第68話 「行ってきます」
「パ、パスさん? なんでここに……?」
あまりに唐突な展開に、つい僕は狼狽えてしまう。
その姿を見て、パスさんはにこりと笑ったまま答えた。
「私を呼ぶ声が聞こえたからですよぉ~」
「……」
不思議なことを言う時空管理人こと飛ばし屋さん。
誰もパスさんを呼んではいないのだけど。
というか、この局面で登場するとは誰も考えていなかっただろう。
あっ、いや、実際にすごくいい場面で来てくれたので、助かることには大いに助かるのだ。
まさに絶好のタイミングと言っても過言じゃない。
でもなんで僕の治療院の場所知ってたんだろう?
それに、急に出てくるのはびっくりするからやめてほしいなぁ。
その気持ちは皆も同じだったようで、いまだ一様にピタリと時間を止めていた。
……と思ったら。
「だだ、誰よこの人? めちゃくちゃ可愛いじゃない……」
マリンだけはいつもの調子で、人知れず感嘆の声を上げていた。
おまけに鼻息荒くパスさんを見つめている。
危ない人みたいだからやめてほしい。
そんなマリンを放っておきつつ、僕はパスさんに訊ねた。
「呼ぶ声が聞こえたってことは、その……もうこちらの事情は把握してる、ってことですか?」
緊張しながら問いかけると、彼女は大きな頷きを見せた。
「はいなのですよぉ~。私の助けがいるんじゃないかなぁ~って思って、急いで飛んできちゃったのですぅ~」
「……」
飛んできちゃったって、文字通り時空を飛んできたってことなのかな?
あっ、でも、パスさんは自分で作った転移門をくぐることはできないので、それはないか。
まあ、それはいいとして。
こちらの事情を知っているなら話は早いと思い、さっそく僕はパスさんに頭を下げた。
「あ、あの、急なお願いで申し訳ないのですが、僕たちをサンサン大陸とグラグラ大陸まで飛ばしてください」
「は~い、お安い御用なのですよぉ~」
即答。
そして彼女は、すかさず懐から白いチョークを取り出し、先端を治療院の壁に押し当てた。
……って、あれ? そこに描くの?
「それ、転移門オ~プン!」
以前と同じように元気な声を出して、フリーハンドで綺麗な円を描いてみせた。
やがてそれはランプのように眩く光り始めて、中心に新たな景色を映し出す。
目もくらむような日差しと、一面に広がる大きな砂漠。
転移門からは熱気と細かな砂が漏れ出ていた。
これがサンサン大陸。
南の四天王がいると言われている大陸だ。
それを目前にし、僕たちは一同に言葉を失う。
片道だけで一週間近くかかると思われていた長旅だが。
パスさんと会ってから僅か数分で、目的地の大陸が見えてしまった。
あまりにも早すぎる。
こんなに簡単に行ってしまって良いのだろうか?
「何事も早く済ませた方がいいですからねぇ~。テンポよく行きましょ~」
「は、はぁ……」
僕は鈍い反応を示しながらも、パスさんの意見に賛成することにした。
「あ、ありがとうございます。では、ありがたく使わせていただきますね」
「はいは~い、遠慮なく潜ってくださいなのですぅ~」
嬉しそうに応えてくれるパスさん。
そんな彼女に感謝しながら、さっそく転移門を潜ろうとする僕だったが。
不意にパスさんに足を止められ、二本のチョークを手渡される。
「これを持っていくのをおすすめするのですよぉ~」
「……? なんですかこれ? パスさんが転移門を開く時に使ってるチョークですか?」
「まあ、性質はほとんど同じものなのですよぉ~。でもこれは、私が特別に魔力を注入した、『行きたい場所を念じて使えば、誰でも転移門を開くことができるアイテム』なのですぅ~」
「えっ!?」
誰でも転移門が開ける!? ということは僕でも?
と驚愕する僕の頭に、パスさんの声が割り込んできた。
「ただし一回切りなので、帰宅用として使ってくださいねぇ~」
「あぁ、そういうことですか」
ちょっと残念。
前回は時間を決めて、帰宅するときに再び転移門を開いてもらったのだが。
今回は自分で転移門を開いて帰ってこいと、つまりはそういうことだ。
二本いただいたので、サンサン大陸からの帰りと、次にグラグラ大陸に行ったときの帰り用ってことかな。
本当に話が早くて助かる。
テンポよく行こうとか、面倒な段取りを省いてくれるなど、パスさんの仕事っぷりが恐ろしい。
まるで第三者の視点から僕たちのことを覗いている人が、話を急がせるために送ってきた都合のいい人みたいだ。
なんて益体もない考えはさておき、僕はパスさんに改めて声を掛けた。
「それじゃあ、これもありがたく使わせていただきます。あっ、それで、料金についてなんですけど……」
「前と同じで500ガルズでいいのですよぉ~。今回は転移門を二つ開きますけど、出血大サービスでお値段そのままなのですぅ~」
「ど、どうも」
さっそく500ガルズを財布から取り出して渡す。
「毎度ありなのですよぉ~」と言ってパスさんがそれを受け取ったのを確認すると、転移門が閉じる前にそそくさと潜ろうとした。
すると不意に、傍らからシーラが呼び止めてくる。
「ちょ、ちょっと、勝手に話を進めないでくれないかしら? 行く前に、この人が誰なのかくらい紹介してちょうだいよ?」
「あっ、えっと……か、帰ってきたら説明するよ。それまで仲良くお茶でも飲んでて」
「お、お茶って、そんなこと言われても……」
シーラはちらりとパスさんを窺う。
そしてパスさんはシーラにニコニコとした笑みを返した。
思わずシーラは苦笑を浮かべている。
ルベラとテレアに至っては無関心で、このまま放って行くと微妙な空気になるかと危惧したが、マリンが興味津々な様子でパスさんを見ているので、まあ一応大丈夫かなと思った。
上手く打ち解け合ってくれよ。
このまま勇者パーティーに勧誘とかはしないでほしいけど。
とまあそんなこんなあったものの、ようやく僕たちはサンサン大陸へと出発することになった。
「よし。行くぞ、プラン、アメリア!」
「はいッス!」
「うむ」
仲間たちと共に転移門に飛び込む。
いざ、サンサン大陸へ!
……行こうと踏み出した僕だったが。
ふと足を止めてパスさんの方を振り返った。
「ちなみに、こんなまどろっこしいことしないで、お空に浮かんでるプカプカ大陸に、直接転移門を繋ぐってことは……」
「それは無理なのですよぉ~。結界が邪魔をして転移門が作れないのでぇ~」
「……あっ、ですよね」
ちょこっとずるいことを考えた僕だったが、さすがにそれは無理だったようだ。
尺の都合ですべてをすっ飛ばせるわけではない。よく覚えておこう。
では仕切り直して……
いざ、サンサン大陸へ!
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