第28話 「雨中の少女」
黒マントの小さな人物を、僕らは呆然と見つめる。
その最中、なんだか僕は既視感を覚えて、横のプランに問いかけた。
「お前って、弟とか妹とかいる?」
「はいっ?」
当然、疑問の声が上がる。
すると彼女は質問の意図を察したのだろうか、黒マントを見据えながら答えた。
「いえ、確かにあれは、初めてここに来たときのアタシに似てるッスけど、アタシは正真正銘の一人っ子ッスよ。それと、さっきのお姉ちゃん願望は、別に弟とか妹がほしいってわけじゃないッス」
「いや、それはわかってんだけどさ」
プランが初めて治療院のドアを叩いたとき。
こいつも同じように黒のマントを羽織り、目深までフードを被っていた。
そして治療院の前で立ち尽くしている構図もそっくりだ。
やっぱ嫌な予感がする。
そう思いながらも、僕は一応声を掛けることにした。
治療院に来たということは、怪しい人物なれどお客さんということだから。
そして僕は、初めてプランに声を掛けたときのように、黒マントにも話しかけようとした。
だが……
「
「……」
プランに先に言われた。
まあいっか。
すると黒マントの小人は、おもむろにこちらを振り向く。
そして僕たちに、フードに隠れていたご尊顔を見せてくれた。
「…………ぉぉ」
可愛い。
ユウちゃんとコマちゃんも、将来は絶対に美人さんになるだろう、有望な幼女であることに間違いはないのだが。
この子は、さらにその上を行くかもしれない幼女だった。
淡い紫色のショートヘア。その側頭部にはでかい黒のリボン。
眠そうな目は一見弱々しくも見えるが、その実綺麗に透き通っている。
雨が幻想的な背景を演出し、少女が少し儚げにも見えた。
思わず僕は口を開けて呆けてしまう。
プランに至っては「ちょ、超絶可愛いッス……」と枯れた声を漏らして固まっていた。
やがて少女が、雨に濡れた艶やかな唇を開く。
「ノン……」
「えっ?」
「ノン……っていう人がいる治療院は、ここでいいですか?」
「あ、あぁ、うん、そうだよ。僕がノン。ここの治療院の院長だよ」
突然名前を呼ばれて驚く。
治療院にっていうより、僕に用があるのかな?
そう思い、僕は改めて少女に問いかけた。
「僕に何かご用?」
「あの、その……」
「……?」
言い淀む少女に、僕は首を傾げる。
同じく疑問符を浮かべるプランに、疑問の視線を向けられると、彼女は恥ずかしがるように身をよじった。
恥ずかしがり屋さん、なのだろうか?
黒マントと大きめのフードで顔や体を隠しているので、おそらくそうだろうとは思っていたが。
髪型はコマちゃんに似てるけど、雰囲気はユウちゃんっぽいな、なんて思っていると、やがて少女は意を決したように言った。
「あの、私……治療の依頼があって、ここにやってきました」
治療の依頼、というのがいったい何なのか。
それはまあ後回しにしておいて、僕たちは一度治療院の中に入ることにした。
いつまでも雨に打たれたまま話しをするのも無理があるから。
それに少女は、黒マントとフードを被りはしていたものの、かなり雨に濡れていたので、とりあえず屋根のあるところに入れてあげたかった。
「お、おじゃまします」
そう言って治療院に上がった少女に、プランが改まった様子で自己紹介をした。
「アタシはプランと申しますッス。ここでアルバイトをしているんスよ。あなたの名前を伺ってもいいッスか?」
その質問に、少女だけでなく僕も耳を傾ける。
そういえばまだ名前を聞いていなかったな。
治療院のお客さんなのはわかったけれど、どこから来た誰で、お父さんやお母さんは一緒ではないのかと、色々と聞きたいこともある。
そう思ってプランと一緒に少女を見ると、彼女は恥ずかしそうに名乗った。
「あっ、えっと……」
「……?」
「……リア」
「んっ? アエットリアちゃん、ッスか? いい名前ッスね」
「いやいや、全部つなげちゃってどうすんだよ」
雨に濡れた肩をはたきながら、僕は呆れた声を漏らす。
次いでプランに代わって少女に聞いた。
「えっと……リアちゃん、でいいのかな?」
「……うん」
「そっか。んじゃさっそくで悪いんだけど、シャワーとか貸すから、温まってきなよ。風邪とかひかれるとまずいし、話はそれからだな」
そう言うとリアちゃんは、きょとんと目を丸くした。
話は色々とある。けれどまず先に雨で冷えた体をどうにかした方がいいだろう。
という意図を持って提案を出すと、横のプランがうんうんと相槌を打った。
「そうッスね。このままじゃ風邪ひいちゃいますッスよ。いいッスか? 回復魔法だって万能じゃないんス。病気までは治せないんスからね」
「……」
プランがそう優しく言ってあげるけれど、リアちゃんは反応を示さない。
すると彼女は心なしか、どこか警戒をするように足を引いた。
「……い、いいです」
「そんな遠慮とかしなくていいんスよ。ささ、アタシと一緒に入って温まりましょうッス」
リアちゃんの様子など知る由もなく、プランはずいずいと彼女に迫る。
そして強引に手を引いてシャワー室に入れようとすると、リアちゃんは諦めたように身を任せた。
あの分なら、しばらくプランに任せておけば大丈夫かな。
もし僕一人だけの治療院だったら、絶対にあんなことできなかっただろうし。
改めて、プランがいてくれてよかったと思っていると……
「ノンさんもご一緒にどうッスか?」
「バカな冗談言ってないでさっさと行ってこい。お前も風邪ひくぞ」
「は~いッス」
プランは悪戯っぽい笑みを僅かに赤らめながら、リアちゃんと共にシャワー室に消えていった。
あいつもあいつで雨に濡れたんだから、冗談言う暇があるならさっさと行けよな。
ていうか恥ずかしがるくらいなら最初から言うな。
なんか、段々とプランのことわかってきた気がするぞ。
と、人知れず呆れていると、シャワー室の方から”あっ”と声が聞こえて、そこからプランが顔を覗かせた。
そしてこちらを見て、再びにやりと赤い頬を緩める。
「覗いちゃダメッスよノンさん」
「引っ叩かれてぇのかお前」
そんなやり取りの末、ようやくあいつはシャワー室の奥へと引っ込んでくれた。
これにて一安心。
それから僕も、少し体が冷えている気がしたので、タオルで濡れた髪を拭き始めた。
ゴシゴシと雑に髪を拭く中、ふと考えを巡らせる。
リアちゃん、か。
あんなに小さな子が、たった一人で依頼を持ってきたのか。
今日は依頼が少ないからと、買い物に出掛けてみたりしたのだが、まさかこんな形で新しい仕事が舞い込んでくるなんて思ってもみなかった。
それに最近は、村の人以外からの依頼もまったくなかったし。
治療の依頼って言ってたっけ?
でもぱっと見た感じ、怪我をしていた様子もないしなぁ。
なんだか不思議な子だな。
そう思いをはせながら、僕は若干の引っ掛かりを感じていた。
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