第60話 「変わったところ」
場所は再び変わり、馬車の中。
僕はそこで、勇者マリンと顔を見合わせていた。
奴がじろりと睨みを利かせてくるので、僕もそれに応えて鋭い視線を返している。
『もう一度よくマリンのことを見てほしい』。
シーラからのそのお願いに対して、僕は鈍い頷きを返した。
別に断ってもよかったのだが、シーラの真剣な様子と、幼馴染として見てほしいという奇妙な申し出を受けて、思わず承諾してしまったのだ。
だからこうして言われた通り、僕はマリンのことを観察している。
あくまで幼馴染の立場として。
「ふむ……」
青い長髪に整った顔立ち。
出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる体躯。
悔しながら、ただのスタイルのいい美人にしか見えないのだけど。
いったいシーラはどんな答えを求めているんだ? と内心で首を傾げていると、目の前のマリンが顔をしかめた。
「なに見てるのよ。セクハラで訴えるわよ」
「……」
やっぱ中身はゴミだわこいつ。
口には出さず毒を吐くと、僕はもう諦めて帰ろうとした。
こんな難問わかるわけがない。それに見ているだけで罵倒されるなんて、問題を解かせる気がないだろ。
まあ、どうせ僕には関係ないし。と思って振り返ったその先で、シーラが僕のことをじっと見ていた。
物凄く期待を込めた視線を向けている。
とても帰るに帰れない。
マリンの幼馴染だからって、何をそこまで期待されているのか。
変わったところ……変わったところ……?
もう訳わかんないよぉ、と心中で泣き言を零し、僕はもうテキトーなことを言っておいた。
「なあ、マリン」
「……何よ?」
「ちょっと太った?」
「あんた、誰に向かってそんな口利いてんのよ! ぶった斬るわよ!」
「う、うそうそ、冗談だっつの」
眉を吊り上げたマリンを見て、思わず僕は萎縮する。
まったく、冗談が通じない人ッスね。
と、なぜかプランの口調で文句を垂れると、不意に後方からシーラの声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと、ふざけてないでちゃんと見てよ」
「いや、ふざけてないって。変わったところって言われても、それくらいしかないように見えるんだよ」
他におかしな点なんて何もないと思うけど。
ていうか最後に会ったの数か月前だぞ。変わったところがあるならすぐに気付くはずだろ。
なんて思いながらも、僕は改めてマリンを眺めて、ふとあることに気が付いた。
「あれっ? そういえばなんで、そんなラフな格好してるんだよ? 布の服なんて村人じゃあるまいし。あの露出狂みたいな鎧はどうした?」
「勇者の鎧よ! 勇者の鎧! 神聖な力が宿った私専用の特殊装備よ! ていうか、あんたそんな風に思ってたの!?」
目を見開いて激昂するマリン。
そんな彼女が身に纏っているのは、以前から見慣れた露出度の高い青色の鎧ではなく、そこらを歩いている人が着てそうな布の服だった。
僕の知っているマリンなら、まずそんなコスチュームを選ぶはずがない。
他のパーティーメンバーたちが普段通りの格好をする中、なぜマリンだけが布の服なのか?
と疑問符を浮かべていると、不意にマリンが言い淀んだ。
「ゆ、勇者の鎧は、その……」
「……? まあ、何があったのかは知んないけど、とりあえず話の続きは治療院で聞いてもいいか? ここから柵沿いにぐるって歩いていくと、うちの治療院の裏手に回れるはずだから。ここだとその、村の人たちから注目されて……」
改めて周囲からの視線が気になり、僕はそう提案する。
するとそれを聞いたマリンは、露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「あ、あんたに話すことなんか何も……!」
と、それを遮るようにシーラが答える。
「わかったわゼノン。ルベラ、お願い」
「あいよ」
「ちょ、シーラ、ルベラ!」
シーラの声に、今度はルベラが応える。
彼女は馬車の手綱を握ると、そのまま僕らを乗せて治療院へと向かい始めた。
マリンの反対する声も虚しく、馬車は一直線に進んでいく。
マリンが何を嫌がっているのか、そしてシーラたちがいかなる理由でマリンを助けたがっているのか、甚だ見当もつかないけれど、何はともあれ詳しい話は治療院に着いてからだ。
治療院に向かう間、馬車の中では僕とマリン、シーラとテレアの四人で談笑するはずもなく、ただ無言で到着を待っていた。
手持ち無沙汰だったので、何か質問でもしようかと思ったのだが、終始マリンが意味深に目を伏せているものだから、僕は何も聞くことができなかった。
ホント、何があったのだろう?
謎は膨らんでいくばかりである。
三度場所を移し、治療院前。
ここは村の中央から離れた最東端にあるので、煌びやかな馬車が止まっていても問題はない。
先ほどは村の人たちを驚かしてしまったし、後で謝っておこう。
なんて考えていると、治療院の前で立ち止まったマリンが、木造り小屋を見上げて呟いた。
「ゼノンのくせにいっちょ前に治療院なんて持って、なんか生意気ね」
「うるせぇ。元々これが僕の夢だったんだよ。ていうかここじゃノンって名前でやってるから、ゼノンって呼ぶのもうやめて」
なぜか不満そうにするマリンを放っておき、僕は自宅のドアを開ける。
「ただいまぁ」
「あっ、ノンさん。お帰りなさ……えっ!?」
いの一番に出迎えてくれたプランが、僕の後方を見て目を見張った。
マリン、ルベラ、シーラ、テレアと四人もの美女を引き連れて帰ってきたのだから、まあ当然ではある。
「だ、誰スかその人たち?」
声を震わせるプランに対して、僕はあっけらかんと答えてみせた。
「勇者パーティー」
「はいっ?」
「とにかくプラン、人数分のお茶と椅子用意してくれ。一応この人たち依頼者だから」
そう言って僕は、勇者パーティーを治療院の中へと招き入れた。
自分で言った後でなんだけど、これは治療の依頼に含めてもいいんだよな?
いや、絶対に含めてやる。
それで後で依頼料ふんだくってやるんだ。
本当なら関わり合いたくない相手にここまで時間を割いてやってんだから。
この前の出張営業で稼いだ額の倍、いや三倍の金を要求しよう。
と内心で悪だくみをしていると、やがてお茶と椅子が用意され、僕らは各々腰掛けた。
その構図は四対三。僕とプランとアメリア。そしてマリンとルベラとシーラとテレア。
これで依頼を聞く態勢を整った。
にしても、ここまでの大人数が治療院に集まったのは初めてじゃないだろうか?
歩く隙間もないくらいぎゅうぎゅうだ。
なんて益体もない考えはさておき、僕は改まった様子で問いかけた。
「んで、マリンを助けてほしいってのはどういうことなんだよ? そこの勇者様にいったい何があったんだ?」
「……」
マリンはバツが悪そうに目を逸らす。
こいつがこんな風に弱気な様子を見せるのも初めてだな、と思っていると、途端に彼女は口ごもった。
「べ、別に私は何も……」
「……?」
言い淀むその姿を見て、仲の良いルベラが口添えした。
「マリン、ここは正直に言ったほうがいいって。何ならウチも協力するからさ」
「……」
それでもマリンは答えない。
何か僕に言いたくないことがあるような、隠し事をしているような感じだった。
言ってくれなきゃ助けることもできないんだけど。
ていうかやっぱりマリンにおかしいところなんてないような、と改めて思っていると、彼女の煮え切らない様子を見たシーラが言った。
「もういいわ。私から言わせてもらう」
「ちょ、シーラ!」
慌ててマリンが止めに入るが、シーラはそれを聞かない。
そして僕に真剣な眼差しを向けて、前置きをするように続けた。
「驚かないで聞いてほしいんだけど……」
「……な、なんでしょうか?」
あまりのその迫力に、つい僕は身を引いてしまう。
なんだ? いったい今から何を言うつもりなんだ?
そんなに衝撃的なことなのか?
お願いだから、僕に面倒が降りかかるようなことは言わないでくれ。
心中でそう願っていると、シーラがマリンの制止を振り切って、驚きの告白をした。
「マリンから、勇者の天職が消えてしまったの!」
「…………はいっ?」
突拍子もないことを言われ、思わず僕は自分の耳を疑った。
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