第51話 「大繁盛」

 

「ヒール」

 

「うおっ、すげぇ! マジで一瞬で治りやがった! ありがとな兄ちゃん。ほい500ガルズ」


「ありがとうございます。お気を付けてお帰りください」


 一人の男性冒険者が席を離れる。

 するとすぐに次の怪我人が僕の前に腰掛けた。

 

「あの、自分は腕と脚の二箇所を怪我してしまったのですが、それでも500ガルズでいいんですか?」

 

「はい、構いませんよ。傷を見せてください」

 

 まだ少年と思しき若い冒険者が、腕と脚の怪我をこちらに見せる。

 僕はそれに手をかざし、何度目かになる回復魔法を唱えた。

 

「ヒール。はい、これで大丈夫ですよ」

 

「あ、ありがとうございます。まさか二箇所の傷も一瞬で治してしまうなんて」

 

 少年冒険者は大切そうに500ガルズをこちらに渡すと、そそくさと席を離れていく。

 そして、またすぐに新たな怪我人が。

 僕は絶えることのないお客さんたちを見て、心中でにやりと頬を緩ませた。

 

 大繁盛だな。

 こんな大行列、ノホホ村の治療院じゃ見たことないぞ。

 軽く五十人は超えてるんじゃないか?

 それに、今もまだ人数が増え続けている。

 行列が人を呼び寄せているんだ。

 

 ハリハリ栗事件の被害に遭った人だけじゃない。

 普通に怪我をしている人や、興味本位に並んでいる人たちが多いらしい。

 この町の治療院に向かうはずだった人たちが、全部こちらに流れてきているんだ。

 

 不謹慎かもしれないが、これは笑わずにはいられない。

 どんどんと500ガルズが貯まっていく貯金袋を見るのも、この上なく楽しいぞ。

 その後も、僕の前からお客さんが途絶えることはなかった。

 

「ヒール」

 

「ありがとうございます。こんなに綺麗に治していただいて」

 

「ヒール」

 

「うわっ、すごい! ホントに無詠唱で回復魔法使ってる。こんなの今まで見たことないよ」

 

「ヒール」

 

「これが無詠唱の回復魔法……。あ、あの、治癒師のお兄さん、もしよかったらお名前とか教えていただけませんか? それと、今彼女とかって……」

 

「はいは~い、治療が終わった人はさっさと退いてくださいッス~」

 

 とまあ、少しの躓きはあったものの、治療は基本的には順調に進んでいき。

 ギルド内で待機していた怪我人たちは、一通り治療が完了した。

 時間にしておよそ三十分。これが応急師が休憩なしで治療を行なった結果だ。

 ここまで魔力が持ってよかった。

 これにてようやくひと段落である。

 

 


「お、おい、見ろよ二人とも。お金がこんなにいっぱいあるぞ」


 僕は卓上に置かれた貯金袋を見て、思わず声を震わせる。

 すると、同じくテーブルの上に目を落としていたプランが、こくこく頷いて同意した。

 

「す、すごいッスねこれ。うちの治療院の、調子がいい時の売り上げの一週間分くらいあるんじゃないッスか?」

 

「あ、あぁ。それをたった三十分で……」

 

 美味しすぎる。

 こんなにボロい商売があっていいのだろうか?

 都会ってすごいんだな。

 改めて営業の立地環境の奥深さに感銘を受けていると、プランが驚きの発言をした。

 

「まあその代わり、ノンさんめちゃくちゃ目立ってたッスけどね」

 

「えっ、マジ?」

 

 つい頬が引きつってしまう。

 良くも悪くも目立ちたくないと言ってた矢先にやってしまった。

 そりゃ、あんだけ堂々と治癒活動すれば目立つのも当然か。

 僕は諦めたようにため息を吐く。

 

「ん~……まあ別にいいよ。そもそもギルドで治癒活動しようと思ったら、嫌でも目立つことになるし、それにお金が手に入ればこの際目立ったって構わないさ。んなことよりも、さっさとここからずらかるぞお前ら」


「そうッスね」

 

「うむ」


 お金が手に入った今、もうここには用はない。

 ここで粘ればさらに集金が見込めるかもしれないが、面倒なことに巻き込まれる前に、さっさとここから退散した方が得策だ。

 そう考えて貯金袋を抱え、三人で空いてきたギルドを立ち去ろうとすると……

 

「あ、あの……治癒師のお兄さん」

 

「……?」 

 

 不意に後ろから声を掛けられた。

 今この場所で治癒師と言えば僕くらいしかいないだろう。

 振り向いてみるとそこには、冒険者と思しき三人の女性が立っていた。


「お、お兄さんもしかして、勇者パーティーで回復役をやっていた『高速の癒し手』さんじゃないですか!?」


「えっ!?」


 突然の問いかけに思わず目を見開いてしまう。

 対して三人の女性冒険者は、期待するような瞳で僕のことを見つめていた。

 さすがに勘付く人は少なからずいるか。

 冒険者ならば勇者パーティーのことを詳しく知っていてもおかしくないし。

 何よりあれだけ盛大に無詠唱の回復魔法を見せびらかしたのだから。


「お噂に聞く無詠唱の回復魔法と同じものを使ってますし、今は勇者パーティーを抜けてこっそり治癒活動をしているらしいので、もしかしたらと思って……」


「ひ、人違いじゃないですかね? 僕はただの冴えない治癒師ですよ」


 あからさまに動揺しながら、僕はぎこちなく視線を逸らした。

 これはちょっと苦しいか?

 ゼノンのことはバレるわけにはいかないので、誤魔化そうとしたんだけど。

 いざこうして聞かれると返答に困る。

 ドキドキと女性らの反応を待っていると、意外なことに彼女たちは残念そうに肩を落とした。


「そ、そうですか。変なことを聞いてしまって申し訳ございません」


「……ほっ」


「そ、それはそうと、よかったら私たちのパーティーに入ってくださいませんか?」

 

「えっ?」

 

「あっ、その、女の子だけのパーティーで申し訳ないんですけど、私たち今、回復役がほしくて」

 

「あぁ、そういうことですか……」

 

 僕は納得の声を上げる。

 高速の癒し手のことを聞きに来たのとは別に、僕のことを回復役としてスカウトしに来たのか。

 まあ、ただでさえ回復職って珍しいし。

 この機会に積極的にスカウトする人たちがいても不思議ではない。

 

 僕はふむと腕を組んで頭を悩ませる。

 ん~、参ったなぁ。

 今回は治癒活動が目的だったわけで、冒険者パーティーに加入するために来たわけじゃないんだよな。

 でも、勇者パーティーにいたときなんかは、頼りにされることなんてほとんどなかったし。

 なんてまんざらでもない気持ちを抱いていると、突然――

 

「うがっ!」

 

 両サイドから肘打ちを食らった。

 プランとアメリアだ。

 

「……んだよお前ら」

 

「「……別に」」


 両者に睨みを利かせるが何も答えず、仕方なく僕は女性冒険者たちに視線を戻した。

 

「あ、あの、申し訳ないんですけど、自分は冒険者のパーティーに入るつもりはありませんので、他を当たってください」

 

「そ、そうですか。すみません、ありがとうございました」

 

 丁重にお断りをすると、彼女たちは残念そうにこの場を立ち去っていく。

 頼ってくれるのは嬉しいし、僕だって力にはなりたい。

 でも、大変申し訳ないのだけど、僕は冒険者として活動する気はこれっぽっちもないのだ。

 もう危ない冒険は絶対にしたくない。

 そう思いながら女性冒険者たちの背を見届けていると、どこかふてくされた様子のプランがちらりとこちらを見上げた。

 

「すっかりモテモテッスねノンさん」

 

「あっ? 今のは別にそんなんじゃねえだろ。回復役がいないからパーティーに入ってほしいって言ってたじゃねえか。そうやって何でもかんでも恋愛に結びつけるのはガキの発想なんだぞ」

 

 ちょっと意地悪なことを言うと、プランの頬っぺたが膨らんだ。

 何をそんなにふてくされているのか。

 そのことには言及せず、僕は貯金袋を抱えなおして言った。

 

「んなことよりも、またスカウトとか正体を見破ろうとする人が来るかもしれないし、さっさとここからずらかるぞ」

 

「は~いッス。って、さっきからその言い方、盗賊の親玉みたいッスよ」

 

 うるせえ。

 大金を抱えた今、気分はもう盗賊みたいなもんなんだよ。

 なんて思いながらようやくギルドの外に出ると、僕らは真っ直ぐ馬車乗り場を目指して歩こうとした。

 しかし……

 

「「ちょっと待ちなさいよあんた!」」

 

「……?」

 

 突然後ろから怒声が聞こえてきた。

 今のは、僕に言ったのか?

 ていうか、女の子の声?

 まだ年端もいかないだろう二人の少女の声を聞き、思わず僕は反射的に答えた。

 

「あ、あの、すいません。さっきの人たちにも言ったんですけど、僕は冒険者のパーティーに入るつもりは……」

 

「はぁ? 何わけわかんないこと言ってんのよ」

 

「そうじゃなくて、話があるから待ちなさいって言ったのよ」

 

「……?」

 

 首を傾げながら振り向いてみる。

 するとそこには、銀色の髪を後ろで一本に結んだ少女と、二本に結んだ少女の、そっくりな二人がこちらを睨みつけていた。

 二人とも背が低く、だぼだぼな”白衣”を着て地面に引きずっている。

 ……誰?

 大きな疑問符を浮かべていると、そんな僕に対して、二人の少女がビシッと指を差してきた。

 

「「よくも私たちからお客を奪ってくれたわね! このお客泥棒!」」

 

「……はいっ?」

 

 なんか変なのに絡まれた。

 

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