第46話 「初めての友達」

 

「……なんだお前は?」

 

 突如、人参を残していることに苦言を呈されたアメリア。

 彼女はそれが気に食わなかったのだろうか、真横にいるコマちゃんに鋭い視線を返した。

 これは、止めた方がいいのだろうか?

 そう危惧したのだが、対してコマちゃんは、それをまるで気にしてないように答える。

 

「お前じゃなくてコマだよぉ。ここの近くにあるお姉ちゃんのお店でお手伝いをしてるの」

 

「……」

 

 あっけらかんとした反応をされて、アメリアは顔をしかめる。

 コマちゃんに睨みを利かせても無駄みたいだ。

 何より今のアメリアでは迫力も何もありはしない。

 ていうか……

 

「ど、どうしたのコマちゃん? こんな朝早くに」

 

 僕は突然現れたコマちゃんに首を傾げて問いかける。

 このお店の近くにレギルさんの八百屋があるのは知っているけど、なんでコマちゃんが今ここにいるのだろう?

 朝ご飯を食べに来た? いやでも一人だしな。

 すると彼女は、少し自慢げになって答える。

 

「ここにお野菜届けに来たんだよ。私のお仕事なの」

 

「へ、へぇ、そうなのか。偉いなコマちゃん」

 

「えへへぇ」

 

 まさかこの歳で仕入れの仕事をしているとは思わず、僕は目を丸くする。

 すごいなコマちゃん。うちのバカプランよりも頭いいんじゃないか?

 なんて思っていると、再び彼女はアメリアに視線を戻した。

 

「ところで、あなたはだ~れ?」

 

「……」

 

 コマちゃんの純粋な目を向けられて、アメリアは再び顔をしかめる。

 これは、答えられそうにないな。

 魔王軍の元四天王ということに罪悪感を覚えているのか、はたまた単純にコマちゃんみたいな子が苦手なのか。

 どちらかはわからないけど、とりあえず僕が代弁しようとすると……

 

「え、えっとなコマちゃん、この子は……」

 

「あっ、もしかして!」 

  

「……?」

 

「ノンお兄さんとプランお姉さんの子供!?」

 

「「えっ!?」」

 

 耳を疑うような言葉を聞き、僕とプランは唖然とする。

 理解するのにしばしの時間を要した。

 子供? 僕とプランの?

 対してプランは、すぐにその意味を悟ると、なぜか頬を染めてもじもじし始めた。

 

「い、いやッスねこの子ったら! この口汚い悪魔の親と思われるのはちょっと癪ッスけど、ノンさんとの仲を言い当てるとは、なかなか見る目があるッスよ!」

 

「いや、見当違いもいいとこだろうが」

 

 大ハズレである。

 さすがにこの誤解はすぐに解消した方がいいと考えて、僕はコマちゃんに言った。

 

「この子はリアちゃんって言って、僕の遠い親戚の子供なんだ。ついこの前治療院で預かることになったから、しばらくはこの村でお世話になると思う。だから仲良くしてあげてね」

 

「うん、わかった!」

 

 咄嗟に思いついた設定を聞き、コマちゃんは二つ返事で了承してくれる。

 そんなに簡単に信じてくれるのか。

 こんなに純粋な子を騙してしまったことに、それなりの罪悪感。

 密かに心を痛めていると、コマちゃんがアメリアに手を差し伸べた。

 

「よろしくね、リアちゃん!」

 

「……」


 それを受けて、アメリアは渋い顔をする。

 次いでぷいっと目を逸らすと、バカらしいと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「……ふん」

 

 バシッ!

 思わず僕の手刀が閃く。

 なんて失礼な奴だ。

 仲良くしろという目を向けると、やがてアメリアは頭を押さえながら、渋々とコマちゃんの手を取った。

 

「……んっ」

 

「よろしくね!」

 

 コマちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 次いで彼女は、”もう行かなきゃ”とぶんぶんと手を振って走り去っていった。

 まるで嵐みたいな子だ。

 その背中を見届けた僕は、いまだにふてくされた顔をするアメリアに忠告する。

 

「お前なぁ、友達になれとは言わないから、せめてもうちょっとだけ愛想よくしろよ。そんなんじゃ村の人たちからも悪い印象持たれるぞ」

 

 初対面で接するのが難しいのはまあわかる。

 ただでさえアメリアは悪魔だし、人間の子供からぐいぐい来られるのは困ることなのだろう。

 でもだからって、あそこまで露骨に嫌がることはないではないか。

 何よりコマちゃんは良い子なんだし、初友達としては適任だと思うんだけど。

 と考えていると、バツが悪そうにだんまりしていたアメリアが、不意に声を漏らした。

 

「私は、女児が好かんのだ」

 

「はいっ?」

 

「特に、あのくらいの何もわかっていなさそうな子供が大嫌いなのだ。それなのに馴れ馴れしくしてきて……」

 

 それを聞いて、思わず僕は首を傾げる。

 アメリアが子供嫌いってのは初耳だな。

 反対に僕は子供好きなので、ちょっと残念。

 なんて思いながら僕は、ふと感じたことを聞き返した。

 

「それは、魅了魔法が通じないからとか?」

 

「無論、それもある。だが一番は、女として生まれながら魅力に欠けているからだ」

 

「……?」

 

 それは、仕方がないことなんじゃないか?

 あのくらいの歳で魅力的なオーラを放てというのが無茶である。

 むしろあれくらい純粋な子の方が可愛く見えるではないか。

 

 けれど、元メロメロ大陸の長であるアメリアにとって、魅力とはそういう意味ではないのかもしれない。

 サキュバスの女王として、魅力のない者を嫌うのは当然と言えば当然なのだ。

 ということを聞き、なぜかプランが得意げに相槌を打った。

 

「まあ、コマちゃんもまだ幼いッスからね。仕方がないッスよ」

 

「……言っておくが掃除当番、お前も私から見れば魅力に欠ける女の一人だからな」

 

「はえっ?」

 

 予想外の返答を受けて、プランは目を丸くする。

 するとアメリアは、そんなプランに鋭い目を向けると、視線を胸の位置で止めて”ふっ”と笑った。

 

「そのペチャパイ、うちの大陸では落第点だぞ」

 

「むかっ!」

 

 プランの額に青筋が立つ。

 

「だ、誰がペチャパイッスか!? ていうかあなたも人のこと言える立場じゃないッスよ! 何よりこれにはこれでそれなりの需要というものが……」

 

「さてと、腹も膨れたことだし、治療院に戻るとするぞノン」

 

「あっ、うん……」

 

 プランが異議を唱える中、それをまるで意に介す様子もないアメリア。

 そんな彼女を見て僕は、幼児化してても余裕のある奴だなと人知れず感心した。

 さすがはサキュバスの女王。こうなってくると、是非アメリアの元の姿も見てみたいものだな。

 そう考えながら、席を立つアメリアに続こうと、僕も椅子から立ち上がろうとする。

 だが……

 

「んっ?」

 

 ふとテーブルの上が視界の端に映り、反射的にアメリアを呼び止めた。

 

「おい、アメリア」

 

「……なんだ?」


 きょとんと首を傾げてこちらを振り向くアメリア。

 僕は彼女に呆れた視線を向けると、目の前に置かれている皿を指差した。

 

「人参」

 

「……」

 

「いや、何しれっと帰ろうとしてんのお前? これ食うまで帰らせねえからな」

 

 それを聞いて、アメリアは”うへぇ”と顔をしかめた。

 魅力に欠けるから子供が嫌いとか言っておきながら。

 お前が一番子供っぽいじゃねえか。

 

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