第69話 「サンサン大陸」
ザク、ザク、ザク。
緩やかに砂地を踏みしめる音が僕たちの耳を打つ。
時折吹く乾いた風に頬を撫でられながら、おぼつかない足をどうにか前に出していく。
後方には三人分の足跡が残り、着実に一歩一歩を進んでいる証となっていた。
サンサン大陸到着後、さっそく僕らは南の四天王探しを開始した。
さすがのパスさんでもサンドレアがいる場所に直接転移門は繋げなかったようで、おそらくその近辺に僕たちは降り立ったのだと考えている。
どうせなら……と欲を言いたくなったのは否めないが、しかし大陸まで飛ばしてもらっただけでも相当ありがたいので、ここからは自分たちで頑張ろうと気持ちを奮い立たせた。
と、意気揚々と歩き出したはいいものの……
「あ、あづいぃ……」
うだるような暑さに、僕らは頭を悩ませていた。
暑い。というより熱い。
まさに天然のフライパンで熱されているような感覚だ。
汗が止まらん。水がほしい。
空から照りつけるのは、ドラゴンが息吹く炎にも似た熱い日差し。
それを下から照り返すのは、薄茶色の広大な砂漠。
行き場を失った熱は大気中に滞り、僕たちに容赦なく牙を剥いてきた。
おまけに日陰になるような場所もない。見渡す限り砂、砂、砂。
「……もう帰りたい」
あまりの辛さに、つい僕は弱音を零していた。
切実に、あの治療院へ戻りたい。
勇者パーティーを追い出されてから過ごした、短くもゆったりとしたスローライフを取り戻したい。
なんで僕がこんなことをしなくてはならないのだろうか?
パスさんからチョークももらってるし、もう転移門開いて帰ろうかなぁ。
そう弱気になっていると、不意に隣から声を掛けられる。
「まあまあ、みんなで遠足に来たと思えばいいじゃないッスか」
「これのどこが遠足なんだよ。遠足先にこんなとこ選ぶ奴いたらぜってぇ張り倒してやる」
プランの慰めにも似た言葉を受けても、当然ながら暑さは解消されない。
むしろ怒りの熱が増してきたように思える。
ていうか、なんでこいつは平気そうなんだ?
僕と違って薄着だからか?
プランはいつもの、パツパツの短パンに腹丸出しの布地の少ない服を着ている。
いわく、これが盗賊の装備なんだとか。
にしても、よく毎回そんな格好で外をうろつけるな。
と、思わずプランのことを凝視していると……
「な、なんスかノンさん? も、もしかして、アタシに見惚れて……」
「いや、暑さで頭おかしくなってもそれだけはない」
なんでッスかー! とプランは喚きながら体を揺さぶってくる。
暑いからやめて。暑苦しい。
と、抵抗する気力も起きないくらい暑さで脱力していると、今度はアメリアが口を開いた。
「お、おい、じゃれ合っている場合ではないだろう。ていうかくっつき過ぎだ。見ているだけで暑苦しいから、今すぐ離れ……」
口早に説教してくるアメリアだが、彼女は不意に言葉を切ってしまう。
どうしたのだろう?
そう思ってアメリアを見ると、彼女は前方に目を向けて固まっていた。
釣られて僕とプランもそちらに視線を移すと……
「「えっ……?」」
なんか、砂が独りでに動いていた。
風もほとんど吹いていないのに、地面からもこもこと大量の砂が湧き上がっている。
なんだこれ? めちゃくちゃ怖いんだけど。
やがてそれは三つの塊となって分かれて、次第に形を変えていく。
この時点で逃げることも、もちろんできたとは思う。
だけど僕たちは、着実に形成されていくそれを呆然と眺めながら、思考を停止させていた。
気が付けば目の前には、砂でできた”甲冑”が三つ並んでいた。
僕と同じくらいの身長で、三体とも剣を持っている。
柔らかい砂が素材のはずなのに、不思議とその剣は妙な光沢があり、おまけに小刻みに振動しているように見えた。
なんでもスパスパ斬れそうだ。
と、そこまで確認が終わってから、ようやく僕は思い出す。
「…………あっ、やべえ」
プランに敵感知頼むの忘れてた。
これ、どう見てもこの大陸の魔物だよね。
見つからないように静かに行こうと思ってたのに、さっそく敵に見つかっちゃったぞ。
そう認識したと同時に、合わせるように砂の甲冑騎士たちが身構える。
なかなか迫力のあるその光景に、僕らは揃って足を引いた。
プランの震えた声が上がる。
「ど、どど、どうしましょうッスノンさん! 敵感知すっかり忘れてたッス!」
「ど、どうするって言われてもなぁ、戦うしかないだろ」
本当なら事前にプランに敵を見つけてもらって、全部やり過ごそうって考えてたんだけど。
暑さで二人ともすっかり抜けていたらしい。
なんとも間抜けな失敗をすると、不意にアメリアが口を開いた。
「おそらくサンドレアが遊びで作った砂人形だろうな。大陸に侵入した者たちを自動的に攻撃しているようだ。奴はそのつもりで作ったのではないだろうが、一生懸命作る中で、たまたま魔力が込められてしまったのだと思われる」
「……なんつー迷惑な」
どんだけ精魂込めて作ってんだよ。
動き出しちゃってんぞこいつら。
思わず顔をしかめると、さらにアメリアは続けた。
「で、どうする? この砂場では相当戦いづらいと思うぞ。逃げてどこかにでも隠れるか?」
「いや隠れるって、身を隠せそうな場所もないだろ」
見渡す限り砂漠なんだし。
それに走りにくい砂地で、ここの住人である砂人形たちから逃げ切れるとも思えない。
戦闘は必至だ。
じりじりと砂甲冑が迫ってくる中、僕は腰に携えていたナイフを抜く。
それを構えて先端を砂騎士たちに向けると、先頭の騎士が剣を振り上げて飛びかかってきた。
目の前には三体の魔物。
両隣には守るべき仲間たち。
……やるしかない。
反射的に僕も前に飛び出し、神経を研ぎ澄ませる。
「ノンさん!」
プランの叫びが耳を打つのと同時に、上段に構えられた砂の剣が素早く振り下ろされた。
閃くような速さと恐ろしい精度。
傍から見ていたら、確実に捉えたと思われる見事な一撃だ。
だが――
「よっ!」
僕はすかさず体を右に捻り、その一撃を躱してみせた。
すぐ真横を砂の剣が落ちていく。
ズガッ! とそれが地面に叩きつけられると、目もくらむような砂しぶきが舞った。
それを無視し、僕は体を右に回転させる。
そして敵が佇む左側に回り込むと、隙だらけの背中を目掛けて、逆手持ちのナイフを叩きこんだ。
「はあっ!」
バサッ! と乾いた砂に短剣がずぶりと埋まる。
手応えはあまり感じない。
だから僕はおまけと言わんばかりに右足を振り上げて、砂の甲冑騎士を蹴りつけた。
「よっこい……しょ!」
ズガッ! と今回は確かな感触を覚える。
大量の砂でできているだけあって、かなりの重量を感じたが、辛うじて敵の体を浮かすことができた。
奴の仲間たちが待つ場所へと、ボールのように蹴り返してやる。
「グ……ガガッ」
斬撃と打撃の二撃を受けた甲冑騎士は、壊れたおもちゃのような声を上げてノロノロと起き上がった。
そしてふらつきながらこちらに視線を向ける。
顔がないため、表情までは窺うことができないが、心なしか奴は驚いているように見えた。
同じく他の二体も動揺した目を向けてくる。
僕はそんな三体の砂騎士に対して、余裕のある笑みを返した。
「来いよ。砂遊びは嫌いだけど、今回だけは付き合ってやる」
額に汗を滲ませながらそう言うと、奴らは怒り狂ったように総勢で襲い掛かってきた。
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