第54話 「治癒勝負」
「えぇ~と、それでは今から、二組の治癒師による治癒勝負を始めたいと思います」
アメリアが、若干気だるげな声で宣言する。
場所は再びギルドの中。
先ほどと同じテーブルに腰掛けて、隣にはトトとロロの二人も座っている。
目の前には二つの行列。
どちらも十人の怪我人たちが集まっているものだ。
これを先に捌き切った方の勝利。
それが今回の治癒勝負のお題である。
「開始の合図と共に治療を始めていただきます。お集まりいただいた冒険者の皆様方、改めましてありがとうございます。この度はどうぞよろしくお願いいたします」
「いいっていいって別に」
「タダで治療してもらえるって話だし」
「それになんか面白そうだし、俺たちに構わず全力でやってよ」
冒険者たちからは優しい言葉が返ってくる。
怪我をしているのにこんなことに付き合ってくれて、本当にありがたいなぁ。
と穏やかな気持ちになっていると、それとは反対にトトとロロは闘争心を轟々と燃え上がらせていた。
あぁ、なんか右肩が熱いよぉ。
「それではさっそく、治癒勝負を始めたいと思います。準備の方はよろしいですか?」
その問いかけに、僕らのみならず、傍らのプランと冒険者のみんなもこくりと頷いた。
そしてトトとロロは、いつでもスタートダッシュを切れるように、さっと手を構える。
それを見て、アメリアは大きな声で号令をかけた。
「位置について、よ~い…………ドンッ!」
すかさずトトとロロは口を走らせる。
「「木漏れ日よりも淡き希望の光よ。眼前の傷者に天罰ではなく慈愛を。すべての人々に等しき癒しを……」」
開始の合図と同時に魔法詠唱に取り掛かったトトとロロ。
見事と言わざるを得ない、素早い反応だった。
まだ天職を授かって間もないだろう歳にしては、滑らかな詠唱である。
少女二人が幼い声でハーモニーを奏でる中…………僕は、なんだか申し訳ない気持ちで一言唱えた。
「ヒール」
「「――ッ!?」」
トトとロロが驚いたのも束の間、僕の回復魔法は見る間に負傷者を癒やした。
「わぁ! ありがとうございます、治癒師のお兄さん! これがお噂に聞く無詠唱の回復魔法……」
冒険者の人はしばし感激に震え、ぺこりと頭を下げて席を離れていった。
その様子を見て、トトとロロは驚愕に目を見開く。
「む、無詠唱……ですって……」
「そんなの、聞いたこともない。いったい何者なのよ……」
「……」
この子らは僕のことを何一つ知らずに勝負を挑んできたのだろうか。
もしかしてかなりのおバカさんたちなのか?
そう内心呆れていると、彼女たちは我に返ったように詠唱を再開させた。
「「伝手となりし我が手に集え、ヒール」」
少し遅れてトトとロロの手には、僕と同じ回復魔法の光が灯った。
二人はそれを目の前の怪我人の傷口にかざす。
ここでようやく、本格的な治療の開始だ。
しかし回復魔法は、そこからさらに時間を掛けることになる。
ヒールで触れた傷は、すぐに完治するわけではない。
じっと光を当て続けて、徐々に傷口を塞いでいくのだ。
二人が額に汗を滲ませ、治療に集中する中、僕は再び申し訳なく唱えた。
「ヒール」
「「――ッ!?」」
「す、すごい。本当に一瞬で傷が……。あ、ありがとうございました」
早くも二人目が終了。
応急師の特徴である無詠唱の回復魔法に加えて、僕は高速治癒というスキルも持ち合わせている。
触れればその瞬間に傷が塞がり、それによってまたさらに差を広げた。
「き、気を取られちゃダメよロロ! 治療に集中して!」
「わ、わかってるわよ。わかってるけど、てて、手が震えて……」
あっという間に二人の治療を終わらせた僕を見て、トトとロロは戸惑いを隠せずにいる。
その間にも僕は、また一人の患者を席に招いた。
「どうぞお掛けください」
「し、失礼します。あの私、結構派手に転んで、腕を擦り剥いてしまいまして……」
「はい、わかりました。傷を見せてください。……ヒール」
「あ、ありがとうございます、治癒師のお兄さん。あ、あのあの、もしよろしければ、サインとか書いていただけませんか? お時間厳しいようでしたら、別に構いませんので……」
「えっ? サ、サインですか? うぅ~ん、どうしよう。書くのはやぶさかではないんですが、そんなの考えたこともなくて…………えぇ~と、こんな感じでいいですかね?」
「あ、ありがとうございます! 大切にします!」
なんて、余裕のあるやり取りまでしてしまう。
ちょうどその時にトトとロロは、ようやく最初の治療を終わらせて、激しく息を切らしていた。
かなり大変そうだ。
すると、僕があまりに能天気な姿を見せすぎたせいか、二人は焦りと怒りを同時に覚えているようだった。
「「はぁ……はぁ……はぁ……! さあ次よ! さっさとそこに座んなさい!」」
「あ、あぁ」
「わ、わかったよ」
なんか新しいタイプの接客をされて、さすがに冒険者の人たちも困惑している。
彼らのそんな様子を意に介さず、二人は口早に詠唱に入った。
「「木漏れ日よりも淡き希望の光よ。眼前の傷者に……」」
その光景を横目に見ながら、僕は三度、無詠唱で回復魔法を発動させた。
「ヒール」
「「――ッ!?」」
「こんなに早い回復魔法初めて見ました。ありがとうございます」
四人目の治療者が笑顔で席を離れる。
トトとロロは治療に集中しながらも、その様子を視界の端でばっちり捉え、顔を引きつらせていた。
その後も僕は、一切手を抜くことはなく、応急師の力を存分に振るった。
「ヒール」
「ありがとうございます、治癒師のお兄さん」
「「が、眼前の傷者に、て、天罰ではなく慈愛を……」」
「ヒール」
「すごいです! こんなに早く綺麗に治していただけるなんて!」
「「す、すべての人々に、ひ、等しき癒しを……」」
「ヒール」
「本当に詠唱なしで回復魔法を……。全然待ち時間も掛からず傷を治していただいて、ありがとうございました」
「「つ、伝手となりし、ぐすっ……わ、我がでにづどえ、ぐすっ……」」
なんか涙声になってきた。
ここまでですでにかなりの差が開き、二人は心を折られて顔をくしゃくしゃにしていた。
それでも僕は治療の手を休めることはなく、無詠唱で回復魔法を使い続ける。
時に治療者の過剰なお礼に恐縮し、時に世間話に耳を傾けたり。
それから治療を続けること、僅か数分……
トトとロロが六人目の治療を終わらせた段階で、僕は十人の怪我人の治療を、余裕を持って終わらせたのだった。
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