第49話 「大災害」
「な、なんスかこれ!? 何かの事件ッスか!?」
予想だにしていなかった光景に、プランは思わず目を見張る。
僕もアメリアも大声は出さないけれど、同じような反応をしていた。
ギルドに集まっているこの怪我人たちは、いったい何なのだろう?
軽い武装をしていることから、おそらく冒険者たちだと思われる。
そのほとんどの人が、腕や脚、肩や背中に傷を負っている。
何かあったのだろうか?
それに傷には、どこか似通っているところがあるような気がする。
まるで、鋭利なもので突かれたような……
ただ、傷自体はそこまでひどいものではない。
回復魔法や薬を使わずとも、自力で止血できる程度の怪我だ。
そこそこ痛いとは思うけど。
痛々しい思いでその光景を眺めていると、ふと視界の端に女性冒険者の方が映り込んだ。
「あ、あの、すみません」
「……?」
すかさず僕はその人物に駆け寄っていく。
声を掛けて呼び止めると、彼女は首を傾げてこちらを振り返った。
「な、なんでしょうか?」
「いや、その、これはいったいどういう状況なんですか?」
僕は目の前の衝撃的な光景を見て問いかける。
すると女性冒険者さんは、同じくそちらに視線を移し、困ったように眉を寄せて答えた。
「あぁ、これは少々、不運な事故がありまして……」
「事故?」
「はい。この町の近くに、アキアキの森という場所があるのはご存知ですか?」
アキアキの森?
その名前に心当たりはないけれど、ここの近くの森には覚えがある。
「森っていうと、ここに来る途中で見た、あの枯れ葉だらけの橙色の森、ですかね?」
「はい、それです」
女性はこくりと頷く。
その森で何かあったのかな? と思っていると、彼女は語気を強めてさらに続けた。
「つい数時間前、そのアキアキの森で、ハリハリ栗が落ちたのです!」
「……ハリハリ栗?」
ハリハリ栗って、あの針みたいなものがたくさん付いてて、中には甘い実が生っている”あれ”のことか?
料理やお菓子に時々使われている。
確か、木の高いところに実っていて、不定期に落ちてくるとか。
「今回、そのハリハリ栗の一斉落下により、森でクエストを行なっていた冒険者たちが、揃って傷だらけになって帰ってきたのです。ちょうどアキアキの森では大規模クエストが開催されていて、それに参加していた冒険者たちが、全員その被害に……」
「それは……なんとも気の毒な事件ですね」
思わず僕は頬を引きつらせる。
つまりここに集まっている人たちは、そのハリハリ栗の雨に当たって、傷だらけになってしまった冒険者たちってことだ。
ホントに気の毒に。
にしても、鎧や盾まで貫通する食材なんて、めちゃくちゃ危なっかしいな。
でも、この女性冒険者さんはクエストに参加していなかったのか無傷である。
不幸中の幸いに密かに安堵すると、僕は再び彼女に問いかけた。
「それにしても、ハリハリ栗の一斉落下って、そんな珍しいこともあるんですね? 確かハリハリ栗は、不定期に木の上から落ちてくるけど、ある程度その予兆を検知できて、落ち切ったところで収穫するって聞いたような……」
「はい、まさしくその通りなんですが、先ほど地震があったせいで、予期せぬ一斉落下が発生したようです」
「地震?」
あれっ? さっき地震なんてあったっけ?
そう小首を傾げる僕を見て、不意に隣にいるプランが耳元で囁いた。
「アタシたち、馬車に乗ってたから気が付かなかったんじゃないッスか?」
「あぁ、そゆことか」
ぐらぐら揺れている場所だと、地震には気づきにくい。
僕たちが馬車でこの町に向かっている間に、その地震が起きて、ハリハリ栗の一斉落下に繋がったわけか。
人知れず納得していると、女性冒険者さんが再びギルドに視線を移し、顔を曇らせた。
「今ではこの町の治療院や薬屋はどこも長蛇の列を作っていて、ギルドはその待機所として使ってもらっている状態なのです」
「はぁ、なるほど。だからこんなに……」
話はすべて見えた。
確かにこれは、不運な事故のようだ。
まさか僕たちが出張営業に赴いた矢先に、こんな騒動に遭遇するなんて。
同じことを思ったプランが、再び耳元で囁いた。
「タイミングが悪かったッスかね」
「……」
僕はしばし傷ついた冒険者たちを見据える。
ふむと顎に拳を当てて思案すると、プランの囁きに対してかぶりを振った。
「いや、むしろこれ、絶好のチャンスなんじゃないのか?」
「えっ?」
きょとんと目を丸くするプラン。
そんな彼女を放って、僕は三度女性冒険者さんに訊ねた。
「あの、すみません?」
「は、はい?」
「ギルドのテーブルを一つ貸していただけるよう、受付の人に言って来てはもらえませんか?」
「テーブル?」
口早に話を持ち掛けると、彼女は当然疑問符を浮かべた。
なぜそんなことを? と言いたげな表情ながらも、彼女はこくりと頷いてくれる。
「は、はい。わかりました。おそらく少しの間だけなら、簡単に許可が下りると思いますので、少々お待ちください」
言うや否や、彼女は駆け足でギルド内に戻っていく。
話が早くて助かるな。
そんなやり取りを後ろから眺めていたプランは、いまだに首を傾げていた。
「あの、ノンさん? いったい何を……」
女性冒険者さんに続き、そんなプランとアメリアにも、僕は捲し立てて頼み事をする。
「プランはこの町の治療院と薬屋の様子を見に行ってくれ。治療代とか薬代の”情報”も持ってきてもらえると助かる。アメリアは僕と一緒に来て、冒険者たちを呼び集めてくれ。今からやることをみんなに説明するのがお前の仕事だ」
「「……?」」
不思議そうにする二人に、僕はにやりと笑みを浮かべる。
怪我人たちを前に笑顔になるなんぞ、治癒師として言語道断ではあるが、これは笑わずにはいられない。
僕はこれみよがしに腕をまくると、冒険者たちが待つギルドへと歩み寄っていった。
闘志を燃やすそんな僕の背中を見て、プランとアメリアは唖然として声を漏らした。
「「ま、まさか……」」
「やるぞ二人とも」
出張営業、開始だ!
全部捌き切ってやる!
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