第53話 「姉妹」

 

 しかしすぐに二人は、ポニーテールとツインテールをピンと立たせる。

 そして怒りを思い出したように、僕のことをビシッと指差してきた。


「「と、とにかく、私たちと勝負しなさい!」」

 

「はいっ? 勝負?」

 

 僕は首を傾げる。

 なんとも穏やかならない台詞だ。

 喧嘩腰で詰め寄ってくる二人に、たまらず僕は問いかけた。

 

「勝負って、いったい何するつもりだよ? かけっことか?」

 

「子供扱いしてんじゃないわよ!」

 

「私たちは治癒師なんだから治癒勝負に決まってるでしょ!」

 

 まあ、そうなりますよね。

 当然の返答に密かに納得する。

 でも、治癒勝負って具体的に何をするんだろう? と不思議に思っていると、トトとロロの二人が勢いよく続けた。

 

「三人の中で誰が一番の治癒師か、それを決める戦いよ!」

 

「ついでに、お客を奪って稼いだその治療費、それを勝負に賭けなさい!」

 

「えっ? いや普通に嫌なんだけど」

 

 僕は胸に抱えた貯金袋を、一層大事そうに身に寄せる。

 なんでこれを賭けなきゃいけないんだよ。

 貴重な生活費なんだぞ。

 こればっかりはさすがに渡したくなかったので、警戒心を強めてトトとロロを睨みつける。

 そして今さらながら、疑問に思っていたことを二人に聞いた。


「ていうか、なんで二人は別々の治療院で活動してるんだよ? 姉妹なら普通は一緒にやるもんだろ? それならさっきみたいな行列も捌けたかもしれないのに。もしかして、そうやって勝負勝負って対抗心ばっか燃やしてるから、姉妹でも治療院がばらけちゃったんじゃないのか?」

 

「そ、そんなのあんたには関係ないでしょ!」

 

「これは、私たちが『治癒師』の天職を授かった時から始まった勝負なの! 誰にも文句は言わせないわ!」

 

 やっぱりそうか。

 姉妹で別々の治療院を開いているので、何かあると思ったら……

 睨んだ通り、その刺々しい性格が災いした結果だったか。

 勝負事が好きな二人なんだろう。

 

 もし二人で一緒に治療院をやっていれば、あんな大渋滞を起こさずに済んだかもしれないのに。

 と、内心呆れていると、再びトトとロロが叫んだ。

 

「いいからとにかく勝負しなさいよ! この際治療費なんてどうでもいいから!」

 

「あんただって、もし自分の開いている治療院の近くに、別の治癒師がやってきて、そいつにお客さん取られちゃったら悔しいって思うでしょ!?」

 

「むむっ……」

 

 それはまあ、確かに。

 もしノホホ村に別の治癒師がやってきて、その人が治療院を開いたとしよう。

 それで、そっちの方に村人たちが流れて行ったとしたら、僕は我慢していられるだろうか?

 

 ……いや、難しいだろうな。

 そんなの耐えられるはずがない。

 文句を言いに行くまではしないけれど、居ても立っても居られず、様子を見に行くくらいはすると思う。

 という気持ちがわかって、二人の言い分を少しは理解することができた。

 

 まあ、お客さん取っちゃったのは事実だし、罪悪感もそれなりにある。

 でも正直、争いごととか嫌いだからなぁ。

 でもでも、二人の言いたいこともわからないではないので、勝負くらいはしてあげてもいいかなぁ。

 なんて頭を悩ませていると、不意にアメリアがトトとロロに訊ねた。

 

「ところで、そちらは何を賭けるのだ?」

 

 それを聞いて、僕もそういえばそうだと思う。

 さっき治療費とかどうでもいいとか言ってたけど、もしこちらが何かを賭けるなら、もちろんあちらも何かを賭けることになるだろう。

 となると、彼女たちはいったい何を賭けるつもりなのだろうか?

 不思議に思っていると、トトとロロは自信満々そうに答えた。

 

「そうね。ならそっちが勝ったら、その袋の中の治療費と同じ金額を支払うわ」

 

「同じ金額を賭け金として支払うなら文句はないでしょ?」

 

「えっ、マジ?」

 

 思わず僕は目を見開く。

 この貯金袋の中身と同じ額? 

 えっ、マジでそんなの賭けてくれるの?

 もしその治癒勝負とやらに勝ったら、これが倍に……

 

 僕は内心でにやりと頬を緩めた。

 そして気だるさを装って、ため息混じりに答える。

 

「はぁ、わかったよ。勝負すればいいんだろ勝負すれば」

 

「えっ? いいんスかノンさん?」

 

「あぁ。このまま付きまとわれでもしたら敵わないからな。んで、何すればいいわけ?」


 僕の問いかけに、トトとロロはふっと笑って答えた。

 

「冒険者たちがクエストから帰ってきて、またギルドに集まり始めているわ」

 

「中には怪我人もそれなりにいるようだし、彼らを集めて、『先に十人治療した人が勝ち』っていうのはどうかしら?」

 

 僕はちらりとギルド内を一瞥する。

 確かに、また人が増えてきているようだ。

 クエストから帰ってきたばかりなのか、体に傷を残している冒険者もいる。

 あの人たちを集めて、先に十人治したら勝ち、か……

 僕は頷いた。

 

「あぁ、いいよそれで」

 

 それに対してトトとロロは、まんまと勝負に乗ってきたと言わんばかりに薄ら笑いを浮かべた。

 そんな彼女たちに、逆に勝ち誇った笑みを返したいところではある。

 しかし我慢して、僕は渋々と勝負に乗ったように振舞った。

 ……それからふと、何となしに提案した。

 

「何なら、二人まとめて掛かってきてもいいぞ」

 

「「えっ……?」」

 

 少女二人の疑問の声が重なる。

 その驚きはトトとロロだけでなく、プランとアメリアも同様に感じているようだった。

 四人がぎょっと目を見開く中、僕はギルド内に目を向けながら続けた。

 

「冒険者の人たちも治癒師がたくさんいたら混乱するだろ。それに三人で三十人も怪我人を集めるのはさすがに困難だ。だから二対一で戦おうって言ってんだ。それなら二十人集めれば済むし。このお金に関しては、後で二人で勝手に話し合いでも勝負でもすればいい。そっちが有利になるだけなんだから、別に文句はないよな?」

 

「「……」」

 

 提案の意図を聞き、トトとロロは黙り込む。

 勝負好きの二人だ。正々堂々ではないこの提案にはさすがに乗らないか?

 とも思ったが、意外にも二人は僕の申し出を受け入れるようだった。

 

 否、正しく言うなら、舐められたことに激しい怒りを覚えているようだった。

 

「「後悔するんじゃないわよ」」

 

 絶対に僕を負かしてやるという、強い心意気を感じた。

 

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