第75話 「僕の治療院」
僕だけでなく、プランとアメリアも同様に疑問符を浮かべている。
それを見たミルは、自分の台詞が言葉足らずなことに気が付き、補足をするように話を始めた。
「私たち巨人族は、喧嘩や競い合いなどがとても好きです。よくみんなで組手をしたり、かけっこもしたりしています」
「……かけっこか」
まるで大きな子供だな。
なんて益体もない考えはさておき、ミルの言葉に耳を傾け続ける。
「ですがご覧の通り、巨人族の体はとても大きくて、喧嘩や競い合いなどはもちろん、住むだけでも相当な幅を取ります。このグラグラ大陸一つではやはり手狭で、私たちはゆとりを持って暮らせるように、大陸を求めているのです」
「……なるほどな」
僕は人知れず頷く。
体の大きい巨人族ならば、生活に使うスペースもそれ相応に広くなることだろう。
今聞いた通りなら、ずいぶん危なっかしい趣味も持っているようだし。
しかし住処にしている大陸はこのグラグラ大陸一つだけで、巨人たちはみんな手狭に感じ、だから別の大陸をほしがっているわけだ。
魔王からの提案をのんだ理由も頷ける。
世界征服を企んでいる魔王から、大陸の一部を自由にしていいと言われたら二つ返事で了承してしまうだろう。
おそらく純粋なミルのことだから、それがすごくいい提案だと思ったことだろうし。
実際は、魔王が企む世界征服を密かに手伝わされているだけなんだけど。
魔王、なかなかに策士だな。ミルのこともよくわかっているみたいだし、いったいどんな奴なのだろう?
朧気に魔王の姿を思い浮かべていると、不意にアメリアが言った。
「大陸をほしがっている理由は承知した。だが、お前たちはそれでもいいのか?」
「えっ?」
「人間から大陸を奪うとのことだが、それはつまり彼らの暮らせる場所を狭めることと同義なのだぞ。自分たちが窮屈な思いをしている中、今度は人間たちにも同じ思いをさせることになる。それでもいいのかと聞いているのだ」
「……」
軽い説教にも似たアメリアの言葉を受けて、ミルはしばし黙り込む。
やがてアメリアに真剣な眼差しを返すと、きっぱりとした返事をした。
「それでも構いません」
「ほう……」
「巨人族は何も、人間が住んでいる大陸を乱暴に奪おうとしているんじゃありません。ほしい物があるならルールを決めて競い合い、勝った方がそれを得る。そんなこと、子供でもやっていることじゃないですか。そういう正々堂々とした戦いを、私たちは望んでいます。ですのでむしろ、人間たちはいい喧嘩相手だと思っています」
「……喧嘩相手か」
少々面白い返答を受けて、僕はふむと考え込む。
そういう解釈の仕方もあるのか。
人間たちは一方的に、魔族は悪い奴らだと認識しているけれど、魔族側には人間を敵視していない奴もいるんだな。
喧嘩相手なんて、むしろちょっとした良いライバルみたいじゃないか。
それにしてもだ、人間たちから大陸を奪おうとしているなんて。
サンドレアと違って、ちゃんと魔族っぽいことをしようと考えていたんだな。
むしろ今までで一番、魔王軍の四天王っぽいぞ。
まあ、それはいいとして。
これからいったいどうしたものか。
人間の大陸を奪われるのはもちろん嫌だし、かといってこの子たちに手狭な思いをさせるのも心苦しい。
結界への魔力供給も中止してもらいたいし、これでは八方塞がりではないか。
と、思い悩んでいると……
「ならば、私の大陸をやろうか?」
「「えっ?」」
ふとアメリアが驚きの提案を出した。
目を丸くする僕らを置き去りに、さらに彼女は続ける。
「このグラグラ大陸ほど大きくもないし、ここの真反対にある西の大陸だが、もしそれでも良ければ巨人族の住処として使ってもいいぞ」
「い、いいんですかそんなこと? 大陸をいただけるのはとても助かりますが、それだとあなたたち
「別に構わんさ。なんならその隣にあるボウボウ大陸もお前たちにプレゼントしてやろう。自由に使うといい」
「……」
あまりに驚愕の提案に、ミルは目を見開いて固まってしまう。
同じく僕とプランも口をぽか~んと開けて、アメリアの小さな背中を見つめていた。
大陸をプレゼント? 物凄いスケールの提案だな。
ていうかアメリアはこれを狙っていたのか?
手土産の一つでも持っていけば楽々と説得ができるとのことだったが、まさかそれがメロメロ大陸のことだったとは。
驚嘆する僕らをよそに、三度アメリアは続ける。
「だが、その代わり……」
「は、はい。魔王さんには悪いですけど、結界への魔力供給はこれっきりにさせてもらいます。大陸が二つも手に入るのでしたら、もう人間から奪う必要もありませんし、これで私たち巨人族は足を伸ばして寝ることができます」
「うむ、了承してもらえたようで何よりだ。これからはもう人間たちとは争うことのないよう、みんな仲良くだぞ」
「は、はい。みんな仲良くですね」
アメリアとミルは心地よい笑顔を交わし合う。
なんかいつの間にか、話が上手くまとまってしまった。
説得はアメリア頼みであったのは事実だが、まさかここまで容易くミルを説得するとは。
しかし拭いきれない懸念が残り、僕はアメリアに囁く。
「お、おい、よかったのかよ? メロメロ大陸あげちゃって」
「別に構わんさ。どうせあそこにはもう、サキュバスは一人もいない。すでに私の手は離れている。まだ人の手が介入する前だろうし、この際説得の手札として使った方がよかろう」
「ま、まあ、それはそうかもしれないけど……さすがにボウボウ大陸まで自由にしていいってのはマズいんじゃないか? だってあそこ、めちゃくちゃ変な植物とかあるし」
「それはこいつら自身でどうにかするだろう。困難があればあるほど燃え上がる奴らだからな。後は勝手にやってくれるはずだ。ま、なるようになるさ」
「……だといいんだけど」
僕はちらりとミルを一瞥する。
新たに二つの大陸が手に入ったのが嬉しいのか、ニヤニヤと頬を緩ませて、軽くステップなんかも踏んでいた。
大地が揺れるからやめてほしい。
それはいいとして、本当にこれでよかったのだろうか?
メロメロ大陸だけならまだしも、ボウボウ大陸はそれなりに危険が多い気がするのだが。
アメリアの言うとおり、なるようになればいいんだけど。
こればっかりは祈ることしかできない。
巨人族のこれからについて気掛かりではあるものの、僕らのプチ冒険はアメリアの声をもって終わりを告げた。
「ま、とりあえずこれで、四天王の説得は終了だ。おそらくすでに結界は解けているはずだから、帰って勇者どもに報告しようではないか」
「あ、あぁ、そういえばそんな話だったな」
思い出したように呟く。
電光石火で話がついてしまったので、実感がまるでないのだが。
そう、これで僕たちの役目は無事に終わったのだ。
四天王の説得を済ませて、魔王がいるプカプカ大陸の結界も解くことができた。
後はこれをマリンたちに報告し、すべてを彼女たちに託すのみだ。
「んじゃあ、帰るか二人とも」
「はいッス」
「うむ」
さすがに三人とも疲弊した様子を隠せてはいなかったが。
それよりも達成感の方が大きくて、僕たちはやり遂げた顔を見せ合った。
そしてパスさんからもらったチョークを使い、帰宅用の転移門を設ける。
長かった、疲れた、本当に頑張った。
転移門をくぐりながら僕は心の底からそう思う。
後は勇者たちが魔王を倒してくれさえすれば、それで世界は平和になる。
そしてついに、ようやく、満を持して、僕に平穏なスローライフが訪れることになるのだ。
マリンたちから莫大な報酬をもらったら、まず一ヶ月くらい働くのをやめるとするだろ。
一応、村の人たちの怪我は治してあげることにして、外部からの治療者は入場制限を設けさせてもらおう。
そうすればしばらくは静かで穏やかな暮らしができる。
あぁ、早く帰って休みたい。
あの窓際の特等席で、ゆっくり本を読みながらお茶を楽しみたい。
切実な思いを胸に抱きながら、僕は転移門をくぐって自宅である治療院へと帰還した。
――――――――
門を抜け、グラグラ大陸とは違った空気を吸い込む。
数十分前だというのに、もうずいぶんと懐かしく感じるな。
それもこれも、あの厄介な幼馴染勇者のせいなんだけど。
少し勢いよく飛び込みすぎたせいで、地面に膝をついてしまったが、僕はゆっくりと体を起こして前を向く。
視線の先に、その面倒事を持ち込んできたニート勇者の姿を思い浮かべながら、辟易とした顔を上げた。
しかし、顔を前に向けた僕は……
目に映った景色を見つめて、呆然と固まってしまった。
あれ? なんかおかしい。
僕の見間違い……だろうか?
治療院がなくなっていた。
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