第67話 「救世主」

 

 翌日。

 早朝から僕たちは治療院に集まって、綿密な話し合いをすることにした。

 隣には従業員、目前には勇者パーティーという先日と同じ構図で話を始める。

 

「さて、まずはどちらの四天王から攻めるか決めたいと思う」

 

 そう切り出した僕は、各々が頷くのを確認してから続けた。

 

「というより、昨日の夜三人で話し合った結果、先に南の四天王『サンドレア』を説得することになった」

 

「……その理由は?」

 

 そう聞いてくるシーラに、僕は真剣な声音で答える。

 

「巨人族の大陸は怖いので後回しにしたいです」

 

「……」

 

 声には出されずとも、呆れられているのがわかった。

 だって怖いじゃん、グラグラ大陸。

 それに話を聞いてくれそうなのは、どちらかと言えばサンドレアの方とアメリアが言ったので、できれば楽な方から攻略したいのだ。

 

 などという心中の声が聞こえたのか、シーラが頷いた。

 

「ま、まあ、それはわかったわ。つまり南の四天王の説得を終わらせてから、東の四天王のもとまで向かう。という順序でいいのね?」

 

「うん、そうそう」

 

 僕はこくこくと頷き返す。

 改めて聞くと、なんともタイトなスケジュールとなっているが、こればっかりは怠けてもいられない。

 人類滅亡の危機を回避するため。そして何より莫大な報酬金のために。

 

 人知れずやる気を燃え上がらせていると、不意に剣聖のルベラが声を上げた。


「そういや、西の四天王ってどうなってんだ?」


「ギクッ!」

 

 突然の話題転換に、思わず僕は歯を食いしばってしまう。

 なぜ唐突に西の四天王の話を?

 こっそり隣を窺うと、話の矛先を向けられた西の四天王様は、顔をしかめてだらだらと冷や汗を流していた。

 おまけに体が震えてる。可哀想に。

 

 ドキドキしながら話の行方を見守っていると、ルベラのとぼけた声にシーラがツッコミを入れた。

 

「ルベラ、あなた話聞いてなかったの? 西の四天王は配下の悪魔たちと一緒に捕まったって聞いたでしょ。噂によると、弱体化しているところに、”匿名の通報”を受けた冒険者たちが押し寄せて、一斉逮捕したって」

 

「へぇ」

 

 自分で聞いておきながら、ルベラは興味のなさそうな返事をする。

 その最中でも、僕とアメリアはガクガクと震えていた。

 すると次に今度は、マリンが目を細めてぼやく。

 

「そういえばそんなこと言ってたわね。そのせいで記事が上塗りされたとかなんとか。勇者である私たちを差し置いて、ホント生意気な話よね。誰よ通報したの」

 

「……」

 

 はい、僕です。

 なんて手を挙げられるはずもなく、僕はただ口を固く閉ざしていた。

 そういえばそんなこともありましたね。名前伏せておいてよかったぁ。

 

 密かに安堵していると、ようやくシーラが話を元に戻してくれた。

 

「とにかく、残る四天王は東と南の二人だけ。それを今から説得しに行ってもらうのよ。あっ、それで、あなたたちが説得に行っている間、私たちはどうしていたらいいかしら?」

 

「えっ?」

 

「ついて来るなって話だったけれど、やっぱり丸投げにするのは悪い気がして。マリン以外の三人は、まだ力が残っているし、できれば一緒に行きたいって思っているのだけど……」

 

 という声を受けて、僕はかぶりを振ってみせる。

 

「いやいや、治療院でお留守番よろしく。もし怪我人が来たら、傷はテレアが治してやってくれよ。昨日も言ったと思うけど、勇者パーティーのメンバーをぞろぞろ引き連れて行ったら警戒されちゃうと思うし」

 

 本音は、正体を隠したいアメリアのために、マリンたちを置いていきたいってだけなんだけど。

 という心中の声は聞こえなかったようで、シーラは素直に同意してくれた。

 

「えぇ、わかったわ」

 

 同様に聖女テレアも静かに頷く。

 

「んっ、わかった」

 

「……」

 

 なんだろう、この言い知れぬ胸騒ぎは?

 自分で言った後でなんだけど、つまり僕の治療院をしばらくテレアに任せるってことだよな。

 聖女と名高い回復魔法のエキスパート、テレアさんに。

 うぅ~む、僕の気のせいだと思いたいが、何か嫌な予感がするなぁ。

 

 ……まあいいか。

 

「とにかくこれで、行き先は決まったわけだ。残る問題は……」

 

 言いかけた僕は、ふと卓上に目を落とす。

 そこには大きく広げられた地図があり、それぞれ南と東の大陸に印がしてあった。

 僕はトントンと地図上の印を指でつつきながら、顔をしかめる。

 

「大陸を渡るまでの果てしない移動時間と距離、それと交通費。こればっかりはどうしようもないよなぁ」

 

 二つの大陸を渡るとして、単純計算でおよそ二週間。

 移動だけでもこれだけの時間が掛かるのだ。

 もし四天王の説得に手間取ったりすれば、さらに長時間に。

 いくらなんでもこれはしんどい。

 

 しかし避けては通れない道だと愚痴ると、すかさずシーラが口を挟んだ。

 

「交通費に関しては、もちろん全額支給させてもらうわ。それに港までの移動なら、うちの馬車を使ってちょうだい。そこらのものより断然早いと思うから」

 

「あぁ、うん。それはお言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 その労いを素直に受け取ることにする。

 だがそれらの手をフルに活用したとしても、相当な時間が掛かることに変わりはない。

 嫌だなぁと思いながらも準備を進めざるを得ず、僕らはついに旅の支度を整えた。

 

 白衣に似たようないつもの外出着。

 携帯食料と水。それから少し温かさを増した財布。

 そこには勇者パーティーから託された交通費も入っている。

 他に必要になりそうな物はプランとアメリアが持ったので、これにて準備は完了だ。

 

「それじゃあ、治療院のことよろしく頼む。なるべく早く終わらせて来るから、すぐに魔王討伐に行けるように準備しておいてくれよ」

 

「えぇ、わかったわ」

 

 シーラだけでなく、勇者パーティー全員の確かな頷きを見て、僕は扉に手を掛ける。

 そして旅立ちの一歩を踏もうとした、そのとき……

 

「…………やばい。いざ行くと決めたら、なんかやる気が……」


「ちょ、休日に出掛ける予定立てたのに、当日になって行く気なくなるみたいなこと言わないでよね」

 

 だって、これからめっちゃ長い旅が始まるかと思ったら、もうだるくてだるくて。

 やめちゃおうかな。

 ていうか、僕が行く必要ないよね。

 

 なんてネガティブな気持ちになるも、仕切り直して僕は言った。

 

「んじゃまあ、魔王軍の四天王退治、いっちょ行ってみますか」

 

「おぉー! って、退治じゃなくて説得ッスけどね」

 

 プランから的確なツッコミをいただきつつ、治療院のドアを開ける。

 長旅は確かに遠慮したいが、人類を救うため、そして報酬金がもらえることを考えれば少しは頑張れる。

 それにその額も莫大だし、ちょっとお得な依頼を受けたと思えば気が楽じゃないか。

 だから頑張ろう。隣には頼れる仲間もついているのだから。

 そして僕らは、遥か遠くの大陸を目指し、その一歩を堂々と踏み出したのだった。

 

 ガチャ。

 

「はいは~い! この絶妙なタイミングでパステートちゃん登場なのですぅ~!」

 

「「「……」」」

 

 扉を開けた先には、なぜかピンク色の長髪を靡かせるお姉さんが立っていた。

 パステートさん。またの名を、『開門転移師』の飛ばし屋さん。

 突然の彼女の登場に、治療院の中にいるすべての人間が硬直した。

 

 ……あれっ? これ時間短縮できるやつですかね?

 

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