第73話 「グラグラ大陸」
「あっ、戻ってきたのですぅ~」
チョークを使って転移門を開き、そこを潜り抜けると。
さっそくパスさんの声が僕らの耳を打った。
どうやら無事に治療院に帰って来られたらしい。
正直自分で転移門を開くことに不安を禁じ得なかったのだが、パスさんの作ってくれたチョークは聞いていた通りの効果を発揮してくれたようだ。
サンサン大陸とは違った涼しい空気を吸い込み、僕は安堵の息に変えて吐き出す。
そして心中で『ただいま』と零しながら、周囲を窺ってみると……
治療院のソファには、マリンとシーラとパスさん、ルベラとテレアという構図で五人が腰掛けて、各々ティーカップを手にしていた。
僕は若干呆れた目を向けて言う。
「……ホントにお茶してたのか」
「あ、あなたがそうしろって言ったんじゃない」
シーラが赤い顔をして、慌ててティーカップを置く。
いや、確かに僕が言ったことだけども。
まさか僕らが文字通り額に汗をしている中、本当に仲良くお茶しているとは思わないじゃないか。
呆れた目を向けられて、シーラはすかさず姿勢を正す。
次いで何かを誤魔化すみたいに、いかにもわざとらしい咳払いをして訊ねてきた。
「そ、それで、南の四天王の説得は上手くいったのかしら?」
「うん、上々だよ。無事に結界への魔力供給は中止してもらった。おまけに美少女とも友達になれたしな」
言わなくてもいい情報をついでに付け足すと、突如マリンが掴みかかってきた。
「ちょっとそれ詳しく」
「か、帰ってきてから話すよ。またすぐに次の四天王に会いに行かないといけないしさ。この調子でテンポよく行きたいんだよ」
そう言うと、マリンは渋々といった感じで手を離した。
可愛いと聞けば見境のない奴だな。
そして僕はパスさんに、”お願いします”という視線を向けると、彼女はにこりと笑って応えてくれた。
「それ、転移門オ~プン!」
再び治療院の壁に、なんとも不思議な転移門が開く。
その向こう側の景色は、木々が生い茂っていてよくわからないが、無事にグラグラ大陸に繋がったのだと思われる。
それを確認した僕は、さっそく次の大陸に向かおうとした。
「んじゃあ行ってきます。……っと、その前にみずみず」
思い出したように慌ててキッチンへと駆けこんだ。
同じくプランとアメリアも水を求めてついて来る。
サンサン大陸を歩き回っていたせいで、喉は荒野のように渇き、このままでは脱水で力尽きてしまう。
本当ならここで数時間くらい休憩したいところだけど、転移門も開いてもらったしそういうわけにはいかない。
急いで水を流し込み、早々にグラグラ大陸へ行く準備を整えると、不意にシーラが歩み寄ってきた。
と言っても、男嫌いな彼女なので、ある程度の距離を空けているのだが。
その絶妙な距離感のまま、彼女は囁いてくる。
「なんだかせわしなくなってしまってごめんなさいね。本当なら私たちがやるべきことなんだけれど」
「あぁ、もういいってそのことは。その分ちゃんと報酬はもらうし、世界も平和にしてもらうんだからな。……ていうかその台詞は、あそこで呑気に菓子食ってるニート勇者から聞きたかったんだけど」
ちらりとソファの方を一瞥する。
そこでは先ほど僕に掴みかかってきたマリンが、今ではニコニコ笑顔で甘いお菓子を頬張っていた。
幸せそうに頬っぺた膨らましやがって。
人知れず彼女にジト目を向けていると、シーラが弁解をするように言った。
「マリンは口にはしていないけれど、本当はあなたたちに深く感謝しているわ。昨日の夜のこと、覚えているでしょう?」
「昨日の夜?」
「マリンが治療院にお菓子を持っていったじゃない。あれ、マリンが自主的にしたことなのよ。たくさん迷惑かけておいて、それでお願いまで聞いてもらうなんて、なんか悪い気がするからってね。今はあんな風だけど、感謝していることに間違いはないから」
「……だといいんだけど」
僕はそう呟いて、改めてマリンに訝しい目を向けた。
あれで本当に感謝しているのだろうか?
まあ、あのマリンが素直に感謝してくるはずもないし、逆にしてきたらすごく気味が悪いので、無言の感謝で構わないけれど。
そう割り切って、僕はプランたちと共に転移門の方へと歩み寄っていった。
「それじゃあ行ってくる。また同じくらい時間かかると思うから、仲良くお茶会続けててくれ」
「えぇ、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいなのですぅ~」
シーラとパスさんの声に背中を押されながら、僕たちは転移門を潜り抜けた。
次の目的地はグラグラ大陸。
東の四天王『ミル』の説得だ。
――――――――
サンサン大陸に続き、グラグラ大陸に到着した僕たち。
束の間の休息もない大陸渡りで、さすがに疲労感を隠せないが、僕らは最後の四天王探しに取り掛かった。
グラグラ大陸に足を付け、まず最初に辺りを見回す。
「ここがグラグラ大陸か」
一見すると、あの懐かしきボウボウ大陸のようなジャングルに近い構造をしている。
木々や植物が生い茂り、緑色の景色が鮮やかに映っていた。
ただ一点、違うところと言えば……
「なんか、全部のものが大きく見えるッスね。まるでアタシらの体が縮んじゃったみたいッス」
「だな。さすがに巨人族の住処だけあって、あらゆるものが”でかい”な」
草木や植物、辺りに散乱している石なども、そのすべてが”でかい”。
木々に関しては見上げてしまうほどの大木だらけだし、植物はどれも僕たちより背が高い。
プランの言うとおり、まるで僕らが小さくなってしまったかのような錯覚にとらわれる。
さすがは巨人族の住処、グラグラ大陸だな。
感心しながら周囲を見渡し、やがて僕は二人の仲間に言った。
「さてとそれじゃあ、ターゲットの東の四天王さんを探しに行くとするか。サンドレアの時は結構時間が掛かっちゃったから、できれば近くにいるといいんだけど……」
そう言って、いざ歩き出そうとした瞬間――
ズシンッ!!! と大地が激しく揺れた。
そのあまりの衝撃に、大木たちがその巨躯を震わせる。
思わず僕たちも小さな悲鳴を上げて、地面に膝をついてしまった。
「な、なな、なんスか今の!? 大地震ッスか!?」
プランの慌てる声に耳を打たれながら、僕は周辺を窺う。
すると目の前の巨木の裏に、一つの巨大な影があるのを確認した。
おそらく人影だ。それも、この大陸であの大きさの人影となると、正体は自ずとわかる。
ここを住処にしている巨人族だ。
やがてその人影はズシンッズシンッ! と木の裏から歩み出てきて、僕たちにその姿をさらす。
初めて巨人に会えたというわくわくと、いきなり攻撃されてもおかしくないこの状況にドキドキしながら、僕はその人物をじっと見つめていた。
すると同じくその者の姿を目に映したアメリアが、間の抜けた声を漏らした。
「あっ、ミルだ」
「「えっ?」」
思わず僕とプランは目を丸くし、改めて目の前の巨人をまじまじと見る。
身長は僕の六、七倍はあるだろうか。
性別は女性、というより女の子っぽくて、太めに巻いた水色の三つ編みを、胸の前に二本垂らしている。
おっとりとした目をしていて、その表情はどこか不安げだ。
この子がミル? 東の四天王と言われている巨人族の女の子?
僕はそんな少女、と言うべきかもわからない女の子を見上げながら、呆然と口を開けていた。
近くにいるといいとは言ったけれど。
まさか、いきなり目の前に現れてくれるとは、まるで予想だにしていなかった。
「…………マジか」
グラグラ大陸に到着早々、僕らは東の四天王と巡り会った。
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