第35話 「楽園」

 

「……うっ」

 

 目が覚めると、すぐ眼前にはプランの顔があった。

 不安と戸惑いが入り混じった表情をしている。

 隣を見てみると、そこには似たような顔をするリアちゃんもいた。

 同じく、僕の顔を静かに覗き込んでいる。

 やがて僕は体を起こし、冷や汗を滲ませながら口を開いた。

 

「い、今のはさすがに危なかったな。何もなかったからよかったけど、もし消化液とかだったら……」

 

 と、その瞬間……

 僕は自身が発した声に、とても激しい違和感を覚えた。

 なんだか不思議と、声が高いような……?

 ていうか心なしか、服もぶかぶかしているような……?

 なんだろう? いったい何が起き……

 

 ふと思い、僕は自分の体を見下ろしてみた。

 

 

 

「な……な…………なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 絶叫。

 大陸全土に響くのではないかというくらい、僕は腹の底から声を張り上げた。

 あまりに信じがたい光景が、僕の瞳に映ったからである。

 なんで? どうして?

 体が……僕の体が……

 

 まるで子供のように、縮んでしまっていた。

 

「な、何がどうなって…………って、あっ、そっか」

 

 さっきの小さな植物から放たれた、正体不明の液体のせいだ。

 おそらく、触れた人間を幼体化させる未知の毒草。

 まだまだ未解明な植物は数多くあり、ボウボウ大陸はそれらが集まっている場所と言っても過言ではないから、そういう毒草があっても不思議ではない。

 ていうかそうとしか考えられない。

 

 にしても、なんでこんなタイミングで。

 最悪の状況である。

 プランとリアちゃんの二人が戸惑うのも納得だな。

 このままじゃろくに……

 

「んっ?」

 

 と、不安を募らせる中。

 ふと前方から異様な視線を感じた。

 顔を上げてみると、そこには変わらずプランがいた。

 幼児化したことにより少し上の位置にある彼女の表情。

 それは不思議と、ぴたりと固まっていた。

 やがてプランが虫の羽音にも満たない声を漏らす。

 

「…………か」

 

「か?」

 

「か、か………………可愛いッッッスーーー!!!」

 

「わぷっ!」

 

 突如、視界が暗転した。

 否、プランに抱きしめられた。

 

「なんスかこれ!? なんスかこれ!? 超絶可愛いッス! やばいッス! 食べちゃいたいッス!」

 

「い、いででで! やめろやめろ! ぎゅってすんな!」

 

 慎ましい胸にぐりぐりと頭を押し付けられて、僕は苦しみに顔を歪める。

 傍らのリアちゃんは助け舟を出してくれそうにもない。

 

「なんなんだよお前!? 急に元気になりやがって!」

 

「だって可愛いんスもん! しょうがないじゃないッスか! そんな幼い姿でふてぶてしい感じとか出さないでくださいッス!」

 

「意味わかんねえよ! ていうかふてぶてしいとか余計なお世話だ! つーか怖い」

 

 プランの急激なテンションの変化について行けない。

 何がそんなに嬉しいのだろうか。

 

「この前は兄と妹とか言いながら、なんだかんだノンさんは弟になりたかったんスね。それならそうと素直になってくれたらよかったッスのに。お姉ちゃん嬉しいッス」

 

「誰が弟だよ。さっきの植物のせいだろうが。いいからもう下ろせ。しつこい」

 

 半ば強引に拘束を解いて、ようやく解放に至る。

 苦しかった。

 こいつのテンションの変わりようはいったいなんなんだ?

 人がこんなに大事態に陥ってるっていうのに。

 だらんとした服をどうにか寄せ集めて、最低限歩けるようにしていると、不意にプランが感嘆の吐息を漏らした。

 

「はぁ~……なんスかここは? 右を見れば幼くて可愛いリアちゃん。左を見ればふてぶてしさだけが残った幼児ノンさん。ここはひょっとして楽園ッスか?」

 

「いや、バリバリの地獄だろ」

 

 どんだけ危ない植物たちが襲ってきたと思ってやがる。

 僕は自身の体を改めて見下ろして、やはりここは地獄だと思い嘆息した。

 次いで舌打ち混じりに呟く。

 

「にしても、この体どうすんだ? 回復魔法じゃ治りそうにないし、このままじゃろくに戦えないぞ」

 

 それを耳にしたプランが、思いつきで口をつく。

 

「もういっそのこと、ずっとそのままでいいんじゃないッスか? ノンさん見てると楽しそうですし、何より可愛いですし。ていうか、アタシもあれ浴びてきていいッスか?」

 

「プランまでちっこくなってどうすんだよ!? これは緊急事態なんだぞ! もうちょっと危機感を持て! いつもの役に立つお前はどこに行ったんだよ! ていうかこれっぽっちも楽しくないわ!」

 

 なんでこいつはこんなにあっけらかんとしていられるんだよ。

 僕が慌てすぎているだけなのか?

 当事者である僕と違って平然としているプラン。

 彼女と気持ちの波長が合わないことに困惑しながら、とりあえず僕はこれからのことを考えた。

 

「これは一度、薬草を探すのを諦めて、どこか安全地帯で大人しくしていた方がいいかもしれないな」

 

「えっ……」

 

 声を漏らしたのはリアちゃんだった。

 

「ごめんなリアちゃん。このままじゃどう考えても、リアちゃんとプランの二人を守れないと思うから。だからここは一度、薬草採取を中止したいと思うんだ」

 

「……」

 

 その提案に、彼女は落ち込んだように顔を伏せる。

 申し訳ないのだけど、さすがにこの状態で薬草探しは続けられない。

 だって現状、十歳前後の子供二人とバカ一人しかいないのだから。

 

「……ノンさん、今なにか失礼なこと考えてないッスか?」

 

「……考えてないよ」

 

 だから今はとにかく、どこか安全な場所に隠れて、パスさんの転移門が繋がる時間まで待っておいた方がいい。

 リアちゃんは一刻も早く、ご両親の病を治してあげるために薬草がほしいところだろうけど。

 という苦渋の選択を迫られ、彼女は迷いながらも答えた。

 

「あ、あの、それでしたら……」

 

「……?」

 

「今私たちが探している薬草で、その体も元に戻すことができる……と思います」

 

「えっ?」

 

 予想外の返答に、思わず僕は目を丸くする。

 

「そ、そうなの?」

 

「は、はい……たぶん」

 

「……そ、そっか」

 

 えっ? ならこのまま、薬草探しを続行した方がいいのか?

 どっちにしろ僕の体を治すためにも、薬草は必要になるだろうし。

 にしても、ご両親のための治療薬で、なんで僕の体まで元に戻すことができるのだろう?

 まさか同じ植物にやられて……?

 いや、それならそうとリアちゃんが言っているはずだし。

 まるで訳がわからない状態である。


 でもまあ僕は、薬草に関してはてんで素人。

 だから薬師の娘であるリアちゃんの言うことの方が、断然正しいことになるのだ。

 だったら彼女の言うことを信じて、薬草探しを続けた方がいいのかも。

 

「そ、それに、今やっと一つ目を見つけました。残りは三つです」

 

「あっ、そう……。な、なら、このまま薬草採取を続けることにするか。さっきみたいに庇ってやることはできなくなるかもしれないけど、一層慎重に進めば、まあ大丈夫だろうし」

 

「は、はい」

 

 僕が方針を変えたところを見て、リアちゃんは嬉しそうに頷いた。

 ちょっと不安は残るものの、注意して進めば罠は回避できるだろう。

 たとえ大人しくしていても、何が起こるのかわからないのだし。

 ならばこのまま依頼続行で、早々に薬を作った方がいいよな。

 改めてそう思い、このままボウボウ大陸を進むことに決めた。

 

 と、その決意の裏側で……

 妙にこちらを急かすリアちゃんに、一抹の違和感を覚えるのであった。

 

「安心してくださいッス。いざとなればお二人は、このプランお姉ちゃんがしっかり守ってみせるッスから!」

 

「お前の敵感知、今回全然役に立ってないんだけど」

 

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