第38話 「西のアメリア」

 

 眼前の景色は依然として変わらず、小さな女の子が立っているのみ。

 それなのにただならぬ気配が押し寄せてきて、知らず知らずのうちに僕は足を引いていた。

 そして少女が告白したことについて考える。

 

 リアちゃんが四天王のうちの一人?

 冗談はやめていただきたい。

 あんなにご両親思いの優しい子が、魔王軍の幹部のはずがないではないか。

 

 そう願ったとしても、決して現実は変わらず、やはり薄気味悪い笑みを浮かべるリアちゃんがいた。

 否、魔王軍四天王の一人――『西のアメリア』がいた。

 

「まさか、こんなに簡単に騙されてくれるとはな。さすがの私も驚きだぞ。少しお人好しがすぎるのではないか? 高速の癒し手」

 

「……」

 

 ……はい、そうですね。

 びっくりするぐらい見事に騙されてしまった。

 お人好しというか、人を疑うことを知らないとでも言うのだろうか。

 

 しかしそれを言うなら、彼女の演技力もなかなかのものだったように思える。

 僕だけじゃなくてプランまで騙されてしまったのだから。

 と、そんなプランは、いまだに目の前の現実を受け入れることができないようで。

 終始苦笑いをしていた。

 

「あ、あはは……リアちゃんおかしなキノコでも食べたんじゃないッスか。ごっこ遊びにしても趣味が悪いッスよ」

 

「いや、キノコなんて食ってるシーン一度たりともなかっただろ」

 

 ここに来てもまだおバカプランを炸裂されるつもりなのか。

 またしてもプランは僕を呆れさせた。

 それに対してアメリアは、さらに事実を突きつけるように続ける。

 

「そう、これは冗談ではない。私は正真正銘、魔王軍四天王の一人『西のアメリア』だ。信じられないのも無理はないだろうがな」

 

「……」

 

 妙な緊張感が漂う中、僕はアメリアに問いかけた。

 

「なんで、こんなことをしたんだ?」

 

「あっ?」

 

「わざわざ僕たちに薬草採取を依頼して、こんなところにまで連れてきて。目的はいったいなんなんだ」

 

「目的、か。見ればわかるだろうと言いたいところだが、少々複雑な話も絡むことだしな。まあひとまず言えることは、私には薬師の両親などいない」

 

「いや、んなことはもうわかってんだよ」

 

 そうじゃなくて、なんでそういう嘘を吐いてまで僕たちをここに連れてきたのか聞いているんだ。

 という心中の声が届いたわけではないだろうが、彼女はさらに続けた。

 

「私はこのボウボウ大陸の隣にあるメロメロ大陸を治めている魔王軍の四天王だ。そしてついこの間、久々に別大陸の侵略でも始めようと思い立ち、私は仲間を引き連れてこのボウボウ大陸までやってきた」

 

「えっ、ここに? なんでこんな場所に来たんだよ? ここには人なんていないだろ」

 

「人が居ずとも魔王軍の領地を広げる意味として、侵略する価値は大いにある。思った以上に近場だしな」

 

 はぁ、なるほど。

 すぐ真隣のメロメロ大陸を治めているアメリアが、さらに領地を広くしようと考えたのなら、まず真っ先にここを攻め落としに来るはず。

 ここは半魔大陸で人もいないし。

 植物たちに対抗できれば怖いものはないのだから。

 しかし……と僕は、アメリアが陥った事態についてあらかた悟った。

 

「それでお前は、この大陸の侵攻中に植物の被害に遭って、治療が必要になったと。その薬を飲んだところを見ると、症状は僕と同じで体が小さくなったってところかな」

 

「ほう、察しが良いな高速の癒し手。その通り、これは私の本来の姿ではない。本当の私はもっと背が高く、そこらの男どもが飛びついてくるような大人らしい体つきをしていたのだ。それがまさか、こんなちんちくりんな姿にされるとは、思ってもみなかったがな」

 

 ……やっぱりそうか。

 アメリアは僕と同じで、幼児化させてくる植物に引っかかったのだ。

 そのため治療が必要になったと。

 

「あれっ? でもなんで、僕の治療院に依頼を持ってきたんだ? 一緒について行った仲間たちがいるなら、そいつらに頼んで薬草を取ってきてもらえばよかったじゃないか。それにたとえ小さくなったところで、魔力はそのままのはずだろ? 現に僕がそうだし。最悪単独で薬草採取はできたはずだ」

 

 それなのにどうして……?

 という視線を向けると、彼女は軽く頷き返した。

 

「無論、お前と同じように私にもまだ魔力は残っている。魔王軍の四天王として恥じないほどの魔力がな。しかし私は、この体ではどうやったって満足に力が使えないのだよ」

 

「……?」

 

「メロメロ大陸。そこは男女・魔物問わず、踏み込んだ者たちを完璧に魅了し、使役してしまう魔の大陸。夢魔サキュバスと呼ばれる者たちが蔓延る魅惑の地だ。そして私はその夢魔サキュバスたちの長、アメリアということだ」

 

 サキュバス?

 他人を魅了し、完全に掌握する悪魔の種族だ。

 基本的には人間の、特に男性に対して有効な力を使うと言われているが。

 どうやらアメリアのところのサキュバスたちは、男女・魔物問わず魅了してしまうようだ。

 その力が、今の体のままでは使えない?

 

「……まさか、『そんな子供の体じゃ誰も”魅了”することができない。だから魔力はあっても魅了魔法が使えない』とか言うつもりか?」

 

「そう言うつもりさ。魅了魔法にとって大事なのは、いかにして対象に魅力的と思わせるかだ。だからこんな子供の体では、魅了魔法が使えないのだよ」 

 

「……」

 

 そいつは気の毒に。

 魔力があっても力が使えないのであれば、それは宝の持ち腐れ。

 魔王軍四天王の一人と言っても、力を封じられてしまえばただの魔物だ。

 だからアメリアは体を元に戻そうと考えたのか。

 

「さらに予想外だったのは、大陸の長である私の体が縮んだことによって、他のサキュバスたちの体も小さくなってしまったことだ。力を増幅させるために彼女らの魔力を束ねていたのがその原因だと思われるが、なんにしても一時的に私たちは戦えない状態になってしまったということだ」

 

 そこでアメリアたちは、体を元に戻すために色々と試行錯誤したらしい。

 まずは手持ちにある薬で治るかどうか。

 次に治癒魔法。

 しかしどれもまったく効果はなく、やはりボウボウ大陸で採取できる薬草が最も有効的という結論に至ったそうだ。

 だが……

 

「私たちにはボウボウ大陸を攻略できるほどの力なんて残されていなかった。次に行けばまた何か厄介な呪いを掛けられると危惧した。そこで、協力者を探した」

 

「協力者? って、それが僕だったってことか?」

 

「いいや違う。最初に探したのはネビロだよ。四天王の一人『北のネビロ』。あいつは毒や呪いに詳しいし、耐性だって持っている。それに存外しぶとい奴だからな、まだ生きているかもと考えたのだ」

 

 まさかのここでネビロの登場。

 でもまあ確かに、奴に協力を仰ぐのは大正解かもしれないな。

 呪いや毒が一切効かないのだから、この大陸ではほぼ無敵の力を発揮するだろう。

 しかし……とこれまたアメリアはかぶりを振った。

 

「ネビロが完全に消滅していたとは誤算だった。他の四天王たちは言うことを聞きそうもないし、私たちは一時とはいえ完全に治療の伝手を失ったのだ。しかし、それから少し調べてみると、ネビロを討伐したと思しき一人の人物が浮上してきた」

 

「えっ……? あっ、僕か」

 

「そうだお前だ、高速の癒し手。ネビロの臭いを頼りにその人物を追い、辿り着いたのは田舎村の小さな治療院だった。そこにいたお前を見てすぐに直感したさ。凄まじい実力を秘めていること、ついでに勇者パーティーの元回復役ゼノンということもな。だから……」

 

「僕の治療院までやってきて、健気な一人娘を装って依頼を申し出てきたってわけか」

 

 こくりと、アメリアは頷いた。

 なるほど、これで一通りの流れは理解できた。

 とにかくアメリアは今、自分の体を元に戻したいと考えているのだ。

 完成したそばから治療薬に手を伸ばしたのも納得できる。

 そう一人で勝手に完結させていると、再びアメリアは続けた。

 

「それだけではない。私はお前を軍に引き入れたいとも考えて接触を図ったのだ」

 

「軍に引き入れる? って、僕を?」

 

「あぁ。そのとんでもない実力はもちろん、勇者パーティーの元メンバーということで情報も聞き出せると思ったからな。それに、わざわざ薬草採取を手助けしてくれた礼だ。私自ら、元に戻った体でお前を魅了してやろう。私の下僕となるがいい、高速の癒し手」

 

「……」

 

 ぞくりと背筋が凍えた。

 確かにこれは、ちょっとやばいかもしれない。

 このままじゃ僕は奴の言いなりになり、勇者マリンたちの情報漏洩はおろか、大陸侵略の手助けまですることになってしまう。

 おまけに今は、大した抵抗もできない子供の姿。

 このために奴は、いち早くプランから薬を奪い取ったのだ。

 

 どうする、どうすればいい。

 僕も急いで薬を飲むべきだろうか。

 いやしかし、たとえ元に戻ったところで奴に勝てるわけではない。

 ネビロのようにアンデッドなら話は別だったのだが。

 どうすれば……

 

「ふふふ……ふふ…………ふはははははははは!」

 

 アメリアは勝利を確信し、高笑いを上げていた。

 対してピンチに陥った僕は、冷や汗を流して歯噛みする。

 

 僕がアメリアの正体にさえ気づいていれば。

 些細な違和感をそのままにせず、とことん追求していたら。

 こんなことにはならなかったのに。

 僕のせいで奴は、大人の……本来の姿に……

 

 本来の……姿に……

 

「ふはは! ふはははは! ふはははははははは…………んっ?」

 

 本来の姿に、一向に戻ることはなかった。

 奴はずっと幼い姿のまま、高笑いのポーズをとっている。

 どう……なっているのだろうか?

 

 僕だけじゃなく、さすがに奴も首を傾げた。

 効果が出るまで時間が掛かるのだろうか?

 いや、飲んだすぐ後に奴は調子づき始めたので、即効性ということをすでに知っているようだ。

 じゃあなんで……?

 

 すると突然……

 

「あっ!」

 

「「……?」」

 

 終始黙り込んでいたプランが、何かに気付いたような声を上げた。

 一斉に視線を向けられると、彼女は萎縮したように肩を縮こまらせる。

 次いで弱々しい声で僕に話しかけてきた。

 

「あ、あの、ノンさん……」

 

「んっ? なんだよこんなときに?」

 

「あの、その……」

 

 言いづらそうに身をよじるプラン。

 やがて彼女は、大変申し訳なさそうな顔をして、上目遣いにとんでもないことを告白してきた。

 

 

 

「入れる材料、間違えちゃったッス」

 

 

 

「「…………はっ?」」

 

 僕のみならず、アメリアまでもが、素っ頓狂な声を漏らした。

 二人とも間抜けな面を浮かべていたことだろう。

 その事実を飲み込むまでに、数秒のタイムラグが生じた。

 

「バッ、おま……あとちょっとで僕が飲んじゃうところだっただろうが! だから余計なもんまで取るなって言ったんだ!」

 

「す、すいませんッス。なんか袋がごちゃごちゃしてて、よく見てみたら……」

 

 そう言うとプランは、再び薬を作る道具を取り出し始めた。

 そして手際よく二本目の薬を作っていく。

 やがて完成したそれを、”今度は大丈夫ッス”と言ってこちらに差し出してくると、僕は訝しい気持ちで薬を受け取った。

 

 本当に大丈夫だろうな? 

 不安でいっぱいになりながらも意を決し、僕は小瓶を煽った。

 ごくごくごく。

 

「お……おぉ!」

 

 するとどうだろう。

 みるみるうちに背が伸びていき、だぼだぼだった服がぴたりと合うまで元に戻った。

 腕も足も、全部元通り。視線が地面から遠い。

 大人の体バンザイ。そう喜びながら前方に視線を移すと……

 

「……」

 

 今度は逆にぽか~んと口を開けるアメリアが突っ立っていた。

 間抜けな表情である。

 対して僕も絶体絶命のピンチから一転、形勢が逆転した事態について、多少の戸惑いを感じていた。

 

 この旅が始まってから、幾度も連れてきたのを間違いだと思っていたプランだが。

 さすがに今回ばかりは、”ファインプレーだぜ”と賞賛を送りたく思った僕なのだった。

 間抜け面で固まるアメリアに、僕は声を掛ける。

 

「えぇ~とそれで、下僕がなんだって?」

 

「あっ……えっと、その……」

 

 先刻の様子とは打って変わってしおらしくなったアメリア。

 どうすればいいのかわからないようだった。

 元の体に戻る希望も失い、正体もバラシてしまった今、逆に絶体絶命のピンチに陥っている。

 すると奴は、最後の悪足掻きを試みた。

 

 両目に手を当てて、ぐすっと鼻をすする。

 そして思わせぶりにしくしくと声を漏らすと、ちらりと上目遣いになって、猫撫で声を上げた。

 

「リアのために、もう一つお薬を作ってほしいのですぅ」

 

「バカにしてんのかお前」

 

 というわけで、なんともバカな理由で四天王の正体が明かされたのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る