第76話 「もう我慢の限界です」

 

「えっ? はっ? なんだこれ…………?」

 

 目を疑うような光景を前に、僕は震えた声を漏らす。

 一瞬、何かの見間違いかと思って、目元をごしごしと擦ってみるが。

 目に映る景色に何ら変わりはない。

 なんだこれ? どうなってるんだよ? まるで理解が追いつかない。

 

 転移門を抜けた先には、木材が散乱していた。

 少し古びた感じの、所々ささくれ立った焦げ茶色の木板。

 その周囲には見覚えのあるソファやベッド、家具の数々が転がっている。

 どれも穴が開いていたり、信じられないことに半分になっていたりと、ひどい有様だ。

 まるで平和な一軒家にドラゴンが来襲したかのような惨状である。

 

 しばし抜け殻になったかのように呆けていた僕は、やがてはっとなって気が付いた。

 

「あっ、もしかして、門を繋いだ場所を間違えた……とか?」

 

 くるりとプランとアメリアの方を振り返りながら笑みを浮かべる。

 そうそう、それなら簡単に説明がつくじゃん。

 パスさんからもらったチョークは、行きたい場所を思い浮かべながら使わなければならず、そのとき僕は誤って違う場所を頭に浮かべてしまったのだ。

 あのときは疲れていたし、充分あり得ることだぞ。

 というポジティブな思考は、即アメリアによって遮断された。

 

「いや、ここは間違いなくあの治療院だぞ。転がっている家具や周りの景色からも、ここは間違いなくあの治療院……いや、正確には、だと言える」

 

「……」


 残酷な現実を突きつけられて、僕は再び呆然とする。

 魂が抜けたかのように膝から崩れ落ちると、無意識のうちに治療院の残骸に手を伸ばしていた。

 それは触れた瞬間、ボロッと崩れて木屑と化してしまう。

 パラパラッとそれが床に落ちるのを見つめながら、僕は声を失くして顔を伏せていた。

 

 やがてわなわなと体を震わせる。

 カチッと何かのスイッチが入ったような音が頭の中で鳴り響くと、体の内側から徐々に込み上げてくるものがあった。

 

「ノ、ノンさん……?」

 

 それはまるで、心地よく眠っていたドラゴンをどつくように。

 あるいは乾燥しきった森の中に、ポロッと火種を零すように。

 今まで蓄積されてきた”何か”が、目の前の景色を引き金に勢いよく破裂した。

 

 僕は獄炎と化す。

 

「だ、だだ……」

 

「「……?」」


 

 

「だぁぁぁれぇぇぇだぁぁぁよぉぉぉぉぉ!!! こんなことしやがったのはァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 自分でも今まで聞いたことのない絶叫が轟いた。

 そのあまりの気迫にアルバイトの二人はぎょっと目を見開く。

 そして僕は突き動かされたかのように治療院のドアへと駆け寄ると、もはや扉の役割を果たしていないそれを殴るようにして開け放った。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”!!! くそったれがァァァァァァァァァァ!!!」

 

「ノ、ノンさんがブチギレたッス!!」

 

「お、落ち着けノン!!」

 

 二人の制止の声も無視し、僕は外へと飛び出す。

 そのまま無我夢中で走りながら、血走った目を周囲に泳がせた。

 誰だこんなことした奴は!? ぜってぇ許さねえ!

 見つけ次第コロス! 八つ裂きにしてやる!!!

 

 今までどれだけの”ストレス”を溜め込んできたのかは見当もつかない。

 何か面倒事に巻き込まれる度に僕は、それを吐き出すことなく貯蓄していき、心の奥底へと沈めるようにしてきた。

 しかしいよいよこうなってしまっては、僕も我慢の限界である。

 最後の拠り所であった治療院を、こんなにも無残に粉々にされてしまったのだから。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”!!! ふざけんなふざけんなふざけんな!!!」

 

 前方に視線を走らせると、勇者パーティーの四人の背中姿が目に映った。

 なぜかマリンは倒れていて、それをテレアが抱えている。

 ルベラとシーラは各々剣と杖を構えて、同じ方向を警戒していた。

 その中にパスさんの姿はない。

 

 あとよくよく見てみれば、空もなんだか気持ち悪い色をしている。

 夜間に見る空とは違って、なんか紫色のような……。

 いや、んなことはもうどうでもいいんだよ。

 治療院をああしたのはどこのどいつだ!?

 

 勇者パーティーの面々が見つめる先に、僕は禍々しい何かを感じ取った。

 目を凝らしてみると、その先には小さな人影が見える。

 子供くらいの背丈だろうか。ほっそりしていて、腰の下まで垂らされた長髪を見るに、おそらく少女……否、”幼女”だと思われる。

 暗くてここからではそれくらいしかわからない。

 だが、直感でわかる。

 

 あいつだ。

 あいつが僕の治療院を、粉々に粉砕してくれたのだ。

 そして今、勇者パーティーたちがあいつと戦っている。そうとしか考えられない!

 

「コ”ロ”ス”ッ!!!」

 

 僕は腰に携えていたナイフを抜き、全速力で駆け出した。

 身構える勇者パーティーたちの横を走り抜けて、小さな人影の元へと向かう。

 どこの誰だか知んないけど、とりあえずコロス!

 奴も僕の殺気に気が付いたのだろうか、こちらに目を向けて声を上げた。

 

「んっ? なんじゃ? まだ中に人間がおったのか? ふっ、おぬしも光栄に思うがよい。妾の手によって滅びることができるのじゃからな。そう、このリリウムガー……」

 

「オ”ラ”ァァァァァ!!!」

 

「――ッ!?」

 

 話をしている途中で、僕はそいつに斬りかかった。

 予想外の攻撃に、奴は目を見張って驚愕する。

 意表を突いた一撃だったのだが、奴は寸前でふわりと飛び上がると、紙一重でナイフを回避した。

 後方へ飛び退り、信じられないと言いたげな表情を浮かべる。

 

「い、いきなり攻撃してくる奴がおるか! 今ものすごく重要で衝撃的な自己紹介を……」

 

「死”ね”ぇぇぇぇぇ!!!」

 

 全力でナイフを突き出す。

 自己紹介だぁ!? そんなん知るか!

 名前なんかどうでもいいんだよ!

 お前が治療院をぶっ壊したのはもう確定的なんだから、それだけで戦う理由ができあがってんだ!

 

 なんだかすごく重要なことを聞き逃した気もするが、僕はその幼女に向かってナイフを突き出していく。

 子供好きだった自分が嘘のように、血走った目で睨みつけ、容赦なく間合いを詰めていった。

 しつこいばかりのその連撃を、奴はぎりぎりで躱し続ける。

 

「こ、このっ――! カースドヘッド!」

 

 僕があまりに執拗に追い回すので、奴は苦しい体勢から反撃に打って出た。

 小さく開いた手から、ドクロ模様の魔力を飛ばしてくる。

 これは、ネビロが使っていた技。

 そうと直感した僕は、すかさず左腕でそれを受け止め、右手に解呪魔法を宿した。

 

「ディスペル!」

 

「――ッ!?」

 

 即効で治癒。

 そのまま僕は勢いを緩めることなく、驚いて固まる幼女に向かってナイフを振った。

 

「オラァ!!」

 

「わわっ! な、なぜこやつは動けるんじゃ!?」

 

 ひどく動揺した様子を見せる彼女は、次いで指先に魔力を集中させた。

 そこに三つの光球を作り出すと、それを僕に向かって飛ばしてくる。

 

「こ、こうなったら、呪いではなく毒で地獄を見せてくれるわ! べノムインパクト!」

 

「キュアー!」

 

「ふえぇ!?」

 

 再びの高速治癒に、幼女は大きく目を見張って狼狽える。

 自分から種を明かすとは間抜けな奴だ。

 何の攻撃かわかっていれば、すぐ簡単に治すことができる。

 反撃をものともしない僕に気圧され、ついに奴は足を踏み外してしまった。

 その隙を逃さず、僕は全力でナイフを突きこむ。

 

 

 

「くたばれクソガキィィィィィィィィィィ!!!」

 

 

 

 捉えた!

 そう確信した、その瞬間。

 突如として幼女から、驚くほど強い魔力を感知した。

 ナイフが当たる寸前、目の前からそいつの姿が”消える”。

 

 スカッとナイフを空振りした僕は、眉を寄せてその場をじっと見つめた。

 

「……消えた?」

 

 すかさず周囲に目を配ると、すぐ後ろの方にあの幼女がいた。

 空中にゆらゆらと漂い、あさっての方を向いている。

 なんか、激しく息を切らしていた。

 

 直前まで迫った僕の鬼の形相に怯えるように、目を一杯に見開き、額に冷や汗を滲ませている。

 そんなに怖かったのか。

 すると奴は僕の視線に気が付いたのだろうか、はっとなってこちらを振り向き、強がるように口を開いた。

 

「こ、この妾を勢いだけで退かせるとは、なかなか見上げた男じゃの。ま、まあ、まぐれにしてはそこそこ良い線いっとったと……て、うわっ! 石投げてきた!?」

 

「オラオラオラッ!!! 下りてこいゴラァ!!!」

 

 僕は地面から石を拾い上げて幼女に投げつける。

 治療院を壊された恨み、ぜってぇここで晴らしてやる。

 と、荒ぶる僕の姿を見て、後方から一人の人物が声を掛けてきた。

 

「ちょ、ちょっと! 落ち着きなさいノン!」

 

「……? シーラ?」

 

 勇者パーティーのシーラだった。

 彼女は愛用の杖を構えながら、狂気に染まる僕を奇異の目で見据えている。

 そんなシーラに声を掛けられたことによって、ようやく僕は正気を取り戻した。

 思い出したように息を切らし、徐々に怒りの熱も冷めていく。

 

 意識がはっきりしてくると、次に僕は様々な疑問が頭に浮かんできた。

 どうしてマリンが倒れているのか、治療院が壊れているのはどういうわけなのか、シーラに色々と聞きたいことはあったものの。

 僕はまず先に、空に浮かぶ幼女を指さした。

 

「あいつはいったいどこの誰なんだよ?」

 

「あ、あなた、どこの誰かもわからない相手をずっと攻撃してたの? ていうか、奴が言ってたこと何も聞いてなかったの?」

 

「えっ?」

 

 なんか言ってたっけ?

 そう首を傾げていると、突然幼女ははっとした。

 今こそ名乗るチャンスだと思ったのか、趣味の悪い漆黒のマントをバサッと翻す。

 そして全員に聞こえるように声を高くすると、紫色の空をバックに名乗りを上げた。

 

 

 

「わ、妾こそ、全魔族と魔大陸を統べる! 魔王リリウムガーデンとは妾のことじゃ!」

 

 

 

「……はっ?」

 

 なんか、魔王と名乗る幼女が目の前に現れた。

 

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