第58話 「幼馴染」
マリンは今、大変な状態になっている。
とても信じがたいことで、想像もできないことだけど、そうと語るテレアからは嘘の気配を感じなかった。
そしてそれ以前に、嘘を吐く意味もないと思った。
だから僕はとりあえずテレアの話を信じて、こんな感じで切り出した。
「仮に……だ」
「……?」
「仮にマリンが大変な状態だったとして、なんで僕の力なんかが必要なんだよ? もし大変なんだったら、僕じゃなくてあんたが力を使ってやればいいじゃないか。あんたは『聖女』で、僕よりも強力な回復魔法が使えるんだから」
至極真っ当なことを言ってみせた。
聖女のテレアは、世界で一番の回復魔法の使い手のはず。
それなのに応急師の僕を頼るというのはおかしな話だ。
いや、それ以前に、こんなことをわざわざ言う必要もないじゃないか。
だって……
「ていうか、僕がどんな理由で勇者パーティーを追い出されたのか、知らないとか言わせないぞ」
「……」
テレアは相変わらずの無表情で僕を見る。
そう、あのときと同じだ。
僕がマリンに解雇を言い渡されて、パーティーの前から立ち去った時と。
それを見ていたのだから、僕がどんな理由で追い出されたのか彼女も当然知っているはずだ。
テレアは眠そうな目で答える。
「回復魔法が、しょぼいから」
「うん、そうそう。そうなんだけど、なんかその言い方ムカつくな」
……まあいいや。
「でもまあそれは事実なんだよ。僕の回復魔法は”しょぼい”。かすり傷軽度のものだったら有効かもしれないけど、魔大陸を渡り歩く勇者パーティー様にとってはあってないようなものだ。それなのに今さら僕の力が必要とか言われても、何かの詐欺とか疑うのが当然だろ。だから聖女様であるあんたが助けてやれよ」
今一度そう言ってやると、テレアはふと目を伏せてしまった。
実力の差は歴然。
それなのになんで僕を頼ってきたのか意味不明だ。という視線を向けていると、やがてテレアは顔を上げて、心なしか眉を寄せて言った。
「ボクじゃ、無理だった」
「はっ? 無理? 聖女の力でも?」
「うん。ボクじゃ、治せなかった。でも、あなたなら、助けられるかもしれない」
「……なんで、僕なら?」
本当に意味不明だ。
首は傾いていくばかりである。
なんかこの人が寡黙すぎるせいで、言葉足らずになっている気もするけど。
もしかして、怪我や病気といったものではないのだろうか?
何か特殊な毒とか呪いとか、そういうのに掛かってるとか?
いやいや、それでも僕の力なんて必要ないだろうし、聖女の回復魔法で事足りるはず。
でもでも、テレアは”治せなかった”って言ってるし、治療関係の問題なのだろう。
ていうかボクって……。
「とにかく、来て。マリンが待ってる場所まで」
「えっ? この近くに来てるのか? ていうか、僕はまだ行くとは行ってないぞ」
という僕の声も聞かずに、テレアは席を立ってこちらの手を取ってくる。
無理矢理立たされると、治療院の出口を目指してぐいっと引っ張られた。
足に力を入れて抵抗すると、テレアが僕のことを説得してくる。
「お礼なら、する。一律500ガルズ」
「いややっすいな! なんで治療費の分しか払わないつもりなんだよ。普通はそこにお詫びも上乗せするだろ。勇者パーティーがケチってんじゃねえ。つーかなんでうちの治療費知ってんだよ」
そもそもこれは治療の依頼なのか?
と内心で首を傾げていると、さらにテレアは言った。
「マリンには後で、頭を下げさせる。『ごめんなさい』も言わせる。だから今だけは、力を貸して」
「……」
真っ直ぐな瞳で見つめられて、僕は気持ちを改める。
意外にも事態は深刻なようだ。
それはテレアの真剣な声音からも察することができた。
あのマリンに頭を下げさせるだの、『ごめんなさい』を言わせるだの、そんなことまで約束して、僕を説得しようとしているのだから。
僕は解雇事件以来、勇者パーティーとは絶対に関わらないようにしようと思っていた。
だからテレアのこの頼みも断るべきだと考えている。
しかし、頭ではそう考えていても……
なぜか放っておけない自分がいるのだ。
気になる。
マリンが今どうなっているのか。
テレアがここまで言わなければならない状態とは何なのか。
たまには本気で心を鬼しないといけないのになぁ、と思いながら、僕はテレアに言った。
「手は、もういいよ。自分で歩くから」
「……?」
そう言うとテレアは、おもむろにこちらの手を離した。
そして僕は振り返り、従業員の二人に言う。
「おい、プラン、アメリア」
「は、はい?」
「なんだ?」
「ちょっくら出てくるから、留守番よろしく。もし怪我人が来たら安静にして待つように言っといてくれ」
「「……」」
呆然と固まる二人を尻目に、僕はテレアと共に治療院を出た。
そのまま何も喋らずに少し歩くと、やがて少女の囁き声が聞こえてくる。
「あり……がとう」
「僕はお礼じゃなくて謝罪の言葉がほしいんだけどな。まあ、それは後でちゃんと聞くつもりだからいいんだけど。そんなことよりも、さ……」
「……?」
言いかけた僕は、隣を歩く聖女テレアに何とも言い難い視線を向けた。
心がざわつくのを意識しながら、僕は改めて訊ねる。
「その、マリンは…………そんなにひどい状態なのか?」
「……」
こくり、とテレアは、相変わらずの無表情ながらも確かな頷きを返してきた。
それを聞いたからというわけでは決してないが、僕は足を早める。
行き先もわからないのに先行し、意味もなく気持ちを焦らせた。
ホント、なんなんだよちくしょう。
マリンなんて別にどうなったっていいのに。
むしろ、自業自得だとさえ思っているのに。
憎たらしい相手が大変な状況にあるというのに、僕はなぜかもやもやとした気持ちを抱いて、幼馴染のもとへと急いだ。
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