第34話 「ボウボウ大陸」

 

「ここがボウボウ大陸……で、合ってるんだよなリアちゃん?」

 

「は、はい」

 

 大陸に到着して早々、僕らは辿り着いた地をぐるりと見回していた。

 飛ばし屋のパスさんを疑うわけではないが、ここが確かにボウボウ大陸なのか知る必要がある。

 そしてどうやらここは、リアちゃんの言うようにボウボウ大陸らしい。

 

「へぇ~、なんかジャングルみたいなところッスね。見たことない植物とかたくさんありますし。これなんか結構綺麗ッスよ」


「お、おい。あんまり不用意に触るなよ」


 興味津々といった様子でそこらの植物に触れようとするプランに忠告をしておく。

 確かに色鮮やかな花もあるみたいだけど、そういうのに限ってトゲがあったり毒を持っていたりするからな。

 タチが悪いことこの上ない。

 

 と、そんな時、ふとあの青髪の勇者たちのことをなぜか思い出してしまった。

 奇麗な青い花も、輝かしい金の花も、景色を彩る赤い花も、みんなみんなタチが悪い連中ばかりだったからな。

 勇者パーティーを後ろから見ていた光景と、今の眼前にある状況は酷似しているのかもしれない。

 ……て、そんなこと考えている場合ではなかった。


「ところで、リアちゃんは一緒について来てもよかったのか?」

 

「えっ?」

 

「いや、どの薬草を取ればいいのか、それを教えてもらわなきゃいけないのもあるんだけどさ、ここって結構危ない場所だし。それにすぐ隣には、メロメロ大陸っていう魔大陸もあるしさ。一緒について来て、怖くないのかなって」

 

「……」

 

 当然のようについて来たリアちゃん。

 本当ならどんな薬草を取ってくればいいのか、それだけを聞いて僕たちが取りに来ればよかったのだが。

 リアちゃんは当たり前のように僕たちについて来てしまった。

 しっかりしているとは言え、リアちゃんはまだ幼いわけだし、ここは危険な半魔大陸である。

 という意味の問いを受けて、彼女はかぶりを振った。

 

「だ、大丈夫です。薬を作るためですから」

 

「……そっか」

 

 強い子なんだな。

 きっと彼女は僕たちだけに薬草を取りに行かせることを悪いと思って、ついて来てくれたのだろう。

 普通ならここは大人として、リアちゃんには安全な場所で待っていてほしいと思うが、その心意気を汲んで同行を認めようと思う。

 今から帰ることもできないし、薬草の見分けなんて僕たちにはつきそうにないからな。

 だから僕にできる最大限のことを……リアちゃんを無傷で守り通し、無事に薬草を採取して町に帰ろうと思う。

 その決意を表明するように、僕はプランとリアちゃんに声を掛けた。


「ここから先はたぶん、かなり危険になると思うから、最大限注意して進むようにしよう。リアちゃんは薬草を見つけたら、僕たちに小さく声を掛けてくれ」


「は、はい」


「んでプランは、感知スキルに反応があったらすぐに僕に知らせること」


「了解ッス」


「よし。じゃあさっそく出発し――」


 と言いかけ、足を踏み出そうとしたその瞬間――!


「ノンさん!」


「――ッ!?」


 唐突にプランが血相を変えて、僕に叫び声を掛けてきた。

 驚いた僕はその場で足を止め、前方を警戒して身構える。

 するとちょうどそのタイミングで、目の前の地面からにゅるにゅるっと二本の木の蔓が生えてきた。


「な、なんだこれ!?」


 やがてそれは意思を持ったように動き、地面をぐっと掴む。

 そして地面に埋まっている何か――蔓に繋がっている”本体”を引っこ抜くようにして力が加えられた。

 そうして地面を割って現れたのは、木蔓の両腕と足を持つ、巨大な壺型の植物だった。


「フシュゥゥゥ!」


 その姿を見た僕たちは、揃って口を開けてしまう。

 だが、すぐに気を取り直すと、初めにプランが冷静な声音で教えてくれた。


「感知スキルに思いっきり反応があるッス。たぶんこの大陸に住んでいる魔物だと思うッスよ」


「ボーボーに生えた希少な植物に、それを守る植物種の魔物ってところか。ホント名前通りの大陸だな」


 僕は腰に携えていたナイフを抜き、それを逆手で握りしめる。

 ネビロから譲り受けた、前のナイフの代わりの武器だ。

 ついでに後ろの二人を下がらせると、不意にリアちゃんの不安げな顔が視界の端に映った。


「……」


 僕は前方の植物種の魔物を警戒しながら、そんな彼女に声を掛ける。


「心配しなくても大丈夫だよ」


「えっ?」


「みんなを傷つけさせたりしないから、大人しくプランの後ろで待ってて」


「……」


 言うや、僕は芝を走り出す。

 不思議と手触りの悪くないナイフを力強く握りしめて、眼前の敵を排除すべく構えをとった。


「フシャァァァ!」


 対して壺型の植物は不気味な鳴き声を上げる。

 そしてこちらを迎撃するように、木の蔓を後ろいっぱいまで引き絞ると、鞭のようにしてそれを振るってきた。

 しなやかな動きで僕を捉えようとする。


「――っ!」


 しかし僕はすかさず身を屈めて、木蔓の鞭をやり過ごした。

 下手に受けたりすると、こちらの防御をすり抜けてくる恐れがある。

 それでも回復魔法を使えば傷はすぐに癒えるのだが、こんな序盤で魔力を消費するのはバカらしいと思った。

 だから躱せる時は極力回避し、敵の攻撃を掻い潜って懐に入った。


「はあっ!」


 ナイフを振って植物種の魔物を攻撃する。

 うまい具合に刃が入り、敵の木蔓の両腕を根元から吹き飛ばしてくれた。


「ブシャァァァ!!!」


 二本の蔓が宙を舞う中、奴は痛みを覚えるように叫びを上げる。

 植物種の魔物に痛覚があるのかどうか不明だが、反応があるということはダメージが入っているということだろう。

 よし……と心中でガッツポーズを取っていると、不意に敵がまったく違った動きを見せてきた。

 失った腕をそれでも振るかのように、体全体をぶるぶると震わせている。


「んっ?」


 すると、次の瞬間――

 綺麗な断面を見せていた傷口から、新たな木蔓がにゅるるっと生えてきた。


「げっ、また自己再生するタイプの魔物かよ」


 僕は顔をしかめて、思わず毒づく。

 呪騎士の時といい、なんで僕の相手は毎度自己再生の能力を有している魔物たちなんだ?

 ただでさえ急ぎたいこの状況なのに最悪だ……と気持ちを落としていると、その隙を突くかのようにして奴が動いた。


「フシャッ!」


 今度は木蔓を段違いで振るってくる。


「わわっ!」


 再び掻い潜ろうとしたけれど、それを読まれていたせいで身を打たれてしまった。

 衝撃に耐え切れず、横方へと吹き飛ばされる。

 攻撃力もさることながら、奴の木蔓には多少の毒も含まれているようだ。

 傷と毒を同時に負った僕は、ふらつきながら立ち上がった。

 その姿を見ていた後方の二人が、思わず慌てるような声を上げている。

 彼女らを安心させてやるように、僕はすぐに自身の治療に取り掛かった。


「ヒール、キュアー」


 白い光と青い光が立て続けに瞬き、僕の体から傷と毒を排除してくれる。

 それが済むと、再びナイフを構えて敵に意識を集中した。

 自己再生ができるとなると、やはりまたどこかしらに弱点があるのだろう。

 それを知るためには……


「プラン、弱点!」


「頭頂部にある赤い花ッス!」


 こちらの考えをすでに悟っていたらしいプランが、すぐに敵の情報を伝えてくれた。

 それを聞いた僕は、にやりと頬を緩めて再度走り出す。

 敵のいる方ではなく、その傍らに立っている木を登るようにして足を掛けると、その途中で後方へ宙返りした。

 するとちょうど植物種の魔物の真上まで来て、赤い花がすぐ眼下に見下ろせる。

 

「フシャァァァ!」

 

 その行動を最後まで大人しく見守ってくれるはずもなく、奴は木の蔓を上部にいる僕に振ってきた。

 僕はそれを、なんとか右手のナイフであしらい、今度は両手で握りしめる。

 落下しながら上段に振りかぶり、真っ黒な刃を赤い花に叩きつけた。


「はあぁぁぁぁ!!!」


 ずぶっと肉厚の花に刀身が埋まる。

 すると植物種の魔物はぐらりと体をよろけさせ、声もなく地面に倒れ伏してしまった。

 

「ふぅ、いい運動になったぁ」


 肩を回しながら二人の元に帰ると、プランが「お疲れ様ッス」と健闘を称えてくれた。

 対してリアちゃんは、今の戦闘に頭が追いついていないのか、呆然と立ち尽くしている。

 やがて彼女は弱々しく僕を見上げ、なぜか申し訳なさそうに言った。


「あ、あの……」


「……?」


「あ、ありがとう、ございます。怪我までして、守っていただいて。それに、すごく強くて、びっくりしました」


「あぁ、いいって別に。それよりもさ、薬草見つけるために早いとこ先に進もう」


「……は、はい」


 そう言い合い、ようやく僕たちはボウボウ大陸での薬草探しを開始した。




 その後……

 草の根を分けて薬草を探し、大陸を歩き回ること一時間ちょっと。


「キュアー」


 もう何度目のキュアーだろうと思いながら、僕は自分の体の異常を治癒した。

 状態異常を引き起こす魔物たちが多いとは聞いていたけど、まさかここまで大量に湧いてくるとは。


「はぁ……はぁ……薬草取るだけなのに、なんでこんなに疲れるんだよ。この大陸おかしいだろ。魔大陸並の難易度だぞこれ」

 

 誰も近づかないのも納得である。

 それにまだお目当ての薬草を一つも入手できていないのだ。

 今回の依頼は骨が折れるな。

 プランの敵感知も寸前になるまでわからないようだし。

 植物種の魔物とは相性が悪いようだ。

 

 すっかり疲弊して肩を落としていると、不意に正面のリアちゃんが目に映った。

 彼女も薬草を見つけるために、あちこちの草むらに目を凝らしてはいるものの、いまだ発見には至っていない。

 不安そうにする彼女に、僕は声を掛けた。

 

「リアちゃんは大丈夫か? もし疲れてるなら、遠慮せずに言っていいんだからな」

 

「は、はい、大丈夫です」

 

 平気そうな顔を向けて頷いてくれる。

 あんまり無理はしないでほしいんだけど。

 でも、固い意志を抱くリアちゃんを見て、僕はそれを止めることができなかった。

 だからこそ、この子を魔物や植物から守らなきゃいけないと、さらに強く思った。

 

「にしても、探してる薬草ってどういう草なんだ? 形状が把握しづらいものは難しいだろうけど、もしわかりやすいものがあるなら、それは僕たちでも探せると思うんだけど……」

 

 少しでも薬草探しの手伝いをできたらと思い、そう問いかけてみる。


「あっ、えっと、それでしたら……」

 

 するとリアちゃんは、何かを探すようにしてふと周囲に視線を泳がせた。

 主に見ている場所は地面の草むら。

 その中からつぼみの付いた一つの植物を見つけて、それを指差した。

 

「ちょうど、この草に似たもので……」

 

 と、その瞬間――

 パカッと、植物のつぼみが勝手に開いた。

 

「――ッ!?」

 

 嫌な予感がした僕は、咄嗟にリアちゃんのもとへ飛び出す。

 小さな体を優しく、それでいて素早く抱え込み、植物から遠ざかろうとした。

 危険なのは魔物だけじゃない、人を拒絶する植物たちだって数多く存在するのだ。

 しかし、一瞬だけ遅かったようで……

 つぼみから放たれた僅かな液体が、僕の左腕に付着した。

 

「ノ、ノンさん!?」

 

 思わず僕はリアちゃんを抱えたまま転倒する。

 痛みや苦しみは特になく、毒をもらったようではないようだ。

 ただ……

 

 視界が霞んで、次第に意識が薄れていった。

 

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