第52話 「商売敵」

 

「お客泥棒とは人聞きが悪いッスね。アタシらが物を盗むような人間にでも見えるんスか?」

 

 と豪語するのは、元盗賊のプランさん。

 お前が言うなとツッコミたいところではあるが、人聞きが悪いのは確かなので言及は避けておいた。

 むしろ言いたいこと、聞きたいことがあるのはこの子たちの方だ。

 

 白衣を引きずるこの二人はいったい誰なのだろう?

 ていうか、なんでそんなに喧嘩腰になってるんだ?

 心中で大きく首を傾げていると、少女たちは言った。

 

「あんなに堂々とギルドで治癒活動しておきながら、よく泥棒じゃないなんて言えるわね!」

 

「……?」

 

「ちょっと繁盛して行列作ったからって、いい気になるんじゃないわよ!」

 

「……??」

 

 ポニーテールとツインテールが交互に文句を飛ばしてきて、ますます首が傾いてしまう。

 繁盛? 行列? 治癒活動?

 

「さっきから何言ってんだよ君たち。ていうか、二人はいったい何者なんだ?」

 

 耐え切れず僕は問いかける。

 すると二人はその質問に対して、待ってましたと言わんばかりに、声を揃えて返してきた。

 

「私はこの町で治療院を開いている、治癒師のトトよ」

「私はこの町で治療院を開いている、治癒師のロロよ」

 

「……はいっ?」

 

 ちょっと聞き取りづらいから一人ずつ喋ってもらいたいな。

 おそらく二人は姉妹で、それゆえに声質もそっくりだから、肝心の部分だけが聞き取れない。

 ポニーテールちゃんがトトで、ツインテールちゃんがロロ?

 まあどちらにしても、二人が”治癒師”だっていうことだけはわかった。

 

 それで、この町の治癒師が僕に何の用なんだ?

 そう疑問に思っていると、ポニーテールのトトが唐突に訊ねてきた。

 

「トト治療院って聞いたことないかしら?」

 

「……いや、ない」

 

 次いでツインテールのロロ。

 

「じゃあロロ治療院は?」

 

「いや、それもないけど」

 

 そう答えると、二人はキッとこちらを睨んできた。

 理不尽な怒りである。

 だって僕この町の人間じゃないし、知らなくても仕方がないじゃないか。

 

 いったいどうしろっていうんだよ、と困り果てていると、不意にプランが唐突なことを口にした。

 

「そういえば、うちの治療院って名前とかなかったッスね」

 

「んっ、そういえばそうだな」

 

 今さらながらに思う。

 今この二人が言ったように、『トト治療院』や『ロロ治療院』みたいな名前がうちの治療院にはないのだ。

 そういえばオープン当時から名前のことなんて全然考えてなかったな。

 やっぱり、あった方がかっこいいかな?

 遅まきながら名前でも付けようかと考えていると、プランが嬉々として提案してきた。

 

「ノンプラン治療院なんてどうスか?」


「なんかやだなそれ。めちゃくちゃ不穏な響きがするぞ」

 

 客が寄り付かなそう。

 そもそも僕とプランの名前を繋げる必要はないのでは?

 と思っていると、アメリアも同じ発想に辿り着いてしまったようで、心なしか言いづらそうに提案してきた。

 

「で、ではその……ノンリア治療院、というのはどうだろう?」

 

「ん~、それは……」

 

「語呂が悪いからダメッスね」

 

「なんでお前が決めんだよ」

 

 なんて益体もないやり取りをしていると……

 

 

 

「どーーーっでもいいわよそんなこと!!! 治療院の名前とか今決めてんじゃないわよ!」

 

「ていうか、私らのこと無視して勝手に盛り上がってんじゃないわよ!」

 

 

 

 トトとロロの二人が地団太を踏んで激昂した。

 ポニーテールとツインテールが激しく揺れている。

 それを何気なく眺めながら、僕はここまでの話を総合して言った。

 

「つまり二人は、この町で治療院を開いていて、僕にお客さんを取られちゃったからそれが許せないって言いたいのか?」

 

「「そうよ!!!」」

 

 彼女たちは怒声を返すという形で、頷きを示した。

 ……なるほどな。

 この町にたった二つしかない治療院っていうのは、この二人のものだったのか。

 んで、さっきのハリハリ栗事件の被害者たちを捌き切れずに、僕にお客を取られてムカついていると。

 

 ん~……

 僕はお客さんを横取りしたつもりはこれっぽっちもないんだけどなぁ。

 結果としてそうなっちゃっただけで、積極的に奪おうなんて微塵も考えてはいない。

 むしろギルドの混雑を解消するお手伝いをした気分だ。

 それに……

 

 あっ、いや、これは言わないでおこう。と紳士的に口を閉じていると、そういった配慮のできないプランが、悪気のない様子で思っていることを口にした。

 

「でもそれって、あなたたちの治療が遅いのがいけないんじゃないッスか?」

 

「「うぐっ!」」

 

 あーあ、言っちゃった。

 怪我人の治療が遅れているからギルドが混雑し、それを見た僕は辛抱たまらず治癒活動を始めた。

 それは本を正せば、治療の手が遅いこの二人が悪いことになるのだ。

 という反論を受けて、二人は激しい戸惑いを見せた。

 

「お、遅くないし。ちょ、ちょっと丁寧に診てただけだから……」


「そ、それに、毎回うちを利用する冒険者の人たちは、ちゃんとわかってくれているもの……」

 

「えっ? でもさっきそこで、『早く順番回って来いよ』とか『おっせーな』とか愚痴ってましたッスよ」

 

「「あうっ!」」

 

 もうやめてやれよ。

 天然腹黒のプランに心をズタズタにされた二人は、気を落としてチャームポイントのテールを萎れさせた。

 

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