第74話 「東のミル」

 

 ミルの巨大な体に圧倒されていると、やがて向こうもこちらに気が付いた。

 かなり高いところにある視点から、足元を見下ろすようにして僕たちを見る。

 おっとりとした瞳と視線がぶつかった。

 

「だ、だだ、誰ですかあなたたち!? なんで人間がこんなところにいるんですか!?」

 

 大きな体に反して、キンキンと響くような高い声。

 まさに少女そのものの声を聞きながら、僕は”おや?”と首を傾げた。

 これは少し意外な反応だな。

 てっきり体に比例して心もでかいかと思っていたのだが、今のミルは初対面の人間に対して驚き、怯えているように見える。

 

 と不思議に思っていると、その疑問を見抜いたかのようにアメリアが説明してくれた。

 

「東の四天王ミルは、巨人族の中で随一の力を誇ってはいるが、その実性格は物凄く臆病だ」

 

「臆病? ビビってるってこと?」

 

「あぁそうだ。巨躯に反してとんでもなく心が細く、何かある度にビクビクと過敏に反応をする。おまけに毎回、何かしらのドジを踏む、超絶ドジっ子というやつだ」

 

「……」

 

 相変わらず個性の強い四天王だことで。

 臆病でドジっ子って、よくそんな性格で魔王軍の四天王が務まるな。

 よくよく見れば、額にはぷくりと赤いたんこぶができている。

 さっき大木の裏から出てきたのを見るに、もしかしてこの子、木に頭でもぶつけたのか?

 もしや先ほどのズシンッ! ってのはそれのせいか?

 

 なんて考えていると、眼前の少女が怯えた様子で聞いてきた。

 

「な、なにコソコソと話してるんですか? 何か悪いことでもしようと考えているんですか?」

 

「あっ、いや、そんなつもりはこれっぽちも……」

 

 急いでかぶりを振るが、臆病な彼女にはそれだけでは足りなかったらしい。

 警戒するように身構えて、震えた拳をこちらに向けてくる。

 

「い、今すぐにこの大陸から出て行ってください。さ、さもないと、ぺしゃんこに踏み潰してしまいますよ」

 

「ぺ、ぺしゃんこか……」

 

 それは嫌だな。

 いきなり大陸に侵入して脅かしちゃったのは悪いけど、ぺしゃんこにされるのはさすがに勘弁だ。

 ていうかめちゃくちゃ敵意満々だぞ、と文句言いたげな目でアメリアを見ると、彼女は呆れた様子でミルに声を掛けた。

 

「おい、落ち着けミル。私だ。西の四天王のアメリアだ。まずはこちらの話を聞け」

 

「えっ? ア、アメリア? あのサキュバスのアメリアですか? た、確かに顔は似ていますが、なんだか物凄く小さくなってませんか? 私の見間違いですか?」

 

「いや、お前から見れば元から物凄く小さいと思うのだが……まあいいか」

 

 とりあえず四天王ということを伝えると、さっそくアメリアは本題をぶつけた。

 

「今回はお前に話があってここまで来たのだ。聞いてくれるなミル?」

 

「は、はなし? なんですかいったい?」

 

「お前今、プカプカ大陸の結界に魔力を送り込んでいるだろう? ほらあの、魔王に頼まれてやってるやつ」

 

「は、はい。常時弱威力で魔力を送り込んでいます。そ、それがなんですか?」

 

 なんか魔石製品にある送風機みたいだな。

 なんて益体もないことを思っていると、アメリアがさらに続けた。

 

「それ、今すぐにやめてもらいたいのだ。私ももうやめているし」

 

「えっ? か、勝手にやめちゃっていいんですか? 魔王さん怒りませんか?」

 

「さあ、どうだろうな? でももういいのではないか? 南のサンドレアだって魔力供給をしていないし、北のネビロだって消滅している。残るはお前だけなのだ。ならこの際やめてしまっても、誰も責めないと思うのだが……」

 

「……」

 

 上手くそう説得すると、ミルは悩ましげに眉を寄せた。

 さすがは人を魅了するのが得意なサキュバスだな。

 巧みな話術で魔力供給の中止を誘っている。

 ミルの性格もよく知っているようだし、これなら……

 

 と思っていると、意外な答えがミルから返ってきた。

 

「い、いえ、せっかく伝えに来ていただいたのに申し訳ないんですが、私は魔力供給をやめません」

 

「んっ? なぜだ?」

 

「私は魔王さんと約束をしたんです。魔力供給をする代わりに、人族が住む大陸を自由に奪ってもいいと」

 

「えっ……?」

 

 これには思わず疑問の声を上げてしまった。

 なんか物騒な台詞が聞こえた気がするけど。

 人族が住む大陸を自由に奪う?

 そんなこと考えてたのか、と密かに驚愕していると、アメリアが続けて問いかけた。

 

「人族が住む大陸を奪うというのは、もしや巨人族は人間たちが嫌いなのか?」

 

 その質問に対し、ミルがあわわとかぶりを振る。

 

「い、いえ、別に嫌っているわけではありません。確かに私たちとは違って小さくて、何を考えているのかわからないのは怖いですが、一方的に蹂躙しようなんてこれっぽっちも考えていませんよ」

 

「ではなぜ大陸まで奪おうとするのだ? 嫌いじゃないなら、普通そんなことはしないと思うのだが」


 さらに重ねられた問いかけに、再びミルは首を横に振った。

 

「べ、別に、嫌がらせのために大陸を奪おうとしているんじゃありません。私たちはただ単純に、暮らせる場所を広げたいだけなんです」

 

「暮らせる……場所?」

 

 僕はおもむろに首を傾げた。

 

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