第62話 「カウンセリング」
「私は悪いことをしました。クズで最低の勇者です」
「うん、それで?」
棒読みのマリンの声に、僕は続きを促すように問いかける。
すると彼女は、感情を感じさせない無表情で、またしても棒読みで発言した。
「あなたの気持ちも考えず、身勝手な思いでひどいことをしました」
「うん、だから?」
「あなたのことをパーティーから追い出してごめんなさい。反省しています」
マリンの感情のこもってない謝罪が治療院に響き渡る。
勇者パーティーの面々は、彼女のその声に心苦しそうに耳を傾けていた。
対して僕は、”うんうん”と納得したように頷く。
この際、棒読みでも構わない。
こうして謝罪の言葉さえ聞ければ、それだけで充分なのだ。
皆が誰のために頭を下げたのか、ようやく理解に至ったマリンは、無感情ながらもやっと僕に謝罪をしたのだった。
密かにチャンスと思った僕は、さらに問いかける。
「もう僕にひどいことをしませんか?」
「はい、しません」
「これからは綺麗で真っ白な勇者になると誓いますか?」
「はい、誓います」
「もう僕に逆らわないで、一生言うことを聞きますか?」
「聞かないわよ! 絵に描いたように調子に乗ってんじゃないわよ!」
これはさすがにダメか。
密やかな悪だくみに失敗し、僕は内心で舌を打つ。
まあ、言うことを聞かせてもあまり面白くなさそうだし、別にいいんだけど。
と、寄り道はしたものの、これにてようやくマリンから、正式な謝罪の言葉を受け取ったのだった。
みんなが謝ったから仕方がなく、という嫌々な謝罪ではあったけど、不思議と僕の心はすっきりとした。
これでパーティーを追い出したことを完全に許すわけではないけれど。
でも、頼み事の一つくらいは聞いてやってもいいかと思えるようにはなった。
すると、まるでその気持ちを確かめるようにシーラが聞いてきた。
「こ、これで、マリンの天職を取り戻すのに協力してもらえるのね?」
「うん、まあ、そういうことになるのかな。てか、取り戻す気だったのか」
原因を探るだけだと思ってたんだけど。
天職を取り戻すための協力なんて僕にできるだろうか?
ていうかそもそも、取り戻すことなんてできるのかな?
なんて疑問に思っていると、僕はふと脳裏に引っ掛かりを覚えた。
今さらながらに気付いたんだけど……
「ていうか、何気に”世界滅亡”の危機をこんな田舎村の治療院に持ってくるんじゃねえ。マリンの天職戻せなかったら、魔王討伐ができなくて僕たち人類がやばいじゃん」
「い、今さら気付いたの!? だから大変だって言ってるじゃない! これは私たち勇者パーティーだけの問題じゃなくて、世界中の人たちに関わる重大なことなのよ。だから何が何でも協力してほしいわけよ」
「うぅ~ん……」
そうと考えたら逆にやる気がなくなってきた。
だってこれ、めちゃくちゃ責任重大じゃん。
もし失敗したら人類が滅びるんだぞ。
加えて、マリンの天職がなくなったことを魔王軍に知られても終わり。
なにこれ? 今までで一番ピンチじゃん。
そう思った僕は、無意識の内に独り言を零していた。
「面倒事には巻き込まれたくないし、魔王軍に目を付けられるのも勘弁だぞ。そもそもこれは、治療の依頼とは関係ないことじゃないのか?」
「……」
という声が耳に入ってしまったらしく、シーラが言い訳をするように叫んだ。
「こ、これは……カウンセリングよ!」
「ほう……」
……まあいいや。
勇者パーティーの悩みに耳を傾けるとしたら、それは立派なカウンセリング――治療ということになるし。
それにどっちにしろ誰かがマリンを助けてやらないと、魔王軍が攻めてくるわけだしな。
「で、具体的にはどうなって『勇者』の天職を取り戻すんだ? なくなっちゃったものはもう戻らないんじゃないのか?」
改めて僕がそう聞くと、お馴染みの進行役シーラが答えた。
「いいえ、天職がなくなった事例もあるように、それが元に戻ったケースも確かにあるわ。天職がなくなるのには必ず何か理由が存在して、その逆のことをすれば天職が戻るそうよ」
「へぇ……」
逆のこと、ねぇ。
心中で呟いた僕は、次いで肩をすくめる。
「でも、その”きっかけ”が何かわからないからなぁ。どうしようもない気がするんだけど……。何か勇者らしくないことでもマリンがしたんじゃないのか?」
「し、失礼ね。そんなことするはずないじゃない」
元勇者マリンがすかさず答える。
こいつが『勇者』の天職を失うきっかけなんて、それ以外考えられない気がするんだけど。
でもまあ、勇者らしくないことは前々からしてきたしな。
それにもしそのことが原因なんだとしたら、今さっき僕に謝って、綺麗な勇者になると誓ったので天職が元に戻っているはずだし。
いまだ複雑そうなマリンの表情を見るに、『勇者』の天職はまだ戻っていないみたいだ。
じゃあなんなのだろう? と首を傾げて、僕は再びシーラに問いかけた。
「『勇者』の天職が消えたのは具体的にはいつなんだ?」
「東のグラグラ大陸を侵攻している時よ。それまでは順調に進んでいて、東の四天王も視界に収めることができたのだけど、ちょうどその時にマリンが体調を崩してしまって」
「ほう……」
あの超絶頑丈なマリンさんが体調を……?
「その原因はどうも、魔大陸の瘴気に当てられたせいみたい。普段ならそれくらいの瘴気、何でもないはずなんだけど、その時に限ってなぜか体調を悪くしたのよ。で、急いで魔大陸から離脱して、マリンのステータスを調べてみたら……」
「『勇者』の天職が消えていた、と。なるほどねぇ」
僕は大いに納得する。
『勇者』の天職を失った経緯はそういうことだったのか。
おそらく、『勇者』の天職を失ったタイミングは、より正確には体調を崩したその瞬間だろう。
力を失ったせいで、瘴気に対する抵抗力も消えてしまったのだと思われる。
あの完全無敵なマリンが、珍しく体調を崩したというのもそれで説明がつくはずだ。
問題は、その時にマリンが何をしたのか、だ。
もしくは、マリンの身に何が起こったのか。
『勇者』の天職を失ったきっかけは、きっとそこにある。
そうとわかった僕は、今一度姿勢を正し、マリンに真剣な眼差しを向けた。
「なあ、マリン」
「……何よ?」
「本当に、心当たりはないんだな?」
「……」
問いかけられた彼女は、一瞬だけ戸惑いを見せる。
だが、すぐにかぶりを振ってみせた。
「だ、だから、ないって言ってるでしょそんなの」
「……」
マリンのその様子に、僕はふと引っ掛かりを覚える。
彼女のこの不自然な様子も、久々に会ったその時から気に掛かっていた。
まるで何かを隠しているような気配。
これも『勇者』の天職を失ったことに起因しているのだろうか。
それも織り込みつつ、僕はこれまでの情報を整理し、深く考え込んだ。
天職を失うのには、何か必ず理由が存在する。
勇者が勇者らしからぬことをしたとき。
そしてそれは、マリン自身も心のどこかで気づいていること。
しかし、仲間には打ち明けられずにいる。
恥ずかしいこと。『勇者』の天職を失ったきっかけ。そのタイミング。
マリンの性格、趣味、好み。これまで聞いた数々の情報。
それらを結合して導き出される答え。
僕は深い思案を止めて、不意に口を開いた。
「わかったぞ。『勇者』の天職が消えた原因」
「「「「「えっ!?」」」」」
マリンを除いた五人が、唐突な僕の声に驚きを見せた。
そして僕は自分の考えが正しいか確認を取るように、マリンに声を掛けた。
「マリン、お前……」
「……」
額に冷や汗を滲ませるマリン。
彼女は悪い予感がしたのか、突然目を逸らしてしまった。
しかし僕は止まらない。
人類のため、そして何よりこれ以上の面倒ごとを振り払うために、マリンの秘密を暴いてやった。
「魔王軍の四天王が可愛すぎて、もう戦いたくないって思っちゃったんだろ?」
「「「「「…………はっ?」」」」」
「……」
またもマリンを除いた五名が、素っ頓狂な声を上げた。
そしてやはりマリンは、バツが悪そうに僕から目を背けていた。
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