第59話 「久しぶり」

 

 治療院を後にした僕とテレアは、ノホホ村の正門へとやってきた。

 門と呼ぶのは仰々しさの欠片もない、木の柵で囲われただけの出入口。

 どうやらそこに馬車を止めてあるとのことだったので、僕はその姿を探すことにした。

 

「んっ?」

 

 すると入口近くにはなんと、目を疑うほど仰々しい、きらきらと光る馬車が止めてあった。

 さすがにこれには驚き呆れてしまう。

 簡素な正門には不釣り合いな、超高級な馬車だ。

 

 村人たちも”いったい何事だ”と遠巻きから眺めている。

 あんまりノホホ村の人たちを脅かさないでほしい。

 テレアが言うにはマリンは、ルベラとシーラと共に馬車の中にいるらしく、僕は変に注目される中、嫌々とそれに近づいていった。

 気持ちはいまだに焦りを覚えている。

 

 僕はついさっき、幼馴染が大変な状態だと聞いた。

 憎たらしい相手なので、別にそれは構わないとも思っていたのだが。

 不思議と彼女のもとに向かう足は早かった。

 そう、心のどこかでは、心配をしているのかもしれない。

 だから僕はらしくもなく、幼馴染が待つ馬車の中へと飛び込み、その姿を急いで探したのだった。

 

「マリン!」

 

 勢いよくドアを開け、幼馴染の名を叫ぶ。

 急いで目を走らせ、懐かしい青色の髪を探してみると。

 なんと、そこには……

 

「…………はっ?」

 

 

 

 もりもりと飯を食う、幼馴染の姿があった。

 

 

 

「んっ? 何よ?」


 馬車の中で広げたブランケットの上に、香しい料理の数々が並べられている。

 村で買ってきたと思しきサンドイッチや紅茶、さらにはデザートの一口ケーキまで。

 それらに手を伸ばしながらこちらを睨むのは、間違いなくあの忌々しき幼馴染勇者マリンだ。

 

 そんな彼女を目にして、思わず僕は呆然とする。

 大変な状態になってるんじゃなかったのか?

 僕の助けがいるんじゃなかったのか?

 話がまるで違う。

 マリンは診察をする必要もなく、見ただけで健康そのものだとわかってしまった。

 

 ていうかなんかもう、めちゃくちゃ元気そうである。

 最近お疲れ気味の僕よりも元気なんじゃないのか?

 なんなんだよこれ? と目を点にして固まっていると、マリンが吐き捨てるように僕に言った。

 

「なんであんたここにいるわけ? 別に呼んでないんですけどぉ」

 

「……」

 

 昔から変わらないマリンのサバサバとした声。

 人違いかとも思ったけど、これは明らかにあのマリンだ。

 彼女のそんな声に対して、ますます放心状態になっていると、女賢者シーラと女剣聖ルベラがマリンに言った。

 

「まあまあマリン、そう言わずに」

 

「ちょっとの間だけ我慢してくれよ。なっ?」

 

「……」

 

 きっとマリンをなだめている”だけ”のつもりなんだろうが、僕の心は一層傷ついていく。

 ホントにこいつらは、僕をいじめることに関しては天才的だな。

 そして僕は、遅まきながら気付かされる。


 そうだよな。マリンがピンチに陥るなんて、そもそもおかしな話だったのだ。

 神にその存在を認められ、世界最強の勇者の天職を授かったこいつに限って、そんなことあるはずがない。

 それなのに僕は、変に気持ちを焦らせて……。

 自分がバカな思い込みをしたと自覚し、おまけにひどく厄介者扱いをされて、僕はぼそりと呟いた。

 

「僕もう帰る」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 テレアが控えめな叫びを上げて僕の手を掴んできた。

 これが幼馴染の勇者マリンとの、久々の再会である。

 

 

 

 場所を移して、馬車の裏手。

 中ではルベラがマリンの相手をしている。

 そんな最中で僕とテレア、そしてシーラは、声を落として話をしていた。

 

「あなたに来てもらったのは他でもないわ」

 

「……」

 

「マリンのことを助けてほしいの」

 

 金髪金眼の美女が言う。

 その様子は真剣そのもので、マリンのことを助けたいという気持ちも確かに伝わってくるのだが。

 僕は呆れた顔でシーラを見つめていた。

 次いで”はい”と手を挙げると、ようやく僕は口を開く。

 

「あの、いくつか聞きたいことがあるんだけどさ」

 

「……? どうぞ」

 

「まず、なんでシーラはそこまで僕と距離をとってるんだ?」

 

 大股で三歩くらいだろうか。

 今、僕とシーラの間には、それほどの距離が空いている。

 

「あなたも知っての通り、私は男嫌いなのよ。一緒に旅をしている時も、いつもこれくらいの距離をとっていたわ」

 

「……そういえばそうでしたね」

 

 嫌なことを思い出させられて、思わず僕は苦笑してしまう。

 シーラは男に苦手意識があり、僕がパーティーにいる間はそんなルールが設けられていたな。

 確か、僕が自ら近づいたら容赦なく上級魔法をぶち込んでくるんだっけ?

 それを思い出して、ふとテレアを一瞥して言った。

 

「まさか、この寡黙な聖女さんをわざわざうちに寄こしたのは……」

 

「し、仕方がないじゃない。ルベラじゃ難しい話はできないと思ったし、かといって私はあなたに近づけないし、テレアを送るしかなかったのよ」

 

「……」

 

 なるほどな。

 ルベラは赤髪赤眼の男勝りな女性で、正直頭が悪い。

 シーラは男嫌いで僕には近づけないし、だからテレアを送ってきたのか。

 でも、テレアもテレアで全然話ができなかったんだけど。

 まあ、それはもういいとして。

 

「それで、僕にマリンを助けてほしいってのはどういうことなんだよ? ていうか、よくうちの治療院の場所がわかったな。ここは町からかなり遠いだろ」

 

「その町であなたの噂を聞いたのよ。一週間くらい前に、無詠唱で回復魔法を使う治癒師が現れて、ちょっとした騒動を鎮めてくれたってね」

 

「……」

 

 な、なるほどな。

 どうりでこの場所が簡単にわかったわけだ。

 まあ、それももういいとして。

 

「で、改めて聞くけど、マリンを助けてほしいっていうのはどういうことだ? 僕、もうすでにストレスマックスで帰りたいんだけど」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 ちょっとした冗談、ではなく、かなり本気なことを口から零すと、シーラが慌てて僕を止めた。

 が、かなり距離が空いているため、止める気がまるで感じられない。

 その代わりにテレアが僕の腕を掴むと、シーラが言いづらそうに続けた。

 

「えっと、その……」

 

「……?」

 

「ち、治癒師としてではなく、として、マリンに変わったところがないか見てほしいの」

 

「……幼馴染として?」

 

 どういうこと?

 さっき見た限りだけど、やっぱりマリンに変わったところなんてなかったような。

 という心中の呟きが聞こえたのか、シーラが再び続けた。

 

「とにかく、もう一度よくマリンのことを見てほしいの。詳しい話はそれからするわ」

 

「……わ、わかった」

 

 シーラの必死な様子に気圧され、流される形で僕は承諾してしまった。

 

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