第47話 「金欠」

 

 朝食を済ませた僕たちは、治療院へと戻ってきた。

 それなりに手早く食べ終えたと思っていたのだが、意外にも時間が経っていたらしい。

 気が付けば治療院の開院五分前になっていた。

 中央広場からここまで少し距離があるので、移動で時間を食ったのかもしれない。

 まあ、何はともあれ間に合ったので、それは別にいいんだけど……

 僕は難しい顔をして屋内で立ち尽くしていた。

 

「……」

 

 顎に拳を当てて、ふむと思い悩む。

 するとその様子を見ていたプランが、きょとんと不思議そうな目を向けてきた。

 が、それには言及せず別の問いを投げかけてくる。

 

「そういえば、食材は買ってこなくてもよかったんスか?」

 

「あっ、えっと……」

 

 問いかけられた僕は、居心地悪く言い淀む。

 今まさにそのことについて悩んでたんだけど。

 うぅ~ん、二人にどう話したものか。

 これはなんか、言うのが躊躇われるなぁ。

 

 しかし黙っていても仕方がないと思い、僕は意を決して悩みを打ち明けることにした。

 

「そ、そのことなんだけどさぁ……」

 

「「……?」」

 

「ちょっと、お金がないみたいなんだよ」

 

「「えっ?」」

 

 新たな問題が発生した。

 

 

 

 朝食からの帰り。

 僕はコマちゃんに会ったこともあり、レギルさんの八百屋に寄ってから帰宅しようと考えた。

 今回の反省として、大量に食材を買い込むつもりで。

 しかしご飯屋さんで支払いをしようと、自前の財布を開けてみると……

 

『うっ……』

 

 中は随分と風通しのいい状態だった。

 端的に言って金欠である。

 思えば前々からお金不足になる予兆は出ており、最近は特に平和だったため依頼もほとんどない状態だったのだ。

 

 加えて本日から新しいアルバイトが入る。

 プランと同様、アメリアもバイト代はいらないらしいので、そこまで出費はかさまないと思われるが。

 しかしその他の費用が三人分になるので、出るお金は増えると考えた方がいい。

 僕たちは今、お金がなく、お金を欲している状態である。

 ということを僕の表情から悟ったのか、アメリアが頷いた。

 

「金、か。まあ確かにこの村は、争いとは無縁な場所と見受けたからな。とても治療院を必要としているようには思えん。先ほどから客が来る気配も皆無だしな」

 

 彼女は窓の外を窺いながら言う。

 そう、お客さんが来ないのだ。

 お客さんが来なければ、当然治療費をいただくこともできない。

 結果、僕たちは金欠状態に陥ってしまったわけだ。

 先ほど立ち入った料理屋さんみたいに、ある程度の需要があるなら話は別なんだけど。

 

「でもでも、うちの治療院が暇をしているってことは、それだけでいいことなんスよ。平和である証ッスから。だから文句言っちゃいけないんス」

 

「お前、それついこの間僕が言ったことだよな」

 

 諭すように語るプランを見て、思わず僕は嘆息する。

 その通りではあるんだが、お前が言うなと返したい。

 こいつは”もっとお客さんがどばっと来たりしないものか”と不満を漏らしていたからな。

 

 しかし今となっては、まさにお客さんがほしくてたまらない。

 怪我人が来てほしいわけではないのだけど、何か依頼を持ってきてくれる人がいないと収入がゼロになるのだ。

 いったいどうしたら……


 むむむと頭を悩ませていると、ようやく真剣なムードを感じ取ったのか、プランが改まった様子で聞いてきた。

 

「それで、具体的にはどれくらい金欠なんスか?」

 

「……」

 

 僕はぎこちなく視線を逸らす。

 しばし言い淀むが、少女二人から疑問の目を向けられて、やがて僕は自白した。

 

「……明日のご飯も危ういかもしれない」

 

「「えっ……」」

 

 プランとアメリアは目をぎょっと見開いた。

 さすがにこれはやばいよな。

 これまで色んな窮地に立たされてきたけれど、こういう形で追い込まれるのは初めてだ。

 

 これはきっと、田舎村でのんびり過ごしたいと考えた、僕の怠慢が招いた結果なんだろうな。

 スローライフするのにも資格がいるのである。

 資格じゃなくて金か。

 逆に言えば、お金さえあればご飯も食べられるし、熱望しているスローライフも実現できる。

 

 こうなったら……! と思った僕は、咄嗟に思いついたことを提案した。

 

「出張営業だ!」

 

「「はいっ?」」

 

「このままじゃ僕らは飢え死にしてしまう。だからこっちから足を運んで、治療の依頼を探すんだよ」

 

 その説明を聞き、二人はさらに首を傾げた。

 その中でプランは、アメリアよりも一層大きな疑問符を浮かべている。

 以前自分が提案し、失敗に終わった作戦なのだから当然だ。

 

「足を運ぶって、また村の中央広場に行くんスか? でもこの前の出張営業は、全然怪我人が見つからなくて失敗しちゃったッスよね? また同じ結果になるんじゃないッスか?」

 

「今回は広場には行かない。ましてや、このノホホ村での営業もしないよ。僕たちが行くのはもっと別の場所だ」

 

「……? それって……」

 

 不思議そうに首を傾げるプランに、僕はにやりと笑みを向ける。

 そして同じく疑問符を浮かべるアメリアにも向けて、僕は言い放った。

 

「冒険者ギルドだよ」

 

「「……?」」

 

 何度目かになる二人の疑問の視線が殺到した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る