第29話 「病気とお薬」

 

 十五分後。

 無事にシャワーを済ませ、体を温めたプランとリアちゃん。

 二人はさっぱりした様子で出てきて、僕はその光景を窓際で雨音に耳をすませながら見ていた。

 

「ぷはぁ! さっぱりしたッス!」

 

「……」

 

 プランはきらきらとした笑顔。対してリアちゃんは複雑そうな顔を浮かべている。 

 シャワー室からは終始、プランがリアちゃんに絡む声が聞こえてきていた。

 しかしリアちゃんの声は一切耳に届いてこなかった。

 

 彼女はプランに返事をしなかったらしい。

 距離感を考えずに接してくるプランに、多少萎縮してしまったのだろうか。

 まあ、それはいいとして。

 

「ほら二人とも、お茶淹れたからとりあえず座りなよ」

 

「は~いッス」

 

「……ど、どうも」

 

 僕がいったん落ち着くように促すと、彼女たちは席についてお茶を啜り始めた。

 リアちゃんには果実ジュースの方がよかっただろうか?

 そう懸念するが、彼女は躊躇いも疑問も持たずにお茶を飲んでいる。

 人知れずほっと胸を撫で下ろし、僕は改めてリアちゃんに問いかけた。

 

「それで、治療の依頼っていうのはどういうのかな?」

 

「あっ、えっと、その……」

 

 いきなり本題を投げかけられて、彼女はしばし言い淀む。

 すぐ隣に腰掛けているプランが、興味津々にリアちゃんを見つめているのも原因しているのだろう。

 やめてやれよという視線をプランに送っていると、やがてリアちゃんが意を決したように答えた。

 

「お父さんとお母さんの病気を治してほしいのです」

 

「……お父さんとお母さん?」

 

「はい」

 

 その答えに、思わず僕は首を傾げる。

 リアちゃんじゃなくて、お父さんとお母さん?

 治療の対象が、リアちゃんのご両親だとしたら、まあ確かに彼女がここに一人で来たのも納得はできるけど。

 まだ謎だらけだなと思っていると、彼女はさらに続けた。

 

「お父さんとお母さんは、こことは別の大陸で『薬草屋』をやっています。薬草を取ってきて、それを薬師の人や一般の方に売って生計を立てているんです」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「それで、新しい薬草を取るために、今度はボウボウ大陸まで足を運ぶことになりました。そのせいでお父さんとお母さんは……」

 

「んっ、ボウボウ大陸? どっかで聞いたような……」

 

 頭の隅で引っ掛かりを覚えるが、すぐに思い出すことはできない。

 その様子を見て、リアちゃんが説明をしてくれた。

 

「ボウボウ大陸は、このマルマル大陸の西側に位置する『半魔大陸』です。他の大陸にはないような植物があり、状態異常を引き起こす魔物がたくさんいます」

 

「あぁ、そうそうそれだ」

 

「……?」

 

 僕が納得する様子を見て、今度はプランが首を傾げる。

 そしてきょとんとした瞳をこちらに向けてきた。

 

「あの、半魔大陸ってなんスか?」

 

「はっ? プランお前、そんなことも知らないのかよ。本当に19歳か?」

 

「しょ、しょうがないじゃないッスか! 盗賊稼業ばっかやってて無知なんスから!」

 

 それは関係なくないか?

 なんてやり取りをしていると……

 

「……盗賊?」

 

「「あっ……」」

 

 リアちゃんが疑わしい目をプランに向けた。

 思わず僕たちは声を合わせて固まる。

 盗賊のことは秘密にしておくんだった。

 ただでさえプランのことを警戒しているリアちゃんを、さらに怖がらせることになってしまうから。

 やばい……。そう思った僕は、慌ててリアちゃんに言った。

 

「えっと、その……盗賊ごっこだよ。こいつ昔から盗賊の真似事が好きで、子供の頃はよく、勉強なんかしないで友達のおもちゃを横取りとかしてたから」

 

「そ、そうなんスよ。アタシは勉強よりもそっちの方が楽しくて、だから無知なんス」

 

「そう……ですか」

 

 超絶テキトーな言い訳をすると、とりあえず納得はしてくれたようだった。

 半分は勢いで乗り切ったようなものだけど。

 代わりにプランを見るリアちゃんの目が、氷のように冷たいものになってしまった。

 すまんプラン。

 など話が逸れてしまったが、本題に戻る。

 

「んで、半魔大陸についてだっけか?」

 

「そ、そうッス」

 

「えっとな、まず魔大陸についてだけど……人がほとんど暮らしてなくて、大部分を魔王軍が占領している大陸のことを魔大陸って呼ぶんだよ。んで半魔大陸ってのは、人も魔王軍もいない代わりに、魔物が多く住み着いている大陸のこと。わかったか?」

 

「へぇ、そうなんスか。物知りッスねノンさん」

 

「……お前が物を知らないだけだろ」

 

 プランに呆れた視線を送る。

 まったくこいつは、器用でなんでもこなせる奴かと思えば、色々と抜けてるところがあるからな。

 それもこのプランとの短い共同生活の中でわかってきたことだ。

 ていうかちょっと待て、そもそもこれが本題じゃなかっただろ。

 大事なのはリアちゃんのご両親についてだ。

 

「えっとそれで、リアちゃんのお父さんとお母さんがなんだっけ?」

 

「あの、えっと、お父さんとお母さんが、ボウボウ大陸に薬草を取りに行って、そのせいで病気に……」

 

 リアちゃんは先ほどの会話を短く要約してくれる。

 改めてそれを聞いた僕は、ふと頭上に疑問符を浮かべた。

 

「病気? 毒や呪いじゃなくて?」

 

「は、はい。病気です」

 

「状態異常を引き起こす魔物に一撃やられたとか、そういうことじゃなくて?」

 

「い、いえ、違います。病気です。薬草を取っている際に、誤って毒草に触れてしまい、それで……」

 

「あぁ、なるほど……」

 

 そこまで聞いた僕は、ようやくリアちゃんの話を理解した。

 なるほど、薬師のご両親が薬草を取るためにボウボウ大陸に行き、そこで毒草を触って病に侵されてしまったと。

 そこで娘のリアちゃんが、お父さんとお母さんを助けるために、病気を治してくれる人を探していた。


 リアちゃんは初めから、ご両親を助けたい一心で僕の治療院を訪ねてきて、雨の中でも諦めずに待ち続けていた。

 両親思いの、なんとも健気な少女である。

 その話を聞いて、リアちゃんの隣のプランは、うるうると今にも泣きそうになっていた。

 そして、僕はといえば……

 切実な彼女の願いを聞いて、それでも首を横に振った。

 

「それなら残念だけど、僕たちは力になれないかな」

 

「えっ?」

 

 反応を示したのはプランだった。

 

「ど、どうしてッスか? リアちゃんのお父さんとお母さんに、回復魔法を使ってあげれば……」

 

「お前は、さっき自分で言ったことと僕が言ったことをもう忘れたのかよ。回復魔法だって万能じゃない、病気までは治せないんだよ。魔物からの毒や呪い、外傷ならすぐに癒やしてあげることはできるけど、自然的なものから発症した病だと、回復魔法が介入する余地はないんだ。治すには特効薬が必要になる。それこそ、リアちゃんのご両親みたいな”薬草屋”か、この前のパナシアみたいな”薬師”の人に頼まないと」

 

「……」

 

 長々と、それでいて口早に説明してやると、プランは複雑そうな表情で口を閉ざしてしまった。

 そう、これは僕が解決できる問題じゃない。

 病に回復魔法は効かないから。

 だから本当に必要なのは、薬師の力と知恵で、それによってもたらされる特効薬なのだ。

 申し訳ないけれど、僕はリアちゃんの力にはなれない。


 と、少々残酷な事実をリアちゃんの前で口にすると、不意に彼女が小さな呟きを漏らした。

 

「そんなことは……知っています」

 

「「……?」」

 

「だから私は、ノンさんにお願いしに来たのです」

 

 リアちゃんは改まった様子で、僕の方に体を向ける。

 そして、呆けた顔で固まる僕とプランを置き去りに、彼女は今までで一番はっきりとした声で告げてきた。

 

「私と一緒に、ボウボウ大陸まで薬草を取りに行ってくれませんか?」

 

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