第65話 「これっきり」

 

「ど、どうしてって、言われてもな……」 

 

 あれっ? そういえばなんで、魔王軍の”四天王”と戦ってるんだっけ?

 プランの素朴な疑問を聞いた僕は、思わず首を捻ってしまう。

 今まで何となく、四天王から倒して行かなくてはならないと考えてきたけれど。

 いきなり親玉から潰しても別に問題はないよな?

 

 大将である魔王を倒せば、部下たちの士気も下がって戦力が低下するだろうし。

 上手くいけば降伏してくる可能性だってある。

 だから魔王から狙えばよくない? という疑問を、プランは感じたようだった。

 

 いやでも、何か理由があったような気も……と頭を悩ませていると、その姿を見たシーラが呆れた様子で言った。

 

「ちょっと、忘れちゃったわけ?」

 

「えっ? 何を?」

 

「何をって、四天王と戦っている理由よ。魔王は今、遥か上空に浮かんでいる『プカプカ大陸』に魔王城を構えているけれど、大陸には大きな結界が張られているでしょ?」

 

「あぁ、そんなこと言ってたような……」

 

 にわかに思い出していると、さらにシーラは続ける。

 

「それで、その結界は四天王たちが魔力を供給しているおかげで維持できているわけだから、先に四天王たちを倒さないと魔王にも会えないってわけよ」

 

「……なるほどな」

 

 今一度四天王たちと戦っている理由について理解し、僕はこくこくと頷く。

 そうそう、そういえばそんな感じだったな。

 四天王を倒して結界への魔力供給を止めさせないと、魔王と戦えないみたいな。

 まあそりゃ、理由もなく四天王と戦ってるはずもないか。


 てなわけだプラン、とさも自分が説明をしたかのような視線を向けると、彼女はなぜか再び首を傾げた。

 

「魔王城がある大陸が結界に覆われているから、四天王を倒さなきゃいけないわけッスか。なら、その魔力供給を止めるように”説得”すれば、何も戦う必要はないんじゃないッスか?」

 

「……はっ?」

 

 説得? 魔王軍の四天王を?

 

「いやいや、そんなことできるわけ……」

 

 と条件反射で首を振ろうとするけれど。

 ふと僕は、言葉を途切れさせた。

 いやまさか、そんなはずはないだろうけど。

 でも、もしかしたら……と一抹の希望を抱いて、隣に腰掛ける元四天王のアメリアに、ぼそっと訊ねてみた。

 

「できるわけ、ないよな? 説得とか」

 

「ん~……いや、できなくもない、かもしれないぞ」

 

「えっ!?」

 

 ……マジ?

 魔王軍の四天王が、人間の説得を聞いてくれたりするのか?

 もしそうだとしたら、プランの言うように戦わなくても済むじゃないか。

 現在、東と南のどちらの四天王とも戦えない状況なので、もしそれらをすっ飛ばして魔王と戦えるのなら願ったり叶ったりだ。

 

 そう思って期待に胸を膨らませていると、アメリアはさらに続けた。

 

「結界の維持に協力的だったのはネビロのじじいだけだったしな。私の場合はすでに供給をストップさせているし、残りの二人も惰性で続けている感がある。止めろと言えば止めるんじゃないか?」

 

「いや、そんなテキトーな……」

 

 やっぱりダメかもしれない。

 止めろって言っただけで止めるのなら、とうの昔に誰かが実践しているはずだ。

 

「もし不安なら、手土産の一つでも持っていけば、奴らは素直に頷くと思うぞ」

 

「さっきからそれ本当に四天王の話してんだよな?」

 

 疑わしく思って僕は眉を寄せる。

 やっぱり魔王軍の四天王っておかしな奴しかいないのかな。

 話を聞いていく度に、ますますそう思えてくるぞ。

 むしろ逆に会ってみたくなってきたな。

 

 なんて思っていると、不意にシーラの声が耳を打った。

 

「ねぇ、何こそこそ話してるのよ?」

 

「えっ? あっ、いや、なんでもないなんでもない」

 

 そう言ってかぶりを振って誤魔化す。

 そしてすぐに体を正面に向けると、シーラが改まった様子で皆に問いかけた。

 

「それで、他に意見がある人はいないかしら? マリンの天職を元に戻すための、何か良い意見は……」

 

 という声に、やはり誰も答えない。

 先ほどから提案を却下されてばかりなので、みんな自信を失っているようだ。

 しばしの静寂が治療院の室内を満たす。

 

 そんな中、先ほどのアメリアとの会話を思い出しながら、僕は声を響かせた。

 

「あぁ、えっと、そのぉ……」


「……?」


「『勇者』の天職、もう取り戻す必要ないかもしれないぞ」

 

「えっ?」

 

 唐突なその言葉に、シーラは驚いて目を丸くする。

 同様に他の人たちも眉を寄せて、疑問の目をこちらに殺到させた。

 その光景に少し萎縮してしまうけれど、僕は勇気を持って話を続ける。


「えぇ~と、今こいつ……あっ、うちでアルバイトしてるプランっていうんだけどな。今こいつが言ったみたいに、結界への魔力供給を止めるように四天王に頼めば、もしかしたら説得できるかもしれないぞ……たぶん」

 

「せ、説得って、魔王軍の四天王を? そんなの上手くいくわけ……」

 

「もちろん、簡単には行かないと思うけど、でも何もしないよりかは何倍もマシだろ。それに、マリンの天職を元に戻すよりかは、まだ可能性が高いと思わないか?」


「ま、まあ、それはそうかもしれないけれど……」


 シーラは鈍い頷きを返しながら、ちらりとマリンを窺う。

 そう、こいつを勇者に戻すよりかは、まだ可能性が高い作戦だ。

 同じ四天王のアメリアが言うようには、意外と簡単に行くとのことだし。

 それも話し合いのいかんによって変わってくるとは思うが。

 

 というより、マリンの心を変えるのが、比べ物にならないくらい高難易度になっているのが悪いのだ。

 魔王軍の四天王を説得するより難しいってどういうことだよ。

 仲間もそれを認めちゃってる現状が異質すぎる。

 

 というわけで作戦の方向性をシフトさせると、僕は今一度それを確認するように続けた。


「ていうか、マリンが戦えない今、その手に賭ける他ないだろ。それに話し合いや説得で事が済むなら、なんでもそれが一番だ」

 

「た、確かにそうかもしれないけれど……でもその場合、あなたは協力してくれるのかしら?」

 

「えっ?」

 

 シーラからの不意な問いに、思わず首を曲げてしまう。

 素っ頓狂な顔を浮かべていると、彼女はそれとは反対に不安げな様子で続けた。

 

「さっきは、マリンの天職を元に戻すように協力を約束してもらえたけれど、四天王の説得をするとなると話は違ってくるわ。あなたの言いようだと、まるであなた自ら四天王と直接接触を図って、何かしら仕掛ける気みたいだし。そうなると、マリンの天職を元に戻すより、遥かにあなたに苦労を掛けることになるわ。それでも……」

 

「……」

 

 本当に協力してくれるの? という問いを受けて、僕はしばし黙り込んだ。

 シーラの言うとおり、確かにこれは約束したことと違うように思える。

 それに、四天王と直接会うつもりなのも図星だ。

 同じ四天王のアメリアを連れて奴らと対話しないことには、上手い説得ができそうにないからな。

 

 しかしそうなると、勇者パーティーの出番はなくなってしまう。

 反対に僕たちの苦労の方が計り知れないものになって、シーラはそれを悪いと思っているのだ。

 それを理解しながら、僕はなんでもないように答えてみせた。

 

「ま、乗り掛かった舟だしな」

 

「……」

 

 シーラのみならず、勇者パーティーは一同に目を丸くする。

 別に、こいつらのためなんかじゃない。

 プランやアメリアの前で良い格好を見せようなんて考えたわけでもない。

 僕はただ、報酬金が目当てで依頼を受けることにしたのだ。

 

 ちょうど治療院の改装を考えていたことだし、少しでもその足しになればと思った。

 という説明をわざわざするのも面倒だったので、僕はこれ以上何も言うことはなかった。

 当然シーラは、いまだに納得がいかない様子で訊ねてくる。

 

「本当にいいの? 何なら、どう説得すればいいのかを教えてもらえれば、私たちだけで……」

 

「いいや、残念だけどこれは、勇者パーティー様じゃたぶん無理だと思う。向こうに警戒されないためにも、僕たちだけで四天王に会って話をしないと。だけどその代わり……」

 

「も、もちろん、それなりのお礼をさせてもらうわ。一律の治療費の500ガルズを百倍して5万ガルズ。いいえ、何ならさらに百倍で500万ガルズでも……」


「ご、ごひゃ――!?」 

 

 目ん玉が飛び出るかと思った。

 で、でも、今僕が言いたいのはそういうことじゃない。

 

「い、いや、もちろんそれも重要なことなんだけど、もし説得が上手く行って、魔王城への道が開けたとしたら、そのときは絶対に魔王を倒してくれよな……って言いたかったんだよ」


「そ、それは当然よ。勇者パーティーの一員として、全身全霊をもって……」

 

「あっ、いや、シーラに言ってんじゃなくてな……お前に言ってんだよマリン」


「……」


 不意に視線を向けると、マリンはやはりバツが悪そうに目を逸らしていた。

 今みんなが誰のためにこんなに悩んでいるのか、本当にようやく理解したらしい。

 勇者であることを忘れさせるくらい落ち込んだ様子で、彼女は顔を伏せてしまった。

 改めて、今はこいつがただの女の子なのだと実感させられる。

 

 やがてマリンはおもむろに顔を上げると、ふてくされたように答えた。

 

「あ、当たり前じゃない。私は勇者なのよ。魔王を前にしたら、たとえそれがどんな相手でも倒してみせるわ」

 

「……本当か?」

 

「……本当よ」

 

 少しの間があったのが気になるけれど、今はそれも嘘ではないと信じるしかない。

 マリンの覚悟も見れたことだし、僕は窓の外に目を移しながら言った。

 

「んじゃまあ、とにかくこれで方針は固まったな。気付けばもう遅い時間だし、続きは明日にでもしよう。僕から紹介するから、マリンたちは近くの宿にでも泊ってけよ」

 

「……わかったわ」

 

 というわけで、長らくお付き合いいただいた第一回魔王討伐会議も、これにてようやく閉会された。

 

 色々な不安は残るけれど、今は何もかも信じる以外に他ならない。

 最初はマリンの『勇者』の天職を戻すだけのはずだったんだけどなぁ。

 どこをどう間違って、四天王の説得をすることになってしまったんだか。

 しかしやると決めたからにはやり切るしかない。

 そしてそれ相応の報酬をいただいて、立派な治療院を構えてみせるんだ。

 

 そういえば、僕のスローライフはどこに行ったの?

 僕はいつになれば、窓辺でそよ風に頬を撫でられながら、本を片手にお茶を楽しむことができるのだろうか?

 これっきり……本当にこれっきりで面倒事は終わりにするぞ。

 

 密かに心に誓いながら、僕はふとアメリアに囁きかけた。


「ち、ちなみにアメリアさん……その魔王様も、実は”可愛いらしい女の子”だ、なんて言わないよな?」


「すまないがそれは保証できん。私も魔王の姿はシルエットでしか確認したことがないのだ」

 

「……」

 

 やっぱ超不安。

 

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