第63話 「可愛いは……」

 

 マリンは可愛いものが好き。

 三度の飯より可愛いものが好き。

 何かを選択するときは、まずそれが可愛いか可愛くないかを真っ先に考える。

 

 幼い頃から付き合いのある僕だけが、その事実を知っていて胸の内に秘め続けてきた。

 勇者パーティーの他の連中も知らないだろうマリンのこと。

 時にはそれが裏目に出て、間違った選択をしたとしても、マリンはその信念を決して曲げない。

 何があっても、マリンは”可愛いもの”を愛し続ける。

 そのせいもあって僕は勇者パーティーを追い出されてしまったわけだけど、今回はそれで自分の身を滅ぼしたというわけだ。

 

「し、四天王が可愛すぎてって……それは本当なのマリン?」

 

「……」

 

 シーラは信じられないとばかりに目を見開き、マリンに訊ねる。

 するとマリンは一層冷や汗を流して身をよじった。

 実にわかりやすい反応だな。

 図星を指された人間はこんな顔をするのか。


 一聞すると、僕は突拍子もないことを言ったようにも聞こえるだろう。

 だが、これが揺るぎない事実なのだ。

 何よりマリンのその表情が、事実を明確に物語っている。

 しかし彼女を慕って、世界を救うただ一人の勇者として尊敬している仲間たちは、そのことを信じられないのかいまだに呆然と固まっている。

 そんな勇者パーティーの面々に、僕は事実を突き付けるように声を掛けた。


「お前ら、おかしいと思わなかったのか?」


「「「……?」」」


「どうして勇者パーティーに美女と美少女しかいないのか」


 改めてそう聞くと、なぜかシーラとルベラはぽっと頬を染め始めた。

 そして、「ちょ、何言ってるのよ」とか「お、お前に褒められても嬉しくねえぞ」とか怒りの声が飛び交い始めるが、構わず僕は言葉を続ける。


「ちゃんと口にはしてこなかったけど、マリンは昔から可愛いものが好きなんだ。それはもうずっと一緒にいた僕がドン引きするくらいに。魔物と戦うための装備を決める時も、性能じゃなくて可愛さ重視で選んでたし、ピクシーとかラビットとか可愛い魔物がいたら見て見ぬふりして通り過ぎてた。勇者パーティーに美女と美少女しかいないのもそれが理由だ」


「ド、ドン引きって何よ!? 私は別に可愛いものなんか……」


 やはりマリンはバツが悪そうに目を逸らしてしまう。

 その様子を見て、この場にいる女性陣たちが不思議そうな視線を彼女に向けると、マリンはやがて観念するように零し始めた。


「装備だって、ある程度の性能があれば後は見た目で選んだっていいじゃない。小さな魔物たちだって近づかなきゃ向こうから攻撃してくることもないし。そんなの女子なら普通のことなのよ。パーティーメンバーを可愛い子たちだけにして、目の保養をするのもおかしいことじゃ……」


「いや、お前もう相当気持ち悪いぞ」


 という僕のツッコミに、マリンはきっと目を鋭くする。

 しかし咎められている立場ゆえ、それ以上の反抗はしてこなかった。

 代わりにしゅんと青髪を萎れさせて、落ち込んだように俯いてしまう。

 その姿にパーティーメンバーたちは、いまだに困惑するように目を泳がせていた。

 

 何度も言うようだけど、マリンは可愛いものが好きなのだ。

 可愛い服が好きだし、可愛い生き物が好きだし、可愛い女の子はそれ以上に大好きだ。

 それが原因で昔は、年下の女の子を町で連れ回して犯罪者扱いを受けたこともあり、果ては美少女である自分のことも好きすぎて、一時期はずっと手鏡を凝視していたくらいである。

 ずっと一緒にいた僕なんて、気まぐれで女装までさせられそうに……

 いや、この話はやめておこう。

 

 とにもかくにも繰り返し言うようだが、マリンは可愛いものが好きなのだ。

 ということがわかっているのならば、今回の『勇者』の天職を失った理由も大方想像がつく。

 以前、北の四天王『ネビロ』から、彼以外の四天王は”すべて女性”であると聞かされた。

 そして今隣に腰掛けている美少女アメリアも、その四天王のうちの一人である。

 となれば、他の四天王も可愛い容姿をしていても何ら不思議ではないということだ。

 

 もしマリンがそれを目の当たりにして、”可愛い”なんて一瞬でも思ってしまったら……

 彼女の戦意は泡のように弾けて消えてしまうことだろう。

 だってマリンは可愛いものが好きだから。

 という結論に至って問いかけてみたところ、どうやらそれは正解だったようだ。

 やがて悪戯をした子供が泣く泣く白状するように、マリンが目を伏せながら口を開いた。


「だ、だって……」

 

「……?」

 

「だって…………可愛いは正義なのよ!」


「……いや、バリバリの悪党だろ」

 

 何言ってんだこのポンコツニート勇者は。

 そう呆れる傍ら、マリンは自分の発言に絶対の自信を持って続ける。


「可愛いは正義で、そして私は勇者なのよ。勇者が正義を斬ることなんてできない。たとえそれが魔王軍の四天王であっても、可愛いのならば傷つけることなんてできやしないわ。可愛いを殺すのが勇者だっていうなら、勇者なんて聖剣折って引退してやる」

 

「……」

 

 言い切りやがったぞこいつ。

 可愛いもののためなら世界最強の天職も惜しくないといった態度だ。

『勇者』の天職が消えたの、間違いなくこれのせいでしょ。

 そんな勇者の打ち明けに、仲間たちすら呆けて固まってしまっている。

 

 無理もない。

 今まで信じてきた勇者マリンが、ただの可愛いもの好きの変態さんだったのだから。

 こいつじゃ話にならんと思い、僕はシーラに体の正面を向け直して質問した。


「んで、その東の四天王ってどんな奴だったんだ? そんなに可愛かったのか?」


「えっと、それは……」

 

「可愛かったわよ!」

 

「……」

 

 マリンが大声を上げて割り込んでくる。

 こいつ、ホントもう黙っててくれないかな。

 可愛いのはわかったから。

 ハイテンションなマリンのせいで話が進まず、密かに頭を悩ませていると、不意に隣のアメリアが耳元に口を寄せて囁いてきた。

 

「東の四天王『ミル』は、巨人族の娘だ」


「きょ、巨人族? って言うと、あの体の大きな?」

 

「あぁ。東の魔大陸は巨人族の住処になっていてな、その中で一番の力を持つのが四天王のミルだ。さらに奴らは、魔王軍の中でも突出した戦闘能力を誇っていて、大勢で迫り来る光景はまさに壮観だぞ。奴らが大地を踏み締める度に、大陸がおもちゃのように揺らされるため、そこはグラグラ大陸と呼ばれている」

 

「な、なるほどな」

 

 アメリアの詳しい説明を受けて、僕は納得と同時に冷や汗を流す。

 グラグラ大陸の名前の由来はそういうことだったのか。

 アメリアが治めていたメロメロ大陸も、サキュバスが蔓延る魅惑の地という意味でネーミングされていたので、グラグラ大陸も何かあるとは思っていたが。

 まさかそれが巨人族の猛進を示していたとは。

 

 おまけにそいつらは魔王軍の中で最強と言われている。

 こうなってくると、マリンの天職が消えたのがますます惜しまれるな。

 巨人族が突出した力を持つ中で、さらにその最強と言われている四天王ミルは、魔王軍において実質最強ということになるのだから。

 『勇者』の力なくして倒すことはおそらく不可能だろう。

 

 いったいどうしたら……?

 と思い悩む一方、とりあえず僕は『教えてくれてありがとな』とアメリアに視線を送り、ついでにもう一つだけ聞いておいた。

 

「それで、そのミルって子はマリンの言うとおり”可愛い”のか?」

 

「ん、まあ、私ほどではないがな」

 

「……」

 

 やっぱ四天王っておかしな奴が多いのかな。

 自信過剰なこいつも含めて。

 僕は本日何度目になるかわからない呆れたため息を零すと、改まった様子でみんなに声を掛けた。

 

「さてそれじゃ、こいつの天職をどうやって戻すかを考えなくちゃな。何かいい意見がある人は、ぜひぜひ挙手をお願いします」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます