第56話 「お客さん」
出張営業から一週間。
僕たちは金銭的問題から解放され、心の余裕がある日々を送っていた。
一時は明日のご飯も危うい窮地に立たされたりもしたが、出張営業が大成功したおかげで今では手に余るお金が懐を温めてくれている。
これでしばらくは無理に依頼を受ける必要もないし、トラブルとも無縁の生活ができそうだ。
激務であった出張営業を経て、改めて田舎村でのスローライフが性に合っているとわかったので、無理な治癒活動はこれっきりにしたい。
もう頑張ることは絶対にしないぞ。
と、思っていたのだが……
「ヒール」
「す、すごい! 本当に無詠唱で回復魔法を……! ありがとうございました!」
一人の青年が嬉しそうに頭を下げる。
怪我を治してもらった他に、いいものが見れたと言わんばかりに満足げな様子で席を立った。
そして彼は再び頭を下げると、治療院を後にする。
僕はそれを見届けてから、「うぅ……」と唸って机に突っ伏した。
こうできるのは今だけである。
その様子を見ていたプランが、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「大丈夫ッスかノンさん?」
「……全然大丈夫じゃないよ。つーか今日だけでもう四十人目だぞ。どうなってんだよこれ」
僕は顔をしかめて、重々しい声で応える。
今日だけでもう怪我人が四十人。
本当にどうなってんだよ。
ここ最近はこんな感じで、治療院の利用者がどんどん増加している。
出張営業から帰ってきた次の日あたりからだろうか。
連日記録更新を続けていて、昨日なんてついに五十人を突破してしまったのだ。
細々とした営業を目指しているのに、これじゃあまったくのんびりできない。
おまけに、訪問者のほとんどがノホホ村の住人ではないのだ。
当然、今来た青年も村人ではない。
僕はできれば村の人に来てほしいんだけど。
なんてことを考えていると、青年が立ち去った後を見ていたアメリアが言った。
「まあ、あれだけ派手に治癒パフォーマンスをしたからな。噂を聞きつけた者たちがこの場所を探し当てて、高速治癒を見に来ているのだろう」
「僕は客寄せパンダじゃないぞ。てかそれにしたって数が多すぎだろ。連日この調子じゃ僕の魔力が持たない。ていうか今日はもう絶対に無理」
再びバタッと机に顔をうずめる。
もうダメだ。回復魔法をしぼり出せる自信がない。
この盛況ぶりが一過性のもので、いつかはゆっくりできる日が来るとは思っているけど、さすがに波に乗っている今は疲れがひどいな。
ぐたっと力なく顔を伏せていると、ふふっというアメリアの笑い声が聞こえてきた。
「だがまあそのおかげで、見ろこの貯金袋を。数日の間に治療院の貯蓄は恐ろしい額になったぞ」
「うわっ、すごいッスねそれ! アタシにも見せてくださいッス!」
「お前はダメだ。絶対にどこかに失くしそうだし、最悪ネコババしかねん」
「ちょ、どんだけアタシ信用ないんスか!」
次いで二人が言い争う喧騒が聞こえてくる。
それを止める気力もなく、僕はただじっと机に突っ伏していた。
まあ、お金が貯まっていくのは素直に嬉しいことである。
それに、従業員も増えてきたことだし、そろそろ治療院の改築でもしようと考えていたからな。
あまり幅を取らない小柄な女子たちだが、各々自分の部屋くらいはあった方がいいだろう。
治療院を大きくすることを目標にもしていたし、このお金を使っていっちょでかくしてみようかな。
そう考えつつ僕は、出張営業時にみんなで苦労した光景を思い浮かべる。
色々と大変だったけど、まあ頑張ってよかったかな。
あれはあれで楽しかったし。
それに勇者パーティー時代とは違ってチヤホヤしてもらえたし、悪いことばかりじゃなかったかもしれない。
なんて思いながら、治療院の間取りや新しい家具の計画を心中でにやにやと練っていると……
コンコン、と不意に治療院の扉が叩かれた。
また怪我人がやってきたらしい。
その事実に思わず頬が引きつりそうになるが、怪我人は怪我人なので即座に僕は対応しようとする。
さしあたっては看板娘に出迎えてもらうとしよう。
「おい、アメリア。お客さ……」
「だから放せと言っているだろ! お前は一番金を持ってはいけない人間だ!」
「なんでそんなこと言うんスか!? ちょっと見るだけじゃないッスか! 何も悪さはしないッスから!」
「……」
なんか二人でじゃれ合っていた。
どうやら今のノックが聞こえなかったらしい。
まだ勤務時間中なんだから、二人ともアルバイトとしての自覚を持ってもらいたいものだ。
ていうか、お金を持ってはいけない人間って、盗賊団の元メンバーと魔王軍の元四天王じゃどっちもどっちだろ。
仕方ねえなぁと思いつつ僕は立ち上がり、扉の方へ歩いていく。
じゃれ合う二人の横を呆れながら通り過ぎると、ドアの前で立ち止まった。
ノブに手をかけて、ゆっくりと押し開ける。
「は~い、どちら様で……」
ガチャッ、と開いた扉の向こうには……
一人の少女が、ぽつんと突っ立っていた。
肩で切り揃えられた黒髪と、感情を感じさせない無表情。
ジトっとした目をこちらに向けて、ただただ黙り込んでいる。
その姿を見て僕は、これまた可愛い子が来たもんだと人知れず思った。
無表情でジト目だが、それがまたチャームポイントの一つとなっている。
美女美少女が来た時に限って、なぜかプランとアメリアは殺気立ったりするので、きっとこの子もそういう目で見られたりするんだろうなぁ。
と一抹の不安を覚えながら、黒髪少女を中に招き入れようとすると……
「んっ?」
僕はふと、脳裏に引っ掛かりを覚えた。
あれ? よくよく見てみると、どこかで会ったような。
ノホホ村の人、ではないだろう。村で見たのではない。
じゃあ、いったいどこで……
「あっ――!」
突如として僕は思い出す。
あまりに平然と、何の前触れもなく当たり前のようにそこにいるものだから、気付くのに多少の遅れが生じてしまった。
僕はこの子を知っている。
というか、忘れるはずもない。
記憶には嫌というほどこびりついているのだから。
なんで、こんなところにいるんだ。
どうしてあんたがここに来られるんだよ。
僕は驚愕に目を見開き、声を震わせてその者の名を零した。
「聖女……テレア」
「……」
僕が勇者パーティーから追い出され、その代わりとして回復役になった聖女テレアが、そこにはいた。
第四章 おわり
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