第37話 「お薬できました」

 

「ふぅ~、一時はどうなることかと思った」

 

 最後の薬草を採取できた僕たちは、安全な洞窟を見つけてその中で休んでいた。

 小さな身体を酷使した僕だったけど、今ではすっかり元気を取り戻している。

 やっぱりゆっくりするのが一番だよな。体はまだそのままだけど。

 そして、パスさんが転移門を開いてくれるまでの間、僕たちはここで暇を持て余していた。

 

「あ、あの……」

 

「……?」


「この度は、その……危ない中で薬草を取っていただいて、ありがとうございました」

 

 岩場に腰掛けていると、リアちゃんが改まった様子でお礼を言ってきた。

 先ほど、薬草を取るために無茶をした僕を見たから、謝意がこみ上げてきたのかもしれない。

 僕はかぶりを振る。

 

「いいよ別に、今さらお礼なんて。それに僕だってこの体を治さなくちゃいけなかったし、全然気にしないで」

 

 もうあんな目に遭うのはごめんだけど。

 そう言ってあげると、リアちゃんは安心したように微笑んだ。

 

「優しいんですね、ノンさん。そ、それで、その……」

 

「……?」

 

「もう薬草は揃っているので、薬を作ってしまいませんか? ノンさんの体だけでも、治しておいた方がいいと思うので」

 

「あっ、うん……」

 

 ……それはまあ、確かに。

 もう薬草が揃っているのなら、僕の体だけでも治しておいた方がいいだろう。

 ちょうど薬を作る道具も持ってきているし。

 それにもし取った薬草が間違っていたら困るので、この場で僕がお試しという形で確認するのが得策のはずだ。

 大いに納得できるリアちゃんの提案を聞いて、僕は頷き返した。

 同じくそれを耳にしたプランが言う。

 

「アタシに任せてくださいッス! 以前パナシアさんの調合を見て、作り方は完璧に覚えましたので!」

 

「おぉ、頼んだぞぉ」

 

 自ら調合係に名乗り出たプランは、さっそく薬の調合に取り掛かり始めた。

 薬ができるまでの間、僕とリアちゃんはしばし待機。

 時折、”あれぇ?”とか”ん~?”などこちらの不安を煽るような声が聞こえてくるが、ここはプランを信じてじっと待つ。

 その間、不意にリアちゃんが話しかけてきた。

 

「それにしても、すごいですねノンさん」

 

「えっ?」

 

「あの、応急師の回復魔法。詠唱なしで回復魔法が使えるなんて」

 

「あぁ……。まあ、ただそれだけなんだけどね。それ以外は普通の治癒師と何も変わらないよ。ただまあ、それが今回ボウボウ大陸では有効だったから、運が良かったって感じかな」

 

「そう……ですか」

 

 そこで話は途切れてしまう。

 応急師の力に興味があるのだろうか?

 彼女はぎりぎり天職を授かれる年齢であろうが、取得しているかどうかはわからない。

 将来は治癒師として活動したいと考えているとか?

 そこばっかりは神様頼りなので、僕から助言できることはないのだが。

 なんて考えていると……

 

「じゃじゃーん! できましたッス、ノンさんリアちゃん! お試ししてくださいッス!」

 

 かなり早くプランが、一本の薬を仕上げてきた。

 手には、青色の液体が入った小瓶が握られている。

 あれが治療薬。

 リアちゃんのご両親にも、僕の小さくなった体にも効くという少し不思議な薬だ。

 

 んじゃさっそく……と僕は、プランの持つ薬に手を伸ばしかけた。

 が、その瞬間――

 バシッ! と彼女の手から、薬が素早く取られてしまった。

 

「えっ……」

 

 突然のことに、僕とプランは目を丸くする。

 薬の行き先を視線で追ってみると、そこにはリアちゃんが立っていた。

 彼女の小さな手に、薬が握られている。

 

 なんだ? 念願の治療薬を前に、感極まって取ってしまったのだろうか?

 まあ、それも無理はないのかな?

 と、呑気なことを考える僕の耳に……

 

「ふ……ふふ……」

 

「……?」

 

 ふと、些細な笑い声が聞こえてきた。

 幼い女の子の笑い声。

 前髪に隠れて表情は定かではないが。

 確かにこの声は、リアちゃんの唇から零れていた。

 おまけに彼女の頬は、心なしか……不気味に緩んでいるように見えた。

 

 

 

「ふふふ……ふふ…………ふはははははははは!」

 

 

 

「…………リ、リア……ちゃん?」

 

「ようやくだ。ようやく手に入れたぞ、この治療薬。これで私は……」

 

 まるで人が変わってしまったかのような口ぶり。

 呆然とする僕らの前で、リアちゃんはたたたと洞窟の奥へと走っていってしまった。

 すぐに立ち止まると、次いで彼女はプランから奪い取った薬を盛大に呷る。

 ぐびぐびぐび。

 良い飲みっぷりを見せたリアちゃんは、薬の入っていた小瓶を投げ捨てると、口の端から垂れた液体を袖で拭いながら、おもむろにこちらを振り向いた。

 

「ご苦労であったな人間。おかげで私は力を取り戻すことができた」

 

「「……」」

 

 いまだに固まる僕とプラン。

 唐突に突き付けられた現実を、すぐに受け入れることができなかった。

 これは本当に、リアちゃんなのだろうか?

 

「おっと、これは申し遅れたな」

 

 まるで僕の心中を覗いたかのように、リアちゃんは言う。

 そして胸元に手を添えると、彼女は目を疑うような悪魔的な微笑をたたえた。

 

 

 

「私の名前は。ここの真隣にあるメロメロ大陸を治めている魔王軍四天王の一人、『西のアメリア』だ。よろしくな……『高速の癒し手』」

 

 

 

 今さらながらの自己紹介に、僕とプランはぽか~んと口を開けていた。

 

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