第45話 「朝食」

 

 まだ朝の早い時間帯だけど、広場にはたくさんの村人たちがいた。

 相変わらず、程よい活気に包まれている。

 その光景を珍しそうに眺めるアメリア。

 彼女が満足するまでしばらくその場を歩き回り、やがて僕たちは手近なご飯屋さんに入った。

 

 村の中でもかなり大きめな木造りの建物。

 二階建てになっており、どちらもお客さん用のスペースとして開放しているらしい。

 この村に来てからそれなりに時間が経つが、まだここには入ったことないな。

 新鮮な気持ちで一階の席につくと、僕たちはさっそくメニューに目を通した。

 

「あぁ、お腹空いたぁ。なに食べよっかなぁ」

 

 朝食のメニューは色々とあり迷ってしまう。

 同じくアメリアも眉を寄せてメニューを睨みつけていた。

 難しそうだな。アメリアの分は僕が決めてやるとするか。

 対してプランは鼻歌まじりにメニューを見て、嬉しそうに笑っていた。

 決まったか? という視線を向けると、彼女はうんうんと頷きを返す。

 

「すいませ~ん」

 

「は~い」

 

 店員さんに声を掛けると、すぐにやってきてくれた。

 エプロン姿の女性店員は僕たちの卓の前で立ち止まると、にこやかな笑みを向けて言う。

 

「ご注文をどうぞ」

 

「えぇ~とぉ……僕はモチモチ三角パンとプリプリトマトのスープ。この子にはピーピー鳥のオムレツとスヤスヤ牛のミルクを」

 

「あっ、アタシもノンさんと同じものお願いしますッス!」


「かしこまりました」

 

 注文を受け取った店員さんは、すぐに厨房の方へと引っ込んでいった。

 その姿を見送ってから僅か数分。

 別段待ったというわけでもないのに、「お待たせしました」と言われながら次々と料理が運ばれてきた。

 やがて注文した品がすべて揃うと、僕らは各々の調子で食べ始める。

 

 目の前には僕が頼んだ三角形のパンと赤いトマトスープ。

 焼きたてのパンと甘酸っぱい匂いが食欲をそそる。

 さっそくスプーンを持ち、ズズッと一口啜ると、プリプリトマトの風味が口いっぱいに広がった。

 むむ、美味いな。

 さすがは料理屋のご飯。

 器用さマックスのプランと同等の戦闘力がある気がする。

 

 次に、モチモチの三角形のパンをスープに付けて食べてみる。

 これまた美味い。

 元のモチモチとした食感と違い、甘酸っぱいスープが染みた部分もしんなりしていてとても美味しかった。

 

 あっという間に半分近くも食すと、僕は一度手を止める。

 見ると、同じく女性陣も順調に食べ進めていた。

 なんだかんだで大勢で食べると美味しいよな、なんて考えていると、不意にプランがアメリアの皿を見て小首を傾げた。


「んっ? 悪魔の間ではそういう食べ方が流行ってんスか?」

 

 釣られてアメリアの皿に目を移してみる。

 すると僕が彼女に頼んであげたオムレツの皿には、付け合わせのホロホロ人参だけが端っこにポツンと残されていた。

 

「ほう、察しが良いな掃除当番。その通り、これはメロメロ大陸に伝わる、料理を魅力的に食べる方法の一つだ。色の強い食べ物は食べて楽しむのではなく、あえて見て楽しむ。それこそが他者を魅了するサキュバスの美しい食事方法だ」

 

「……いや、ただ嫌いで残してるだけだろ」

 

 思わず僕はツッコミを入れた。

 何言ってんだこいつ。

 綺麗にオムレツだけ食いやがって。

 

 ていうかプランも、見た瞬間に普通にわかるだろ。

 なんだよ悪魔の間で流行ってる食い方って。

 二人のやり取りに呆れた視線を向けると、アメリアはバツが悪そうに目を逸らした。

 すかさず僕は自分のスプーンで人参をすくうと、アメリアの口元に持っていく。

 

「ちゃんと食べなさい」

 

「えぇ……」

 

「いや、”えぇ”ってお前、子供じゃねえんだから、野菜くらい普通に食べろよな」

 

 いい大人が人参とか残してんじゃねえ。

 今は子供の姿だけど。

 するとアメリアは、間近まで持ってこられた人参に顔をしかめながら言った。

 

「別に、野菜は食べられないわけではなかったのだが、どうもこの体になってから舌が受けつけんのだ。特に色の濃いものを見ると、猛烈な拒否反応が出る。甘いものならいくらでも食べられそうな気がするのだが」

 

「典型的な子供舌になってんな」

 

 これも幼児化の影響なのだろうか。

 しかしかといって野菜をおろそかにするわけにはいかない。

 辛いだろうが、僕は心を鬼にしてアメリアに人参を突きつけた。

 

「難しいのはわかるけど、それでも頑張って食べてみなさい。美味しく味付けされてんだから。はい、あ~ん」

 

「えぇ……別に一つくらい残しても」

 

「おいコラ」

 

 本物の幼児みたいに駄々をこねるアメリア。

 本当にこれが魔王軍の元四天王かよ、なんて思いながら、彼女にどうにかして人参を食べさせようとしていると……

 

「あぁ! 人参残しちゃダメなんだよぉ!」

 

 不意に隣から、もう一つ幼女の声が聞こえてきた。

 声の高さからして、今のアメリアと同年代くらいだろうか。

 確実に言えることはプランではない。

 彼女は今、僕がアメリアに差し出しているスプーンを物欲しそうに見つめている。人参好きなんだろうか?

 じゃあいったい誰が? と声のする方に目を向けてみると……

 

 そこには、茶色の短髪を揺らす活発そうな女の子――八百屋の店主レギルさんの妹、コマちゃんがちょこんと立っていた。

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