を見上げていると、やがてリリウムガーデンが笑みを浮かべて答えた。


「さあて、どうするかのぉ? 一目見た時から、他の者らとは違った可愛さがあると思った娘じゃ。目一杯愛でた後で、妾好みに”着せ替える”のも面白い。部屋に飾って、”一日中観賞”するのもまた一興じゃ」


「……?」


 あれ? 人質とかじゃないの?

 魔王の不可解な発言に、思わず首を曲げてしまう。

 着せ替える? 部屋に飾って観賞?

 それではまるで”愛玩人形”ではないか。


 と、そこまで考えた僕は、ふとあることに気が付く。

 いやいやそんなまさか……と思いながらも、ごくりと息を呑んで訊ねてみた。


「ちょ、ちょっと、関係ない質問させてもらうけど」


「……?」


「もしかして、魔王軍の四天王がやたら可愛い子だけで構成されてたのって……」


「はっ? そんなのもちろん妾の”趣味”じゃ」


「……」


 魔王は平然と、それが当たり前のことだと言うように答えた。

 あぁ、わかっちゃったよこれ。

 前々から何かおかしいとは思ってたよ。

 だって四天王は異常なくらい美少女揃いだったし、どの子も自由にさせてもらっていた。

 気前のいい魔王なんだな、と考えたりもしたけど、実際は全然そんなことはなかったのだ。


「あぁ、楽しみじゃのぉ。まずはどんな服が着たい? 白の清純そうな服も似合ってはおるが、逆に黒のドレスなどはどうじゃろう? もちろん妾が着替えを手伝ってやるからの。今晩は一緒に風呂に入り、寄り添い合って寝ようではないか」


 ……こいつあれだ。

 マリンと同じタイプのバカ野郎だ。

 可愛い教の狂信者だわ。


 魔王軍の四天王がやけに可愛い子だらけだったのは、この魔王の趣味のせいだったのだ。

 一時はマリン対策として用意された天敵とも考えたけど、別にそんな思惑はなかったんだな。

 ていうかちょっと待て。

 このままテレアを連れていかれたら……

 何をされるかわかったもんじゃないぞ! 


 着せ替え人形、観賞用フィギュア、抱き枕などなど、嫌な予感を募らせていると、テレアを抱えた魔王がふわりふわりと上空へ舞い上がっていった。




「ふはは! ふはははは! ふははははははははは!!!」




 上機嫌な魔王の高笑いを聞きながら、僕は叫ぶ。




「テレアーーーーー!!!」




 決して手の届かないところに行ってしまったテレアを、僕はただ呆然と見上げることしかできなかった。


 そして、テレアは……

 先日この治療院に来た時と同じように。

 感情を感じさせない無表情のまま、ジトッとした目を僕に向けて、何も言わずこちらを見下ろしていた。


「…………」


「いやなんか言えよーーーーー!!!」


 二人の姿が見えなくなると同時に、空も元の色を取り戻した。




 第五章 おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます