第61話 「ごめんなさい」
「ゆ、勇者の天職が消えた? って、どういうこと?」
あまりに信じがたいことを聞いてしまい、戸惑いながら僕は問う。
勇者の天職が消えた? って、えっ? なに? どういうこと?
疑問符を浮かべていると、僕から少し席を離しているシーラが答えた。
「言ったとおりの意味よ。マリンが『祝福の儀』で授かったはずの『勇者』の天職が、ステータスから消えてしまったの。綺麗さっぱりね」
「……マジ?」
そ、そんなことあるんだ。
確かにこれは衝撃的な事実だな。
シーラが驚かないで聞いてほしいと前置きしたのも納得がいく。
魔王軍と戦う使命を背負ったはずのマリンから、力の源である『勇者』の天職が失われたなんて。
でもそれ、本当なのだろうか?
と訝しんで、ちらりとマリンを窺ってみると……
「……」
彼女は居心地悪そうにそっぽを向いていた。
釈明はなし。
どうやらマジらしい。
それってかなりやばくね? と頬を引き攣らせていると、不意にプランが疑問の声を上げた。
「て、天職が消えるって、そんなことありえるんスか?」
プランのその問いに、密かに共感を覚える。
そう、天職が消えるなんて、そもそも聞いたことがないのだ。
多くの者は十歳になると同時に、教会にて『祝福の儀』なるものを受けることになる。
そこで神様から天職を授けてもらえて、人はスキルや魔法を使うことができるようになるのだが。
それが失われるとはいったいどういうことなんだろう?
プランと共に疑問に思っていると、それについてシーラが答えてくれた。
「一応、天職が消える事例は何度か確認されているらしいわ。主に『特異職』の人たちに起きていることみたい」
「特異職? って言うと、『勇者』や『聖女』とか、世界でたった一つしかない、その人だけに許されている天職ってやつか?」
「えぇ。だからってわけなのかはわからないけど、その特異職を有している人たちは、何かのきっかけがあると突然天職を失ってしまうそうよ」
「へ、へぇ……」
……何かのきっかけ、か。
身近に特異職を持った人間がいなかったから、そんな話聞いたこともなかった。
にしても、突然天職が消えるってかなり恐ろしいことだよな。
そこまで聞いた僕は、ようやく彼女たちがここを訪れたわけを悟る。
「なるほどな」
「……?」
「つまりシーラたちは、マリンから『勇者』の天職がなくなって、それに何かきっかけがあるんじゃないかと考えた。でもそれが何なのかまったくわからなかったから、幼馴染である僕に、マリンのどこが変わったのかを客観的に見てもらって、『勇者』の天職を失った原因を探ろうとしたってわけか?」
「……まさしくその通りよ」
シーラはこくりと頷く。
次いで隣に腰掛けるマリンに目を向けながら、弱々しく続けた。
「私たちじゃ何もわからなかった。それにマリン自身も天職を失う原因に覚えはないみたいだし、だからあなたに頼るしかなかったの。お願い、マリンのどこが変わったのか、正直に教えてちょうだい」
「ちょ、ちょっとシーラ、私は別にどこも変わってないって言ってるでしょ。それに、こいつに頼る必要なんてない。もう帰りましょう」
「……」
妙に慌てるマリンの姿に、ふと引っ掛かりを覚える。
だが、それには言及せず、僕は変わらぬ答えをシーラに返した。
「悪いけど、何度聞かれても答えは同じだよ。幼馴染の僕から見ても、マリンに変わったところなんてない。ていうか、本当に『勇者』の天職を失っているのかも見分けがつかないぞ。……だからちょっと、確かめさせてもらってもいいか?」
「……確かめるって、どうやってよ?」
「触って確かめる」
「――ッ!?」
声を詰まらせるマリン。
不意に隣のプランが、耳元で囁いてきた。
「ノンさんノンさん、それだとちょっとエロい感じになってるッス」
「おっと失礼。じゃなくてだな、『診察』のスキルを使って、ちょっとステータスを覗かせてもらってもいいか? さすがに話だけ聞いてても、天職が消えたなんて易々と信じられないからさ」
と、言い直すと、目の前の勇者パーティーが揃って安堵の息を零した。
いけないいけない。よくよく考えたら、今この場所は男性一人女性六人の状態なので、発言には気を付けなければ。
そう反省しながら、僕はマリンのステータスを確かめようとする。
手を伸ばし、軽く肩にでも触れて診察のスキルを発動させようとした。のだが……
「わ、私に触らないで!」
「……」
拒絶されました。
それがステータスを覗かれたくないからなのか、単に僕のことが嫌いなのかはさておき。
そう言うと思っていたので、僕は代理を頼むことにした。
「プラン君よろしく」
「ラジャーッス!」
「……?」
僕の代わりにマリンの前に出たプラン。
彼女は勇者の姿を目に焼き付けるように、じっと見つめ始めた。
当然マリンは何事だと首を傾げる。
「な、なに見てるのよ?」
「もう少しで終わるッスから、黙って待ってるッスよ」
プランがそう言ってから、およそ二十秒後。
大盗賊の持つ『観察』スキルの条件が満たされ、プランの脳内にマリンのステータスが表示された。
「うわぁ、見事に天職が消えてるッスね。そのせいかレベルもスキルも魔法も、全部すっからかんになってるッスよ。一言で言ってめちゃくちゃなステータスッス。……ついでにスリーサイズも発表しておきますッスか?」
「おう、言ってやれ言ってやれ」
「言ってやれじゃないわよ! そんなことしたら絶対に許さないからね!」
再び憤怒するマリン。
つい悪ノリをしたせいで、僕は勇者パーティーの女性陣たちから冷たい視線を浴びることになった。
そういえば発言には気を付けるんだった。
まあ、それはいいとして。
これでマリンのステータスは確認できた。
勇者の天職を失ったのは本当だったらしい。
まあ、シーラたちの必死な様子からして、嘘を吐いているようには見えなかったからな。
だがしかし、改めてそれがわかったからといって、僕にできることは何もない。
さっきも言ったと思うけど、マリンに変わったところなんてないように見えるからだ。
いったいこれ以上どうすれば……? と困り果てていると、ふとプランの呟きが聞こえた。
「にしても、『勇者』の天職を持っていたのに、それが消えてるってことは、つまり今この方は、ニ、ニー……」
「おいやめろ! それ以上言うな!」
咄嗟に僕は止めに入る。
だって、マリンが物凄い剣幕でこっち見てるから。
今にでも飛びかかってきそうな迫力である。
それだけは絶対に禁句のようだ。
密かに肝を冷やして息を呑むと、僕は話を元に戻した。
「と、とにかく、マリンの天職が消えてるのはわかった。確かにそれは大問題だな」
「で、でしょ? だから、幼馴染であり治癒師でもあるあなたに、マリンのことをもっとよく見てもらって、助けてもらえないかと思って……」
「でもその前に、あんたたちは僕に言わなきゃならないことがあるんじゃないのか?」
「……?」
唐突な僕の声に、シーラは首を傾げる。
しかしすぐにはっとなって気付くと、姿勢を正して答えた。
「パ、パーティーを追い出したことについては、もちろん謝罪するわ。ごめんなさい。加えて治療費にお詫びも上乗せさせてもらうわ。だから……」
「いや、僕は全員分の謝罪が聞きたいんだよ。お詫びとか治療とかの前に、まずは全員で頭を下げて謝って。話はそれからだ」
「……」
改めて僕の気持ちを見たシーラは、複雑そうな表情で固まる。
同様に隣の三人も居心地悪そうに身をよじった。
マリンのことを助ける助けないの前に、僕はまずみんなに謝ってほしい。
治療費とか解決策とかこの際どうでもよくて、僕はただこの人たちの謝罪だけがほしいのだ。
本当なら会いたくもなかったのだから。
心中で顔をしかめていると、まず最初に聖女のテレアが頭を下げた。
「ごめんなさい」
「うん、次」
「ご、ごめんなさい」
「ダメだシーラ。もっと頭を深く下げて、心の底から謝って。僕はパーティーを追い出されてとても悲しい思いをしました」
「こ、こうかしら?」
「ダメダメダメ! もっとだもっと! もっとその金髪頭を下げて、治療院の床を突き抜ける勢いで――!」
と、ちょっと気分が良くなってきたので、面白半分の要求も出してみると……
いつの間に、だろうか。
首元に剣が突きつけられていた。
「おい、調子に乗るなよ弱虫ゼノン。確かにマリンは『勇者』の天職を失ったが、まだウチとシーラには戦う力が残ってるんだぞ。なんなら力尽くで言うことを聞かせても……」
「ぼ、ぼぼ、暴力反対!」
「やめなさいルベラ!」
「――ッ!?」
シーラの怒号が治療院を震わせる。
今は喧嘩をしている場合ではない。
とにかくマリンを助けるために手段を問わないという強い意志を感じた。
彼女に叱られたルベラは、やがて悪びれた様子で剣を収め、ぺこりと頭を下げた。
「……ノン、ごめんなさい」
「ふぅ~……」
思わず僕は長々と息を吐く。
びっくりしたぁ。
いきなり首に冷たい感覚が走って、いったい何事かと思った。
まあ、確かに少し調子に乗り過ぎたかもしれない。
と、人知れず反省し、最後に僕はマリンに目を移した。
”んで、マリンは?”という視線を向けると、彼女は……
「……ふんっ」
「……」
鼻を鳴らしてそっぽを向きやがった。
謝罪? そんなのバカらしいと言いたげだ。
ホント可愛くねえなこいつ。
勇者の天職を失っても勇者のプライドは捨ててないとでも言いたいのか?
みんなに謝ってもらった後でなんだけど、一番頭を下げてもらいたいのはお前なんだぞマリン。
ていうか、みんなが誰のために頭下げてるのかわかってねえのかな?
相変わらずのマリンのクズイ姿を見た僕は、舌打ち混じりに毒づいた。
「このニート勇者が……」
「言っちゃった! 自分から言っちゃったッス!」
「だ、誰がニート勇者よ!」
顔を真っ赤にしたマリンが、三度怒りの声を上げた。
依然、収拾はつきそうにない。
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