第66話 「素直になれない」
マリンたちを宿屋に案内した後。
僕は治療院に帰宅し、ようやく肩の力を抜くことができた。
倒れ込むようにソファに横たわる。
連日押しかけてくるお客さんたちに翻弄され、さらには勇者ご一行まで相手にしたのだから、この疲労は疑いの余地なく当然のものだ。
ただでさえすっからかんの魔力に、体力までマリンたちに持っていかれたのだから。
超疲れた。もう無理。しんどい。
目を閉じればすぐにでも眠ってしまいそうだったが、その前に僕はやるべきこと……というより、言うべきことがあるのを思い出し、ソファから体を起こす。
「あっ、あのな、二人とも……」
「「……?」」
後片付けをしているプランとアメリアが、きょとんと首を傾げてこちらを見る。
僕はなんだか申し訳ない気持ちで、ぽりぽり頬を掻きながら言った。
「その、急に驚かしてごめんな。勇者パーティーが来るなんてびっくりしただろ」
「いえいえ全然ッスよ」
「別に構わんぞ」
二人はそう言ってくれるが、僕の罪悪感は拭えない。
驚かしただけでなく、結局は話の流れで二人まで巻き込むことになってしまったのだからな。
嫌ならついて来なくていいと言ったのだが、プランとアメリアはそれを聞かない。
そりゃ、四天王の説得にはアメリアの存在が不可欠だし、危険な魔大陸では敵感知ができるプランの力を是非とも借りたいところだ。
だからついて来てくれることには大いに感謝している。
しかし反対に恨まれているんじゃないかと怖くも思っている。
こんな面倒くさいこと、本当なら誰もやりたくないはずだからな。
それに付き合ってくれるということに改めて感謝の意を込めて、僕は二人に頭を下げた。
「二人とも、これからのことよろしく頼む。特にアメリア、四天王の説得は本当にお前頼りになると思うから、大変だろうけど頑張ってくれ。もし僕にできることがあるなら、なんでも言ってくれて構わないからさ」
「「な、なんでも!?」」
二人の驚いた声が治療院を揺らす。
そんなにおかしなことを言っただろうか?
ていうかなんでプランまでびっくりしてんだよ。
わけわからんと思いつつそのまま頭を下げていると、アメリアの高揚した声が聞こえてきた。
「そ、そこまで言われたなら、うむ、頑張るしかないな。世界の平和のためだからな」
「そんなこと言って、ノンさんにどんなこと命令する気ッスかこの痴女悪魔! ちょ、アタシも頑張るので、そのなんでも言うこと聞かせられる権利くださいッス!」
「……そんなものは発行してない」
プランの意味不明な発言につい呆れてしまう。
まあプランにもそれなりに頑張ってもらう予定だし、一回くらい言うことを聞いてもいいかな。
もし面倒なこととかだったら断るけど。
なんて思いながら僕は、とりあえず二人のために晩飯でも作るかとソファから立ち上がった。
僕にできることはこれくらいしかないから。
どんな食材が余ってたかなぁ、とキッチンに向かうと、その途中でふと窓の外が目に入った。
魔王討伐会議をしていたせいで、いつの間にかすっかり暗くなってしまった空。
ただでさえ静かなノホホ村は、一層の静けさに包まれていた。
人類がちょっと滅亡の危機に瀕しているというのに、ここは相変わらずだな。
まあ、実際に慌ててるのはまだ僕たちだけだからね。
でもマリンが天職を失ったことが世界中に知れ渡ったら、大混乱が起きるんだろうなぁ。
最悪、チャンスと見た魔王軍が攻めてきて大戦争なんてことも。
と物騒なことを考えながら、ぼんやりと外を眺めていると……
これまた不意に、視界の端に”何か”を捉えた。
人影だ。治療院の入口から少し離れたところに立っている。
見間違いか、青色の長髪が靡いたようにも見えた。
人類滅亡の原因ともなっている”マリン”のことを考えすぎて、とうとう幻覚でも見えてしまったのだろうか?
そう思ってごしごしと目を擦ってみる。
けれど、視界に映る人影は消えることはない。
するとやがてその人物は、僕が見ていることに気が付いたのだろうか、くいっと首を動かして、こちらに来るように促してきた。
めちゃくちゃ生意気な態度。
あぁ、あれ本物だわ。
「……何してんだ、あいつ?」
さっき宿屋に送ってやったばっかで、なんで急に戻ってきてんだ?
忘れ物かな? いやでも後片付けは綺麗に終わってるし。
いったい何なんだ? と思いながら僕は、アルバイトの二人に声を掛けた。
「二人とも、僕ちょっと夜の散歩に行ってくるな」
「は~いッス…………って、えっ? 夜の散歩ってなんスか?」
「今までそのようなことしていたか……?」
咄嗟の言い訳に疑問を感じる二人。
それを言及される前に僕は、治療院を飛び出した。
足早に人影の元まで向かう。
距離が縮まってくると、やがてその人物の姿が鮮明に映った。
「よっ、マリン」
「……」
やっぱり幼馴染の”元”勇者マリンだった。
彼女は道と畑を仕切る柵に寄り掛かりながら、腕を組んでじっと静かにしている。
僅かな月明かりに照らされるその姿は、悔しながら麗しげだと感じさせられた。
という感心は喉の奥に引っ込めておき、僕は彼女に問いかける。
「なんだよ? もしかして僕が紹介した宿が気に入らなかったから、その文句でも言いに来たのか?」
「さ、さすがに私もそこまで捻くれてはないわよ! バカにしないでちょうだい」
「……」
そこまで捻くれているからそう聞いたんだけど。
高貴で美しく、最強の天職を持つ勇者マリン様に、よくもあんな平凡な宿を紹介してくれたわね。とか普通に言いそうだし。
……まあいいや。
「んで、僕に何か用なわけ? それとも、治療院にいるあの二人か?」
「ち、違うわよ。あんたにちょっと、言いたいことがあって……」
「……?」
珍しくしおらしい様子を見せるマリン。
そんな彼女を見て、思わず僕は首を傾げる。
果たして言いたいこととは何なのだろうか?
そこまで改まって言われると、こちらも否応なしに身構えてしまうんだけど。
やがてマリンは、どこか悔しそうに視線を逸らしながら口を開く。
心なしかその顔は、暗い夜道の中でもわかるくらい、赤らんでいるように見えた。
「あ、あり……」
「……?」
「あり……あり……」
……あり?
疑問符を浮かべていると、マリンは耐え切れなくなったと言わんばかりに、綺麗な青髪を掻きむしって言った。
「だぁもう! これ!」
「……?」
唐突にずいっと突き出される紙袋。
なんだこれ? と思いながら、恐る恐るそれを受け取ると、マリンは口早に続けた。
「日持ちする方だと思うけど、早めに食べちゃいなさいよ。あんまり置いとくと美味しくなくなっちゃうから」
「食べる……? って、あぁ、これお菓子か」
袋の中を覗くと、まるで宝石のように色鮮やかなお菓子が入っていた。
庶民の僕らではとても手が出せないような、コウキューというやつだ。
それを見て、ようやくマリンがここに来た意味を悟る。
これを届けに来てくれたのか。
じゃあさっきの言葉はもしかして……と思って、僕は逆にその台詞を返してみた。
「ありがとな」
「……別に」
マリンはそっぽを向きながら相槌を打つ。
素直じゃないなこいつも。
魔王討伐に協力する約束をしてもらい、改めてそのお礼を言いに来たのだろう。
もしくは行って来いと、シーラあたりにそそのかされたのか。
どちらにしてもこうしてちゃんとお礼を言いに来たのだから、こいつも少しずつは成長してるんだな。
でもやっぱり可愛くはないけれど。
そのことに若干の驚きを感じながら、これで用は済んだかなと見た僕は 黙って踵を返そうする。
するとそこに……
「あっ、ところでところで……」
「……?」
「ここに来た時からずっと気になってたんだけど、あの子どこで見つけてきたのよ? どちゃくそ可愛いじゃない」
「……どちゃくそ?」
すっかりいつもの調子を取り戻したマリンが、嬉々として聞いてきた。
可愛い? 誰のことだろう?
「プランのことか?」
「あぁ、あの白髪の子も確かに顔は可愛いけど、性格がちょっとねぇ。そっちじゃなくてほら、あの大人しそうな女の子の方よ」
「あぁ、アメリアか」
言われて気が付く。
そういえばこいつ、可愛いもの大好き『可愛い教』の狂信者だったな。
そしてアメリアはどんな者でも魅了してしまうサキュバスの女王。
マリンが目を付けるのも無理はない。
しかしアメリアの希望で、正体は隠し通すことに決めているのだ。
残念ながら教えることはできないな。
ていうか、今思ったんだけど、もしマリンたちが東のグラグラ大陸ではなく、西のメロメロ大陸から攻めていたとしたら、全盛期のアメリアに簡単に魅了されていたんじゃないのか?
『勇者』の天職を失うどころか、マリンまで操られて完全敗北してただろ。
アメリアがどじ踏んで自滅してくれててよかった。
言っちゃえばマリンにとって最大の天敵になりえた四天王だからな。
改めてそう思って、密かに冷や汗を流す。
ていうかマリン、ツッコミが遅れて申し訳ないのだけれど、『プランの性格がちょっとねぇ』ってお前が言うんかい。
「って、結局アメリアのこと聞きたくてここまで来たのかよ。ちょっと感心して損したわ。別にあの子はなんでもない、プランと同じアルバイトだよ。ほら、明日も朝早くから話し合いして、四天王の説得に行くんだから、勇者様は帰った帰った」
「な、何よそれ。教えてくれたっていいじゃない」
背中をぐいぐい押しやると、マリンは膨れっ面で文句を垂れた。
何なのよもう、と愚痴を零しながら宿屋に帰っていく。
その青い背中を眺めながら……ふと僕は、知らず知らずのうちに彼女を呼び止めていた。
「マリン」
「んっ?」
「あっ、その…………まあ、残りの四天王は任せとけ。その代わり、絶対に魔王を倒してくれよ」
「……」
今さら改めて言うことでもないと思ったが、無意識のうちにそんなことを言っていた。
しかし口にした後で、『何言ってるのよ』と呆れられるか笑われるだろうなと思ってしまう。
だが、そんな僕の懸念に反し……
マリンはにかっと笑みをたたえて答えた。
「当ったり前じゃない! 任せてちょうだい!」
これには思わず目を丸くしてしまう。
そのまま呆然と立ち尽くしていると、いつの間にかマリンは青い背中姿を暗闇の中へと消していた。
あのサバサバとしていたマリンが、大きな声で応えてくれた。
前には見ることのできなかった、情熱的な気持ちが今はあるように思える。
いつも尻拭いや身の回りの世話を嫌々とやってきたけれど、今回だけはちょっと頑張ってみてもいいかなと、僕はそう思った。
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