第33話 「転移門」
噴水広場から少し離れた路地裏。
そこを僕らは、飛ばし屋さんを先頭に歩いている。
瞬間移動を使うところを、なるべく人に見られたくないのだろうか。
彼女は人目の付かない場所を探すように視線をさまよわせていた。
「あの、お名前を伺ってもいいですか?」
その最中、僕は飛ばし屋さんに問いかける。
まだ自己紹介が済んでいなかったのだ。
するとそれを聞いた前方の飛ばし屋さんが、不意にこちらを振り向いた。
そしてにこやかな笑みを浮かべて質問に答えてくれる。
「私の名前はパステート。気軽にパスって呼んでくださいねぇ~」
「は、はぁ……」
変わらずののんびりとした調子に、やはり上手くついて行くことができない。
が、礼儀に倣って僕も自己紹介をした。
「僕はノンって言います。ここから少し離れたところにある村で、治療院を開いていますよ」
それに続いてプランも……
「アタシはプランと申しますッス。ノンさんの治療院でアルバイトとして働かせていただいてますッスよ」
「ほぉ、治癒師の方だったのですかぁ。なら、ボウボウ大陸には、治療用の薬草を取りに?」
「あっ、まあ、そんなところですね」
ちらりとリアちゃんの方を見るが、彼女は顔を俯けてだんまりしている。
初対面のパスさんを前に、緊張しているのだろうか?
そんなリアちゃんにも特に触れることなく、パスさんは続けた。
「なら、私もそのお手伝いができるように、しっかりと門を作りたいと思います~」
「は、はい。 よろしくお願いします」
そう言ってから数分後。
ようやくパスさんは足を止めた。
細くて薄暗い裏路地の一角。
民家の裏手にあたる場所だろうか? そこで彼女は立ち止まり、くるりとこちらを振り向いた。
「それじゃあいよいよ、ボウボウ大陸までの門を開こうと思います~。心の準備はいいですかぁ~?」
「お、お願いします」
やや緊張気味に頷くと、彼女も軽く頷き返してくれた。
そして、懐から一本の白いチョークを取り出す。
それを細い指先で摘まみ、驚いたことに民家の外壁にそれを押し当てた。
「あっ、ちょ、何してるんスか!? 落書きはよくないッスよ」
元盗賊のお前がそれ言うのか。
なんて呆れた視線を向けていると、パスさんがプランに返した。
「違いますよぉ~。落書きなんてしませんよぉ~」
「えっ?」
「それ、転移門オープン!」
カリカリカリ。
上機嫌な掛け声を上げたパスさんは、フリーハンドで綺麗な円を描くと、突然それが光り始めた。
目を丸くする僕たちの前で、次第にそれが光を増していく。
薄暗い裏路地を一時だけ照らした光は、やがて収束し、円に新たな景色を映し出した。
大人一人が通れるかどうか際どい円には、緑の芝生が映っていた。
「さあ、この先はもうボウボウ大陸ですよぉ~。いつでも飛び込んでくださいねぇ~」
「えっ!? もう門が繋がったんですか!?」
「はぁ~い。完璧なのですよぉ~」
……すげえ。
あんな一瞬で大陸を越える門を創り出してしまった。
ドキドキしながら門を覗き込むと、そこからは生暖かいそよ風が吹いてきた。
明らかにこことは別種の場所。この人が飛ばし屋さんで間違いなかったらしい。
ようやくその確信を得ると、さっそく僕は門に片足を突っ込もうとした。
が、寸前で止まる。
「あ、あのぉ、三人分となると、お代っていくらくらいになるんでしょうか?」
「んっ? お代ですかぁ?」
肝心な話を忘れていた。
飛ばし屋さんのパスさんだって、これは商売として行なっていることなんだ。
だから報酬を渡さなければならない。
瞬間移動に掛かる一人当たりの金額がいくらなのか知らないので、内心焦りながら問いかけてみた。
「そうですねぇ……あなたの治療院では、治療代はおいくらなんですかぁ?」
「えっ? 一律500ガルズ……ですけど」
「じゃあこちらも500ガルズでいいですよぉ」
「えぇ!?」
ホント、なんなんだこの人。
その場のノリで決めてしまってもいいのだろうか?
そう思いながらも僕は、気づいたら懐から財布を取り出し、500ガルズをパスさんに渡していた。
安いならそれに越したことはない。
僕たちは今、未曽有の金欠状態に陥っているのだから、この金額設定はありがたいものとして納得しておこう。
というわけで、いざ入門。
「ふん……ぬぅぅぅぅぅ!」
頭から突っ込んだ僕は、腰のあたりで門に引っかかってしまった。
パスさんの手描きによる門は、思いのほか小さいのである。
ていうか手描きなら、もう少し大きくできないのだろうか?
と、内心ぼやいていても仕方がない。
大陸はもう目の前。
芝生に手を伸ばし、地面から生えた草を掴んで思い切り体を引っ張ってみた。
「う……らぁぁぁぁぁ!」
全身全霊を注ぐ。
と、次の瞬間……
スポン! と勢いよく門を抜け出た。
ごろごろと何回か地面を転がって停止する。
男子にしては相当小柄なので、なんとか通ることができたようだ。
体の痛みに顔をしかめながら、僕は周囲に視線を泳がせる。
四方八方には木々が多い茂っていて、空気には草の香りが混じっていた。
ここがボウボウ大陸。
見る限り、近くに魔物はいないようだ。
”大丈夫そう”だと門の向こうに声を掛けると、次にリアちゃんが顔を覗かせた。
子供なので、僕と違ってすんなりと通り抜ける。
そして最後にプラン。
彼女も女性にしては小柄な方なので、これまたすんなり行くかと安心して見守っていた。
しかし……
「あうっ!」
僕と同じく腰あたりでつっかえてしまう。
これには思わず眉を寄せてしまった。
「なに引っかかってんだよプラン。お前なら簡単に通れるだろ」
「そ、そう思ってたんスけど……あ、あはは、おかしいッスね」
「……?」
冷や汗を掻いて妙に慌てるプランに、僕は小首を傾げる。
なんだ? 何か隠し事でもしているのか?
そう疑問に思った僕は、はたと悟る。
「おい、プラン」
「……な、なんスか?」
「そういえばお前、この前から少しずつ間食が増えてたよな」
「ギクッ……」
「晩飯の前とかによくお菓子をつまんだりして、最近は飯の量も僕と変わんないくらいになってたし。もしかしてお前、それでデブったんじゃ……」
「ち、違うッスよ! お尻ッス! お尻が引っかかって抜けないんス! お腹周りは全然大丈夫ッスよ!」
上半身だけを門から出しているプランは、慌てた様子で弁明する。
なんだか怪しいもんだな。
最近は掃除以外で体を動かすことをしていなかったし、小柄な割にこいつは意外と食べるからなぁ。
思えばそのせいで食費がかさみ、金欠状態に陥ることになったのかもしれない。
心なし訝しい目を向けていると、門に挟まっているプランの向こう側から、パスさんの声が聞こえてきた。
「早くしないとぉ~、転移門が閉じてプランさんが真っ二つになっちゃいますよぉ~」
「「まっ!?」」
とんでもびっくり発言。
これにはさすがに、プランも顔を青ざめてしまった。
「ままま、真っ二つは嫌ッス! ノンさん引っ張ってくださいッス! 助けてくださいッス! 超絶怖いッス!」
「うおらぁぁぁぁぁ!」
咄嗟にプランの手を取り、全力で引っ張ってやる。
すると多少の抵抗はあったものの、プランの尻はスポンと抜けることができた。
あ、危ねぇ……
危うくリアちゃんの前でとんでもないグロ映像が流れるところだった。
「こ、怖いッス……転移門怖いッス……」
「……」
ボウボウ大陸の地べたにへたり込みながら、プランは体を震わせる。
本当に人騒がせな奴だ。
ひとまず一難を乗り越えた僕は、門の奥を覗いてパスさんに声を掛けた。
「あ、あの、それじゃあ行ってきます。これ開いていただいてありがとうございました」
「いえいえ~、お安い御用なのですよぉ~。それで、お帰りのときはどうしますかぁ~? また私が門を開いてあげましょうかぁ~?」
「あっ、そうでした。今日と同じ場所、同じ時間に、明日もこれを作ってもらえませんか? 代金はその分お支払いしますので」
「はいなのですよぉ~。それじゃあ行ってらっしゃいなのです~」
パスさんがそう言うと、ちょうど円形の門が徐々に小さくなっていった。
手を振り、パスさんの姿と門が消える。
やがて僕は振り返り、改めてプランとリアちゃんと一緒に頷き合った。
というわけで、ボウボウ大陸到着である。
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