第44話 「お出掛け」

 

 朝の騒動から間もなく。

 すっかり目が覚めてしまった僕は、二度寝を諦めて始業の準備を開始した。

 本日も例外なく、治療院は営業するつもりである。

 そこで、始業の九時までまだしばらくあるので、今朝は僕が朝食を作ることにした。

 基本的に家事全般はプランの仕事なのだが、たまに僕が気分転換にご飯を作ることもある。

 

 というわけでさっそくキッチンへ赴き、食料棚を確認する。

 少し前までは朝ご飯を抜くことが多かったのだが、つい最近朝食の大切さを理解した。

 食べた日と食べなかった日の調子は全然違うんだよなぁ。

 今日は新人アルバイトも交えた営業になるから、是非とも力を付けておきたい。

 そう思って棚の中を覗いてみるが……

 

「あれっ?」

 

 そこはすっからかんであった。

 綺麗に何一つ残っていない。

 もう食材ってなかったっけ?


「お~い、プラン?」


「んっ? なんスか?」


「もう材料ってなかったっけ?」


「えっ……? あっ!」


 この治療院で買い物も担当しているプランに声を掛けると、彼女は『しまった!』と言わんばかりに顔をしかめた。


「そ、そういえば、昨日お買い物に行こうと思っていたのをすっかり忘れていたッス。ごめんなさいッスノンさん」


「あっ、いや、別にそれはいいんだけどさ。いつも家事に関しては徹底してるのに、なんかプランらしくないな」


「あ、あはは……。まあ昨日は色々あったッスから」

 

 確かにアメリアが押しかけてきて、結構バタバタしちゃってたからな。

 こいつも珍しく乱れていたし。ていうか怒ってたし。

 買い物をすっかり忘れてしまうのも納得できる。

 だから僕はこれといって、プランを咎めることはしなかった。

 しかしだとすると、朝ご飯はどうしようか?

 

 空の食料棚の前で、僕は腕を組む。

 材料がなきゃご飯は作れないしな。

 一応、家庭菜園で作っている野菜はあるけど、あんまり美味しくないし。

 今から村の中央広場に買いに行くか?

 あっ、いや、それならいっそ……


「朝飯食いに行くか。村の中央広場まで」

 

「えっ? 外食ッスか? なんでまた急に?」

 

「今から広場に食材を買いに行ってもいいけど、どうせなら何か食べに行こうって思ってさ。この時間からやってるご飯屋さんも多いし。それに……」

 

 僕はちらりとアメリアの背中を一瞥する。

 彼女は、練習したばかりの接客を試したくてしょうがないのか、今か今かと窓の外を見てお客さんの姿を探していた。

 ぴょんぴょんしたり背伸びをしたり忙しい奴である。まだ営業は開始してないのに。

 まあそれはいいとして、僕はそんなアメリアを見ながら、ふとした思い付きで提案した。

 

「アメリアも村の見学ができるだろ。村の人たちにも顔見せられるし、ちょうどいいんじゃないか」

 

「は、はぁ……」

 

 プランは鈍い反応を示す。

 そして当のアメリアといえば、話の内容を聞いていたのか、少し驚いた様子でこちらを振り返った。

 次いで軽くそっぽを向きながら答える。

 

「ふ、ふん。まあ、行ってやってもいいぞ。だがあまり村人たちとの接触を促すことはやめてくれよ。まだ上手く話すことができるかわからんからな」

 

「おう」

 

 頷き返すと、アメリアは外出するための準備を始めた。

 あまり乗り気ではないような発言をしていたが、心なしか嬉しそうに見える。

 よかった。てっきり断られるかと思ったから。

 

 村人たちと接することに不安を覚えているようではあるが。

 その反面、村の見学を楽しみにしているようにも見える。

 この提案は正解だったかもしれない。なんて思っていると、ふと隣から視線を感じた。

 いつの間にやらプランが、すぐ真横で不機嫌そうに僕を見上げていた。

 

「あの、アタシがアルバイト入りした時と、だいぶ扱いが違う気がするんスけど」

 

「……気のせいだよ気のせい」

 

 そういえば、こいつが入ってきた時は、ここまで手厚く歓迎はしていなかったな。

 しかしそれも些細な差しかないので、別に気にするほどのことでもないだろう。

 いまだにアメリアに対抗心を燃やすプランを無視し、僕も外出の準備を始めた。




――――――――




 晴れ渡った空の下。

 村の中央広場まで続くあぜ道を、三人で並んで歩いていた。

 聞こえてくるのは人数分の足音と、小鳥のさえずりのみ。

 この静けさこそが、僕がノホホ村に惚れた要因の一つである。

 

 トラブル続きだった最近、この静けさが恋しくて仕方がなかった。

 頑張れば頑張るほど念願のスローライフが遠のいていき、日々絶望したものである。

 それがこうして無事に戻ってきたので、本当に我慢してきてよかった。

 これ以上の面倒ごとは絶対に勘弁だ。

 そう考えながらぐっと背中を伸ばしていると、不意にアメリアが鼻を摘まみながら口を開いた。

 

「おいノン、腰に付けているそれはなんだ?」

 

「はいっ?」

 

 見ると彼女の視線は、僕の腰に携えられているナイフに向けられていた。

 これが気になっているのか?

 

「これ、もとはネビロの私物なんだよ。それを倒した褒美として僕がもらって、今は完全に僕の愛剣になってる感じだ。最初は僕も不気味だと思ってたんだけど、色々とこいつには助けられてるし、なんか持ってると不思議と安心できるから。まあお守り代わりみたいなもんだな」

 

「なるほどな。だからあのじじいの臭いがこんなにするのか」

 

「……?」

 

 臭い?

 僕は特に何も感じないけど。

 魔族にしかわからない独特のものなのかな? なんて思いながら、僕はふと疑問を抱く。

 

「そういえばネビロのやつ、魔王軍四天王にいるときに他の四天王たちから色々とひどい扱いを受けてたって言ってたけど、お前たちあいつに何してたの?」

 

 奴との別れ際、そんなことを聞いた覚えがある。

 それをふと思い出したので聞いてみると、アメリアは少し不機嫌そうに答えた。

 

「ふん、私は別に何もしていない。奴は状態異常の耐性が高かったから、魅了魔法がまるで通じなかったのだ。つまらん奴だと思って私は無視していた。しかし他の二人はネビロをおもちゃのようにして遊んでいたな」

 

「……例えば?」

 

「首だけ出して砂の中に埋めたり、部屋を突然暗くして怖がらせたり」

 

「……」

 

 そんなしょうもないことする四天王がいてたまるか。

 とツッコミたいのは山々なれど、間を空けずにアメリアが続けた。

 

「奴の死霊術ネクロマンスは確かに目を見張るものがあったが、肝心のあいつ本体がかなり弱すぎた。だからよくからかいの対象になっていて、主人がいじられてる中、従者のアンデッドたちがオロオロしているのを見るのも楽しんでいたぞ」

 

「お前らネビロのこといじめすぎだろ」

 

 なんとなく疑問に思ったことを聞いてみただけなんだが、想像以上にネビロはしょうもない目に遭っていたみたいだ。

 ていうか魔王軍の四天王がそんな子供みたいなことするのか?

 にわかには信じられない。

 

 それにしても、アメリアとネビロ以外の四天王か。

 確か、東のグラグラ大陸と南のサンサン大陸にいるんだよな。

 その二人について聞いてみたい気もするけれど、これ以上踏み込むとまた関わり合いになりそうだからやめておいた。

 ていうか今思ったけど、アメリアがアルバイトとして入っている現状、四天王の情報は聞き放題なわけなんだよな。

 だからって別にどうするつもりもないけど。

 

「あっ、ちなみにこれで傷つけられた相手は、少しの間呪い状態になったりするから、アメリアも触るんじゃないぞ」

 

「言われなくても、あのじじいが作った物なんか触らんわ。弱虫がうつる」

 

「……」

 

 そんなに嫌ってやるなよ。

 案外良い奴だったじゃねえか。

 なんて他愛のない話をしている間に、村の中央広場に到着した。

 

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