第32話 「飛ばし屋さん」

 

 町の観光しながら、飛ばし屋さん探しを続けた。

 なるべく人通りの少ない場所を通り、東の噴水広場に向かう。

 町はノホホ村の三、四倍もの大きさなので、移動するだけでもずいぶんと時間が掛かってしまった。

 そしてようやく到着する。

 

「どうだ? いるかプラン?」

 

「ん~……」

 

 到着して早々、僕らは飛ばし屋さんらしき人物を探すことにした。

 薄暗い裏路地から、こっそりと噴水の周りを窺う。

 プランは先刻と同じように観察スキルを使い、あちこちに視線を泳がしていた。

 

 一度でも瞬きしたら効果が消えてしまうので、ずっと目を見開いたままだ。

 うるうるしてて辛そう。

 その苦労の甲斐あってか、やがてプランが頼りなく指を差した。

 

「たぶん、あの人ッスかね?」

 

「えっ? どれどれ?」

 

「ほらあの、噴水近くのベンチに座ってる、ピンク色の髪の女性ッス。他の人たちと違って、何やら不思議なオーラを感じるッス」

 

「あぁ、あの人か……」

 

 噴水広場には、いくつかベンチが置かれている。

 メインストリートほどではないにしろ、そこそこの人数が集まっているこの場所で、たった一人でベンチに腰掛ける女性。

 確かに他の人とは、少し雰囲気が違うように見える。

 

 鮮やかなピンク色の長髪。どこかあどけなさが残る整った顔立ち。

 汚れのない真っ白なローブを着用し、膝の上で両手を重ねている。

 その姿はまるで、教会で人々の悩みに耳を傾ける聖女様のようだ。

 彼女は水飛沫が舞う噴水を、ただただ穏やかな表情で見つめていた。

 

 あの人がお噂に聞く飛ばし屋さんなのだろうか?

 う~ん、なんだろう? なんだかそうには見えないなぁ。

 僕の予想としては、長いヒゲをたくわえた仙人みたいな人が出てくると思ってたんだけど。

 そう疑問に思い、僕は眉を寄せて首を傾げた。


「本当にあの人が飛ばし屋さん? なんか想像してたのと違うんだけど」

 

「アタシの観察スキルを疑ってるんスか!? 絶対にあの人で間違いないッスよ。だってあの人の天職、『開門転移師』って書いてありますもん」

 

「それを先に言えよな」


 なんでこの子そういう重要なことを先に言わんの?

 器用ではあるけど、やはりプランはどこか抜けているんだよな。

 というわけで僕は、ピンク髪のお姉さんとの接触を図った。

 

「あ、あのぉ……」

 

「ん~?」

 

 噴水広場を横切り、ベンチの前に行く。

 そして少し躊躇いを覚えつつも、そのお姉さんに話し掛けた。

 すると彼女は、にこやかな笑みを浮かべたままこちらを見上げる。

 

 半開きの眠そうな目は、とても綺麗に透きとおっていた。

 改めて近くで見ると、かなりの美人さんだ。

 意表を突かれた僕は、思わず……

 

「あ、あなたがそのぉ……飛ばし屋さんですか?」

 

 あまりに唐突に、単刀直入に聞いてしまった。

 突拍子がないにもほどがある。

 前置きくらいはするべきだった。

 と、人知れず後悔していると、不意にお姉さんが……

 

「おぉ~」

 

 僕の問いを受けて、突然感心したような声を上げた。

 次いでおもむろに、パチパチと手を叩き始める。

 その様子に、つい僕は首を傾げた。

 

 なんだ? 何か感心されるようなことを言っただろうか?

 それとも何かの技でも仕掛けようとしているのか?

 なんて奇天烈なことを考えていると、お姉さんがなぜか嬉しそうに続けた。

 

「だ~いせ~いか~い。私が、飛ばし屋さんなのですよぉ~」

 

「……」

 

 ……な、なんなんだこの人?

 まったく感情が掴めない。

 これまで色んな人たちと出会ってきた僕ではあるが、ここまで不思議な人は他にいなかったと思う。 

 いやそんなことよりも、自分で飛ばし屋さんって言っちゃうのか。

 

 のんびりとしたお姉さんの声を聞き、僕は多少訝しい目を向ける。

 すると不意に、後方から視線を感じた。

 ずっと僕の後ろで見守っていたらしいプランとリアちゃんが、不安そうな顔をしている。

 まあ無理もない。

 頼みの綱の飛ばし屋さんらしき人が、まさかこんなに不思議なお姉さんだとは思ってもみなかったのだろう。

 次いでプランが僕の耳元に口を寄せて、小声で耳打ちをしてきた。

 

「この人が飛ばし屋さん……で、間違いないんスよね?」

 

「あ、あぁ。この人がそう言ってるしな。ていうか、お前が最初に言ったんだろ」

 

「そ、それはそうなんスけど……」

 

 観察スキルに間違いはないと豪語していたプランも、さすがに自信がなくなってきたようだ。

 なんてやり取りをこっそりしていると……

 

「あのぉ、私に何か御用なのですかぁ?」

 

「えっ? あぁ、いや、その……」

 

 当然飛ばし屋さん(仮)は、きょとんとした視線を向けてきた。

 まずい。ここで怪しまれたら、依頼を受けてもらえなくなるかもしれない。

 まだこの人が飛ばし屋さんという確証はないけれど。

 と、額に冷や汗を滲ませて危惧していると、不意に後方から一人の人物が歩み出てきた。

 

「私たちを、ボウボウ大陸まで飛ばしてください」

 

「……リ、リアちゃん?」

 

 もたもたしている僕たちに代わり、リアちゃんが要件を話してくれた。

 まだこの人が飛ばし屋さんという確信もできてはいない。

 しかし彼女は一刻も早く薬草を取るために、目の前のお姉さんを信じることにしたのだ。

 真剣な様子からリアちゃんのその気持ちが伝わってくる。

 するとお姉さんは、リアちゃんの険しい顔つきとは正反対に、やはりのほほんとした様子で返してきた。

 

「いいのですよぉ」

 

「えっ? い、いいんですか?」

 

 あまりに迷いのない即答に、僕は思わず聞き返してしまう。

 そしてさらに続ける。

 

「ていうか、本当にそんなことできるんですか? 別の大陸に飛ばすなんて……」

 

「はいなのですよぉ~。もう今すぐにでもできますよぉ。私は飛ばし屋さんですからぁ~」

 

「は、はぁ……」

 

 こちらが眠くなってしまうような喋りに、思わず鈍い反応を返してしまう。

 うぅ~ん、やっぱりまだちょっと信じられないなぁ。

 特に、自分で飛ばし屋さんって言っちゃうあたりが。

 けれども、リアちゃんが彼女の言うことを信じているようなので、僕もひとまずはお姉さんを信頼することにした。

 

「さっそく行きますかぁ? ボウボウ大陸?」

 

「い、行きます。僕たちをそこまで飛ばしてください」

 

「いいのですよぉ~。でもぉ、ここではなんなのでぇ、別の場所で飛ばすのですよぉ~」

 

「は、はぁ……」

 

 そう言うとお姉さんは、ローブの裾を靡かせながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

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