第55話 「ただの冴えない治癒師」

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」」

 

「……」

 

 ギルドの中に少女二人の鳴き声が轟く。

 僕はそれに耳を痛めながら、呆然と立ち尽くしていた。

 混雑していたギルド内はすでに閑散とし、受付さんと僕らを残すのみとなっている。

 

 僕が十人の治療を終わらせ、勝利が確定した段階で、トトとロロは幼い子供のように泣きじゃくってしまった。

 その後、彼女たちが残した僅かな怪我人たちを、僕が代わりに治療し、治癒勝負はお開きとなった。

 ……のだが、こうして今も二人は机に突っ伏して泣き続け、僕たちは困惑している次第である。

 

「……泣かしちゃったッスね」

 

「えっ? いやいやちょっと待て、僕が悪いのか?」

 

 唐突に人聞きの悪いことを言うプランに、僕はぶんぶんとかぶりを振る。

 治癒勝負を仕掛けてきたのはこの子たちで、僕はそれに応えただけなんだけど。

 ……まあ、ちょっと大人げない試合になってしまったかもしれないが。

 と心中で反省していると、今度はアメリアがトトとロロの様子を見て言った。

 

「で、どうするのだノン? 人が少ないとはいえ、チラチラと視線を感じるぞ? 面倒ならばこのまま放っておいて帰るか?」

 

「いや、そういうわけにもいかないだろ」

 

 悪魔に対してこんなことを言うのはおかしいとは思うが、悪魔なのかこいつは?

 というわけで僕は、トトとロロの二人をあやすことにした。

 

「おーい、いい加減泣き止んでくれよ。賭け金に関してはこの際別にいらないから、今はとにかく静かにしてくれ」

 

 そう声を掛けると、二人はピタリと鳴き声を止める。

 そのままずぶ濡れになった顔を上げて、真っ赤に腫れた目をこちらに向けた。

 とりあえず僕は安堵する。

 

 金が惜しかったわけではなかろうが、これで泣き止んでくれてよかった。

 この町で治療院を構えているなら、僕より遥かに稼いでいるだろうし。

 それに僕としても、こんな子供たちからお金をせしめた方が目覚めが悪いからな。

 ようやくギルドに静寂がもたらされると、その中で二人の強がりが弱々しく響いた。

 

「な、泣いてなんかないし」

 

「ちょっと目に大きなゴミが入っただけなんだから」

 

「……あっ、そう」

 

 泣いても生意気なのは変わらないようだ。

 と相変わらずの姿も見れたということで、僕は彼女たちに背中を向ける。

 そしてギルドの出口に向かって歩き去ろうとした。

 

「とにかく、これでお客泥棒なんて呼ばれるいわれはなくなったからな。僕たちはもう帰るぞ」

 

「「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」」

 

「……?」

 

 トトとロロの制止の声が重なる。

 なんか、最初に会ったときと同じような感じで呼び止められたな。

 ”んだよ?”という顔をして振り返ると、トトとロロは眉を寄せて、今さらながらの問いかけをしてきた。

 

「あんた、無詠唱で回復魔法を使って……」

 

「しかもあの治癒速度……いったい何者なのよ?」

 

「……」

 

 まあ、当然の疑問だとは思う。

 応急師なんて天職は聞いたことがないだろうし、僕だって自分以外に持っている人を見たことがないのだ。

 治癒師として誇りを持っているトトとロロにとって、その疑問はなおさらのものだろう。

 しかし僕は、そんな彼女たちに対して、答えをはぐらかした。

 

「別に、ちょっと田舎の方にある村で治療院を開いている、ただの冴えない治癒師だよ。少し特殊な天職も持ってたりするけど、まあそれだけ」

 

「「それだけって……」」

 

 曖昧な説明を受けて、トトとロロは顔を曇らせる。

 次いでしゅんとポニーテールとツインテールを萎れさせた。

 目に見えて落ち込んでいるのがわかる。

 ”それだけ”の治癒師に負けたのが、相当悔しいのだろう。

 

 勝負好きの二人にとって、先ほどの敗北はそれだけ大きなものというわけだ。

 泣きたくなる気持ちもわからないではない。

 だから……というわけではないが、僕は何気ない感じで二人に言った。

 

「別に、落ち込む必要なんてないからな」

 

「「えっ?」」

 

「二人はまだ治癒師の天職を授かってから、あんまり時間が経ってないだろ? それなのにあそこまで綺麗な詠唱ができるのは大したもんだ。途中で詠唱を切ってもすぐに唱え直して不発にならなかったし。それに魔力の量もその歳の中では飛び抜けてる方だと思うぞ。今回は僕が年上だったから勝ったようなもんだけど、もし同い年の時に治癒勝負してたら、間違いなく勝ってたのはそっちだ。だから落ち込む必要なんてない」

 

「「……」」

 

 慰めているつもりはない。

 けれど、そうと捉えられてもおかしくない事実を長々と語ってやると、トトとロロは目を丸くして固まってしまった。

 次いでそれを恥ずかしく思ったのか、急に目を伏せて黙り込んでしまう。

 心なしか顔も上気しているように見えた。

 

 しかしこれは紛うことなき事実である。

 二人は凄腕と言ってもいい治癒師だ。

 詠唱はもちろんのこと、治癒勝負をする前からたくさんのお客さんを相手にしてきて、それでもなお魔力が枯渇していないのは驚きの一言である。

 だから慰めているつもりはない。それとついでにもう一つだけ、何となしに言っておいた。

 

「それに、何気に惜しかったしな。もしかして、姉妹でもっと仲良くしてたら、僕に勝てたんじゃないのか?」

 

「「なっ――!?」」

 

 そうとだけ言うと、僕は再び彼女たちに背を向ける。

 プランとアメリアに”行くぞ”という合図を送ると、二人はてててとついて来た。

 そのまま僕らはギルドの出入口へと差し掛かる。

 そして僕は最後に、ちらりとトトとロロを一瞥して、捨て台詞を吐いた。

 

「次に来た時もお客さんが溢れてたら、僕がまたお客を奪っちゃうかもしれないぞ。だから二人とももっと頑張れよ。できれば二人一緒に」

 

「そ、そんなの……!」

 

「あんたに言われるまでもないわよ!」

 

 相変わらずの様子で二人は応える。

 それを受けて僕たちは、ようやくギルドを後にした。

 町の大通りを歩きながら、真っ直ぐと馬車乗り場へ向かう。

 その最中、ちょっとの充足感に浸っている僕の耳に、プランの間延びした声が響いてきた。

 

「ノンさんかっこい~」

 

「もし僕のこと茶化してんなら、今この場で張り倒すからな」

 

「ち、違いますッスよ! ホントにかっこいいって思ってるんス!」

 

 じろりと睨みを利かせてプランを威圧する。

 それに対して彼女は激しくかぶりを振ると、どこか微笑ましそうに僕を見て、改まった様子で言った。

 

「ノンさん、あの二人のために治癒勝負を受けたんスよね」

 

「別にそんなつもりは全然なかったよ。初めは本当に賭け金が目的だったし」

 

「でも、二人まとめて掛かって来いって言ったのは、二人を仲良くさせるためだったんじゃないんスか?」

 

「……」

 

 別にそんなつもりは……

 と同じ台詞を二回繰り返しそうになり、寸前で踏みとどまる。

 あまりに否定しすぎると、かえってそれが本心として捉えられてしまうからな。

 僕はツンデレではないのだ。

 なんてくだらないことを心中で零していると、プランが再び言った。

 

「ま、これで二人が仲良くなって、一緒に治療院を盛り上げていければいいんじゃないッスか。そうすれば今回みたいな混乱は起きないでしょうし」

 

「……うん、まあ、そうだな」

 

 僕は鈍い反応を示す。

 何はともあれ、あの二人が仲良くなって、この町の治療院が盛り上がればそれが一番だ。

 特に今回みたいな騒動があった場合には、一人の力じゃ難しいこともあるだろうし。

 プランの言うことを鵜呑みにするわけじゃないが、僕はそれを伝えたくてあの子たちの勝負を受けたのかもしれない。

 

 もしくは、治癒師として少し先輩風を吹かせたくなったのかも。

 これじゃあプランのことは言えないな、なんて思っていると、今度はアメリアが口を開いた。

 

「しかしこれで、いざという時の出張先がなくなるのではないか?」

 

「ん~……まあ、それは別にいいよ。いっぱいお金稼げるのは確かに嬉しいけど、あんなにたくさんのお客さんを相手にするのはさすがに疲れるし。町の治癒活動はあの二人に任せることにするよ。それにさ……」

 

「……?」

 

「やっぱノホホ村でのんびりやるのが一番だな」

 

 改めて思ったことを口にした僕は、二人を置いていくように少しだけ足を早めた。

 もう頑張るのも注目されるのも勘弁だ。早くお家に帰りたい。

 僕は田舎の端っこで、細々と治癒活動をしている方が性に合っているのだ。

 こうして、ハリハリ栗事件の騒動や治癒師姉妹との治癒勝負など、色々と寄り道はあったものの。

 

 僕らは無事に出張営業を達成することができたのだった。

 

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