第72話 「南のサンドレア」

 

「サ、サンドレアって、この子が?」

 

 目の前の少女を見ながら首を傾げる。

 するとアメリアは、僕を見上げてこくりと頷いた。

 ……マジか。

 

 この子がサンドレア。

 魔王軍四天王の一人、南のサンドレアか。

 まさか向こうの方から来てくれるとは思わなかったな。

 ていうか、登場がいきなりすぎる。

 そのことに驚きを隠せずにいると、自分の名前が出たことを疑問に思ったのか、サンドレアが首を曲げた。

 

「んっ? オレっちのこと知ってんのかお前? どっかで会ったことあるか?」

 

 声は少女そのものなのだが、言葉遣いがどこか少年チックである。

 おまけに野性味あふれる格好をしているので、可愛い顔に反してとても活発的な雰囲気を感じた。

 アメリアが言っていた子供っぽいというのはこういうことだったのか。

 そんなサンドレアの問いを受けて、アメリアは答えた。

 

「私だよ私。西のアメリア」

 

「はぁ? アメリア? おいおい何言ってんだよ。オレっちの知ってるアメリアっちは、もっとこうバインバインな感じの、なんかすげえ姉ちゃんなんだぞ。そんな冗談は、あと二十年くらい経ってから言いな」

 

「……」

 

 同じ四天王だと信じてもらえなかった。

 これはまさかの展開だな。

 アメリアは以前と姿が違うが、それでも同じ四天王の人ならわかってもらえると思っていたんだが。

 四天王の説得はアメリア頼みなので、ここで失敗したらすべてが台無しだぞ。

 

 そう危惧していると、不意にアメリアが右手を上げて、人差し指と親指だけを立てた。

 それをサンドレアに向けて構えると、呆れた顔で唱える。

 

「チャーミングショット」

 

 すると指先から、何やらピンク色のハートの形をしたもやもやが飛び出した。

 それはパチンッと、サンドレアの額に被弾する。

 

「あだっ! えっ? 今のは確か魅了魔法? なんでお前がそんなものを……? あれっ、まさかホントに……」

 

「あぁ、だからそうだと言っているだろう。私は西のアメリアだ。今は訳あって体が縮んでしまい、この程度の魅了魔法しか使えないが、私がアメリアであるということに変わりはない。この影響で西の魔王軍もなくなってしまったのだが、やはりお前はずっとこんな場所にポツンといるから、何も知らなかったか」

 

 長々とそう語ると、ようやくサンドレアははっとなって気が付いた。

 すかさずアメリアに駆け寄り、紫色のショートヘアを撫で撫でする。

 

「うおぉ、マジでお前アメリアっちか? うん、よく見れば確かに似てる気がする。いやにしても驚いたなぁ。こんなに小っちゃくなっちまうなんて」

 

「お、おい、もうよせ。そんなことよりも、今回はお前に話があってここまで来たのだ」

 

「んっ、はなし? なんだ?」

 

 きょとんと目を丸くする南の四天王サンドレア。

 ようやく本題に入れる。

 と思ったら、ふとアメリアがこちらを一瞥し、何かを促すように首を振った。

 僕から話せ、ということなのだろう。

 

 指示を受けた僕は、サンドレアに真剣な眼差しを向けて、単刀直入にお願いした。

 

「プカプカ大陸に張られている結界。その魔力供給をやめてほしい」

 

「あぁ、いいぞ」

 

「えっ、いいの!?」

 

 そんなあっさりと?

 予想外に淡白な返答を受けて、思わず僕は狼狽える。

 するとサンドレアはむむむと眉を寄せて聞き返してきた。

 

「んっ? 魔王っちの使いで、その魔力供給をやめてほしいってのを、オレっちに伝えに来たんじゃねえのか?」

 

「あっ、いや、魔王がそう言ったわけじゃなくてだな、えっと……」

 

「あれっ? ところであんたら誰だ?」

 

「……」

 

 今さらの質問が飛んできた。

 まず真っ先に聞くことじゃなかったのかそれ。

 まあいいかと思って、僕はなんて返すか迷いながら答えようとした。

 

「えっと、僕たちはだな……」

 

「私の配下だ」

 

「はっ?」

 

 突如としてアメリアが口を挟んできた。

 聞き捨てならない台詞に、思わず僕はアメリアに顔を寄せて言う。

 

「ちょっとアメリアさん、誰がお前の配下なんだよ。そんなのになった覚えはないぞ」

 

「いやいや、そういうわけではない。私の配下という設定の方が、何かと都合がいいだろう。一から説明するのも面倒だし」

 

「あぁ、まあ、それは確かに……」

 

 妙に警戒されることもないし、話もしやすいとは思う。

 なら配下と言う設定にしておいた方がいいのか。

 うーん、釈然とせん。

 

 でもまあいいかと割り切ると、次いでアメリアがサンドレアに言った。

 

「とにかくそういうわけだから、結界への魔力供給はこれっきりにしてもらいたいのだ。私ももうやめているし、お前ももういいのではないか」

 

「ん~、まあ、オレっちは別にそれでいいんだけどよぉ。魔王っちがそう言ってないんじゃ、勝手にやめるわけにはいかねえなぁ。だってオレっち、魔力供給をする代わりに、このたくさんの”砂”を自由にしていいって言われたんだから」

 

「すな?」

 

 思わず僕は声を上げ、周囲の砂を見渡す。

 これを自由にしていい代わりに、魔力供給を指示されていたのか。

 でも、この大陸の砂って何も魔王の私物ってわけじゃないよな? と思いながら、僕はサンドレアに問いかけた。

 

「サンドレアは砂がほしくて、魔力供給をしているのか?」

 

「あっ、いや、別に砂がほしかったわけじゃねえよ。オレっちがほしいのは……」

 

 言いかけ、そして爽やかな笑みを浮かべて答える。

 

「友達」

 

「はいっ?」

 

「だから友達だよ。オレっちはここでたくさんの友達を作って遊んでんだ」

 

 そう言うとサンドレアは、どさっと砂地に腰掛けて、唐突に砂をいじり始めた。

 活発な様子とは打って変わって器用に砂山を形成すると、彼女は不意にパチンと指を鳴らす。

 すると驚くことに、砂山が独りでに動き始めたではないか。

 徐々にその大きさと形を変えていくと、いつの間にか目の前には、あの”砂騎士”が佇んでいた。

 

 これが友達。

 サンドレアにとってはそうなのかもしれない。

 見たところ南の魔王軍は彼女だけのようで、おそらく自分で作った砂人形しか遊び相手がいないのだろう。

 だからたくさんの砂をもらって、ここで南の魔王軍――もとい、友達軍団を作っていた。

 

 そうとわかってしまったら、魔力供給をやめるように無理にお願いするのは、なんか悪い気がしてきたな。

 それはつまり友達を奪うことに等しいのだから。

 ていうかさっき、友達を倒すところを見られちゃったけど、それについては何か思ってたりしないのかな?

 まあ、それはいいとして。

 どうするかな、と悩んでいると、不意にアメリアが口を開いた、

 

「それならば、この男がお前の友達になってくれるぞ」

 

「はっ?」

 

「こいつは私の配下ではあるが、れっきとした人間だ。こいつもあまり友達は多くないからな、この際だし友達になってみてはどうだ?」

 

 という提案を聞き、僕だけでなくサンドレアも目を丸くして固まってしまう。

 友達になる? 僕がこの子と?

 ていうかアメリアさん、誰が友達多くないって? まあ友達多くはないけど。

 でもお前に言われる筋合いはないと思っていると、サンドレアが食いつくように聞いてきた。

 

「と、友達に……オレっちの友達になってくれるのか?」

 

「えっ? あっ、いや、その……まあ、僕でよかったら、全然……」

 

「ホ、ホントか!? ならもうこんな砂遊びなんてしねえよ! 結界への魔力供給もやめる。砂も一切使わねえ。だからオレっちと、友達に……」

 

「あっ、うん、その……僕でよかったらだけど、よろしくお願いします」

 

 そう答えると、サンドレアは日に焼けた頬をにっと緩めた。

 そして茶色の瞳を潤ませると、輝くような満面の笑みを浮かべる。

「人間の友達ができたー!」と、ぴょんぴょんと跳ね回りながら喜びをあらわにし、僕らはその様子を呆然と眺めることしかできなかった。

 

 物凄く嬉しそうだ。

 それは大変結構なことで、無邪気な様子が可愛らしいとも思うのだが。

 なんだこの唐突な展開は?

 気が付けば僕は南の四天王サンドレアとお友達になってしまった。

 その副産物として、結界への魔力供給をやめてもらうことに成功した。

 

「……めちゃくちゃ簡単に説得できちゃったぞ」

 

「なっ? だから言ったであろう」

 

 アメリアが得意げに、プランよりも慎ましい胸を張った。

 一つ目の関門クリアです。

 

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