第64話 「勇者の試練」
僕が意見を募ると、皆は困ったように各々の顔を窺った。
すぐに手を挙げる人はいない。
まあ、天職を元に戻すためには、失った原因と逆のことやれって話だし、そう言われてもピンと来ないよな。
マリンが天職を失ったのは、敵が可愛くて戦いたくないと思ってしまったから。
ではその逆とは?
皆が同じ疑問を覚える中、一人だけ席を離しているシーラが、ふとおずおずと手を挙げた。
「ふ、普通にマリンが、その東の四天王を可愛くないって思って戦えば……」
「そんなのできるわけないじゃない!」
「……」
ですよねぇ~。
予想通りの返答を聞いて、僕は呆れた顔を浮かべた。
一方、大好きなマリンに提案を一蹴されたシーラは、半泣きになって手を下ろす。
やはり単純な作戦ではダメか。
もっと別のアプローチをしなくては、と考えていると、次にルベラが自信満々そうに手を挙げた。
「目を瞑って戦うってのはどうだ?」
「……? そのこころは?」
「だってよ、外見に惑わされてるってことは、そいつを見なけりゃいいわけだろ? そうすりゃ、敵を可愛いなんて思わなくなるだろうし、『勇者』の天職も戻んじゃねえのか?」
「……」
どうですかマリンさん?
とポンコツ勇者に目を向けると、彼女はふるふるとかぶりを振った。
「目を瞑ったとしても、可愛いものは可愛いの。一度可愛いと思ってしまったものを斬るのは無理。絶対に」
「……」
これまた予想と近い返答がきて、僕は心中でため息を吐く。
目を瞑ったとしても、そこに可愛いものがあるとわかっていたら、マリンに剣を取ることは不可能だろう。
心の目が邪魔をするとでも言うべきだろうか。
ゆえにルベラの提案も虚しく却下されてしまう。
ていうか、目を瞑って戦うこと自体は特に問題ないんですね。さすがは歴代最強の勇者。
密やかな賞賛を送っていると、次に聖女のテレアが音もなく手を挙げた。
どうぞ、と視線だけで応えると、彼女は噤んでいた口を開く。
「南の四天王を倒しに行く」
「はっ?」
……どゆこと?
唐突に持ち上げられた謎の提案に、テレア以外の皆が首を傾げる。
すると彼女はその提案の意図を説明した。
「東の四天王とは戦えない。なら、南の四天王を倒しに行く」
「……えぇ~と、ちょっと意味がわからないんだけど、もう少し言葉数増やして喋ってくれませんか?」
「東の四天王じゃなくて、南の四天王を倒しに行けば、『勇者』の天職は戻ってくると思う。それで南の四天王に勝てば、自信もついて、もしかしたら東の四天王とも戦えるかもしれない」
「……」
うん、まあ、言いたいことはわかるような、わからないような?
つまりひとまず東の四天王『ミル』は放っておいて、南の四天王と戦いに行けば、とりあえず『勇者』の天職だけは取り戻せるんじゃないかと。テレアはそう言っているようだ。
でもそれ、根本的な問題は何一つ解決してなくない?
と眉を寄せていると、再びアメリアが僕の耳元に顔を寄せてきた。
マリンたちに元四天王だとバレるのが嫌なのだろう。
すごく小さな声で囁き、それを聞いた僕はテレアにかぶりを振ってみせた。
「残念だけど、それも無理そうだな」
「えっ?」
「だって、南の四天王も”女の子”なんだもん」
その声を聞き、皆はぎょっと目を見開く。
次いでシーラがすかさず、問い詰めるように僕に聞いてきた。
「お、女の子って、なんであなたがそんなことを知ってるのよ?」
「ま、まあその、風の噂で……」
本当は今、同じ四天王のアメリアに教えてもらったんだけど。
「か、風の噂って……ま、まあ、それはいいわ。ところで、えっと……その女の子も可愛かったりするの?」
というシーラの問いを受けて、再びアメリアが囁く。
ひそひそひそ。
「うん、まあ、その……可愛いと思う」
「――ッ!?」
「名前はサンドレア。種族は人型のゴーレムなんだけど、見た目は普通の女の子と変わらないらしい。暑い日にビーチで遊んでいそうな、程よく肌の焼けた褐色少女。性格は物凄く子供っぽくて、いつもサンサン大陸の砂漠地帯で砂遊びをしてるみたいだ」
「がはっ!」
マリンが突然、吐血したかのように咳き込んだ。
その南の四天王の姿でも想像してしまったのだろうか。
彼女はぐったりと背もたれに寄り掛かり、シーラが慌てて駆け寄った。
「ちょ、傷口えぐってどうするのよ!? これじゃあマリンの天職絶対に戻らないじゃない!」
「えっ? いや、だって、そっちが聞いてきたんじゃん……」
ていうか、敵の姿を想像しただけでダメージを受ける勇者ってなんなんだよ。
こいつホント可愛いものに弱いな。
やがてシーラに介抱を受けたマリンが体を起こし、力ない様子で呟いた。
「……世界は終わりよ」
「……」
ついに勇者の口から零れてはいけない言葉が出てしまった。
しかしまあ、それも無理からぬ。
東の四天王のみならず、驚くことに南の四天王まで可愛い容姿をしているのだから。
アメリアの言うように、また『私ほどではない』らしいけど。
まるでマリン対策として用意された天敵みたいだ。
魔王軍側はそんなつもりさらさらないとは思うが。
なんにしても、これで八方塞がりである。
ホントに世界終わりなんじゃ……? と危惧した僕は、ふと思いついた最終手段を、知らず知らずのうちに口から零していた。
「もういっそこいつ殺して、別の奴に勇者の天職が移るの待ってた方がいいんじゃねえの?」
「「「「えっ!?」」」」
勇者パーティーの皆様が驚き遊ばせた。
次いでシーラとルベラが、一瞬だけ考え込む素振りを見せると、はっとなって異議を唱えた。
「そ、そんなこと、絶対にさせない、わよ?」
「そ、そうだそうだ。ウチらのマリンを殺させるなんて、ぜ、絶対に……」
「……」
お前ら、ちょっといい作戦って思っただろ。
マリン一人を殺して世界が救われるなら、そっちの方がマシなんじゃないかと。
もちろんひどい作戦だとは思うが、最悪その手で行くしかあるまい。
世界のため、そして人類のために。
という苦渋の選択が迫られる中、当然断固拒否する人間が一人いた。
「い、嫌よそんなの。この私が死ななきゃならないなんて、そんなの世界が間違ってるわ」
「わがまま言うんじゃありません。もう世界を救う方法はこれしかないと思うので、お腹切って天職を受け継がせてください。もしくは四天王と戦う決意を抱いてください」
「うぐっ……」
「自分が死ぬか、可愛いものを殺すか、二つに一つだ!」
「……お、鬼すぎるわよ」
マリンは髪色と同様、顔を真っ青にする。
まあ言い出しっぺの僕としても、かなり怖いこと言ってるって思うしな。
でも、これくらい言えばもしかしたらマリンは気持ちを改めるかもしれない、と考える僕だったが、しかし彼女の信念はそう簡単には曲がらなかった。
「私は可愛いものが好きだから、当然可愛いものを殺すことなんてできない。でも自分を殺すなんてもっとできないわ! だって私は”可愛いもの”が好きだから!」
「……てめぇ」
それは遠回しに自分のことを美少女だと言い張っているのか。
この期に及んでまだ調子に乗る幼馴染を見て、僕は心中で舌を打つ。
もういっそ僕が……と物騒な考えを抱いていると、不意に部屋の端で誰かが手を挙げた。
「あ、あのぉ、ちょっといいッスか?」
「……?」
うちのアルバイト一号、元盗賊のプランだ。
彼女は申し訳なさそうに、中途半端に手を挙げて、何か聞きたいような顔をしていた。
「なんだよプラン?」
「えっと、その、素朴な疑問なんスけど……」
そう前置きをしたプランが、きょとんと首を傾げた。
「どうして魔王軍の四天王と戦ってるんスか?」
「えっ?」
その質問に、僕はすぐに答えることができなかった。
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