第36話 「最後の薬草」
一騒動を終えて、再び薬草探しを再開した僕ら。
僕の体が縮んでしまった影響もあり、やはり先刻よりも時間を掛けて捜索をする羽目になった。
魔物に見つかったら、まずこの体では勝ち目はないし、慎重に進まざるを得ない。
おまけに慣れない体でバタバタと何度も転んでしまうし、最悪の状況である。
しかしそんな中でも、新たな発見があった。
「小さくはなったけど、魔力はそのままなんだな」
僕は小さくなった自分の手をにぎにぎしながら言う。
「ここまで結構、回復魔法を使ってきたけど、まだまだ魔力には余裕があるし。体が小さくなっても別に問題はないんだな」
もちろん、運動能力には多大な影響はあるが。
それでも魔力が減少しないのであれば、ボウボウ大陸の攻略も絶対に不可能というわけではない。
という僕の声を聞いたプランが、不意に答えた。
「じゃあやっぱり、もう元に戻らなくてもいいんじゃないッスか? その姿でも治療院は続けられるんですし」
「いいわけないだろ。治療院は続けられるかもしれないけど、こんな子供が院長やってたらみんなびっくりするだろうが。それに僕はこの体嫌いだ」
「えっ? なんでッスか?」
「色んな人にバカにされそうだから。現に……」
僕はこめかみに青筋を立て、手を振り払った。
「いつまで手ぇ繋いでんだよ! 子供じゃねえんだぞ!」
「あっ、ちょ、ダメッスよノンさん。迷子になったらどうするんスか?」
「なんねえよ! 歩きづらくてしょうがないわ!」
だから嫌なんだよこの体!
さっきからずっとこっちの手ぇ握ってきやがって。
珍しくカンカンに怒ってみるけれど、やはり子供の姿では迫力に欠けるのだろうか。
プランは懲りずに僕と手を繋ごうとした。
転んだら危ないということらしい。もうすでにめっちゃ転んでるけど。
ちなみに反対の手にはリアちゃんの手が握られている。
両手を僕らと繋いで、お母さんごっこでもやりたいのだろうか。
勘弁してくれ。
「あっ、あそこに生えている植物、次の薬草です」
「えっ、ホントリアちゃん?」
突然のリアちゃんの声に、僕は前方に目を凝らす。
するとそこには教えてもらっていた通りの薬草が生えていた。
これで三つ目である。
「ほらプラン、しっかり持っとけよ」
「はいッス! 任せてくださいッス!」
摘み取ったそれをプランに渡すと、彼女は嬉しそうに道具袋の中に仕舞った。
薬草の管理はプランがしている。
今回自分は何もできていないからと、せめて荷物持ちと薬草の調合はしたいと申し出てきたのだ。
荷物持ちはまあわかるけど、なんで調合まで? という疑問は抱かないでおいた。
リアちゃんの言うようには、それぞれの薬草を水に浸して、成分が滲んだその汁を混ぜ合わせれば完成ということなので、そこまで難しいことではないし。
と、そんなことを思い出していると、プランの道具袋の中身がちらりと視界に入り、僕は言った。
「つーかお前は余計なもんまで取ってんじゃねえよ。ただでさえ似た植物が多いんだから、わかんなくなっちゃうだろうが」
「す、すいませんッス。これも盗賊の
なんだよ盗賊の性って。
拾える物は拾っておきたいとかそんな衝動に駆られるのだろうか?
道具袋の中は薬草のみならず、色んな植物で渋滞になっていた。
まあお金に困ってる今、売れたり使えそうな物は取っておいて損はないだろう。
なんて、そんなこんなのやり取りをしながら、僕たちは大陸を進んでいく。
何度も植物たちに襲われはしたものの、次第に慣れてきた僕らは難なくそれらを乗り越えた。
そして、休憩を挟みながら数時間の探索を続けると、やがて僕らは一つの広場にたどり着いた。
「あれが……最後の薬草?」
「は、はい」
周囲をぐるりと木々で囲われた、ほぼ円形の広場。
その中心には黄色い草が生えていた。
あれが最後の薬草。
あれを手に入れれば、リアちゃんからの依頼は達成される。
さっそく取りに行こうと考えた僕だが、しかしその場から動くことができなかった。
なぜならば……
「……なんだあれ?」
広場の中央には、いかにも物騒な植物種の魔物が、薬草を守るようにして佇んでいたからだ。
茨を編んで作られたような等身大の人形。
全身にトゲが生えている”茨女”とでも呼ぶべきだろうか。
近づけばやられる。
それだけは直感で悟った。
薬草を守る守護植物と思われるそれを見た僕は、ごくりと小さく息を呑む。
おそらく先ほどまで戦ってきた植物種の魔物たちとは別格の強さを秘めているだろう。
おまけに今は体が縮んで、まともに戦える状態ではない。
ふむ……
「……よし。行けプラン」
「えっ? アタシッスか!? あんな強そうなのに勝てるわけないじゃないッスか!? ていうか、なんでアタシが……?」
「僕はこんな体になっちゃったし、もうお前くらいしか戦える奴がいないんだよ。それにあいつ今、顔を伏せて眠ってる状態みたいだから、上手くいけば気付かれずに薬草を取れるんじゃないのか? …………たぶん」
「ちょ、怖いこと言わないでくださいッス!」
嫌ッス嫌ッス! と激しくかぶりを振るプラン。
まあ、嫌がるのも無理はない。
しかしここは是非ともプランの力を借りたいところだ。
この中で唯一大人の体を持つプランは、運動能力的にも断トツと思われる。
そこに盗賊系のスキルを合わせることによって、こっそりとした薬草採取もできるに違いない。
という僕の意図が伝わったのか、拒んでいたプランがやがて渋々と頷いた。
「……わ、わかったッスよ。とりあえず行ってみますッス。いや、めちゃくちゃ怖いッスけど」
「頼むぞプラン。危なくなったら、すぐに戻ってくればいいから」
「は、はいッス」
というわけでプランは、薬草が生える広場の中央へと歩んでいった。
僕とリアちゃんは彼女にすべてを託し、じっと見守る。
するとプランはすでに何かのスキルを使っているのか、草の生えた地面を歩いているのに足音がしなかった。
あれなら行けるか……?
と、思った矢先――
「シャアァァァ!!!」
顔を伏せていたはずの茨女が、突然面を上げて悲鳴を轟かせた。
その様子に、プランのみならず傍らの僕たちもぎょっと目を見開く。
そして気が付けば奴は、茨で出来ている腕をまるで”槍”のように前に伸ばし、プランの胸元を貫くべく攻撃してきた。
すかさず僕は走り出す。
「プラン!」
小さな体でプランに飛びつくと、間一髪のところで茨の槍を避けることができた。
驚いたプランは、思わず目を丸くする。
怖い思いをしたせいか体も固まり、しばしその場から動くことができなかった。
そんな彼女を背に庇い、僕はナイフを握って小さな体を身構える。
こうなってしまったら、もう戦わざるを得ない。
プランには無茶をさせてしまったし、ここから先は僕だけで……
そう思って慣れない体を懸命に動かし、茨女に立ち向かっていった。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
若干、舌足らずな声で雄叫びを上げると、それに応えるようにして茨女も応戦してきた。
先刻と同じ茨の槍が伸びてくる。
それをなんとか紙一重で回避し、変わらず敵に向かい続けた。
ちょっと掠った。でもこれくらいなら大丈夫。
ナイフを片手ででは握れないので両手でしっかりと握りしめると、敵の隙だらけの茨の腹に、力一杯に刃を突きこんだ。
「はあっ!」
が、しかし――
茨の体に刃が通ることはなく、『キンッ!』と甲高い音を立てて大きく弾かれてしまった。
硬い。ナイフの切れ味は申し分ないのだが、今の子供の力では断ち切るのはかなり難しいぞ。
密かに歯噛みしていると、今度は奴の攻撃の番になった。
茨の足を振り上げて、小さな僕の体を蹴りつけてくる。
「ぐあっ!」
ザクザクッと嫌な痛みが腹部に走り、軽い体はボールのようにして飛ばされてしまった。
草だらけの地面に四肢を投げ出し、僕は浅い呼吸を繰り返す。
見ると面積が小さくなった腹は鮮血にまみれ、茨のトゲ状に穴が空いていた。
その悲惨な姿を見たのか、プランとリアちゃんの小さな悲鳴が聞こえてくる。
すかさず僕は腹に手をかざし、回復魔法を発動させた。
「ヒール、ヒール」
素早い二度掛けにより、傷は即効で完治する。
痛みには慣れているつもりなのでそこまで大したことではないのだけれど、プランとリアちゃんには心配を掛けてしまったようだ。
もう油断しないと思いながら立ち上がり、身構え続ける茨女に視線を向ける。
にしてもあの硬さ、いったいどうすれば攻略できるだろう。
僕の力では到底ダメージを与えられないし、植物種に有効そうな火属性の魔法だって使えるわけじゃない。
武器もこれ一本だし……
「武器?」
ふと手元の黒いナイフに目を落とす。
魔王軍の北の四天王ネビロからもらった、ドクロの柄頭が特徴の禍々しいナイフだ。
そういえば、これって……
「シャアァァァ!!!」
思考を遮ってくるように、茨女は再び攻撃を仕掛けてくる。
悠長に考えている場合ではない。倒せる可能性があるならそれに賭けるまでだ。
イチかバチか、ネビロの言葉を信じてこの戦いに挑む。
「やあぁぁぁぁぁ!!!」
黒ナイフを両手で握った僕は、またも掠りながら茨の槍を掻い潜った。
目の前で鮮血が散るが、そんなのはもうどうでもいい。
今はとにかく前に――!
そうしてようやく茨女の目前までたどり着くと、ナイフで奴の腕を鋭く掻く。
一撃で決めるような攻撃じゃない。少しでも傷を付けられたらそれでいいのだ。
その思いがナイフに届いたのか、子供の力でもなんとか掠り傷程度を負わせることに成功した。
すると、次の瞬間――
「シャ、アァァァァァ!」
茨女は泣き叫ぶような声を響かせる。
よくよく見ると奴の体からは、薄くて黒いもやが漏れ出ていた。
ネビロの言っていたことは正しかったようだな。
この黒いナイフは、切った相手を少しの間だけ呪うことができる、ネビロ手製の一級品だ。
たとえ爪で引っ掻いたような掠り傷程度でも、相手を確実に呪うことができる。
これなら!
「いくぞ茨女!」
僕はナイフから左手を外し、その平を相手の腹部にさっとかざす。
触れるか触れないかの距離を空けて左手を構えると、僕はにやりと頬を緩めた。
くらえ――!
「ヒール!」
真っ白な光が瞬き、癒しの効果が茨女の体に溶け込んでいった。
「シャアァァァァァァァァァァ!!!」
すると茨女は、先ほどよりも一層悲痛な叫びを上げて地面に倒れた。
その姿に、プランとリアちゃんは驚いたように目を丸くする。
これは呪いによる回復魔法の反転だ。
呪い状態で回復魔法を受けると、その効果は逆転して体を容赦なく蝕んでくる。
癒しではなく蝕み。
切った相手を確実に呪うことができるこのナイフをネビロが渡してくれた時、どう使うか決めろと言ったのはこういう意味だったのだ。
これがあれば僕の平凡な回復魔法も、敵を攻撃する刃に変換することができる。
たとえ敵わない相手にぶつかったとしても、勝てる可能性が生まれた。
そのナイフを大事に収めて、僕は仲間の待つ場所へと帰っていった。
僕は少しだけ強くなった。
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