第27話 「歳の差」

 

 野菜入り袋を片手に、あぜ道を歩く僕とプラン。

 結局、出張営業という目的は果たせず、野菜を買っただけで治療院に戻ることになった。

 空はすでに灰色の雲に包まれている。

 

「なるほどッス。雨が降りそうだったから外出を控えていたんスね」

 

「うん、たぶんな」

 

 もちろん、それだけが客入りの悪かった原因ではなかろうが。

 しかし広場の様子とレギルさんのお店の客入りを見るに、そうと考えるのが妥当だろう。

 予測としては、それなりの雨になるそうだし。

 

「僕らも雨に打たれないように、さっさと家に帰ろう」

 

「そうッスね……。ふふ」

 

「……? 何がおかしいんだよ」

 

 不意に笑みを零したプランに、僕は首を傾げる。

 すると彼女は、一層頬を緩ませて答えた。

 

「だって、治療院じゃなくて”家”って言ったんスもん。まるでアタシらが仲良しこよしの夫婦みたいッスね」

 

「いや、飛躍しすぎだろ。なんで家って言っただけでそうなるんだ。てかこれ、どっちかっつーと兄と妹だろ」

 

 僕は呆れた様子でそう答える。

 何をそんなに嬉しそうに語っているのか。

 夫婦って、とんでもなく飛躍しすぎだろ。

 せめて兄と妹くらいだと思う、と考えて答えてみると、プランはそれを聞いてかぶりを振った。

 

「いいえ、それならお姉ちゃんと弟ッスよ。その方が絶対にいいッス」

 

「いいって何がだよ。別にどっちでもいいだろ。ていうかそれなら年上の方が兄か姉になるもんじゃねえの? プランって歳いくつ?」

 

「むっ……」

 

 不意な問いかけにプランは眉を寄せる。

 そして大仰に腕を組み、ぷくっと頬を膨らませた。

 

「無遠慮に女性に年齢を聞くのは失礼ッスよ。男性ならまず先に自分の歳を言うのが礼儀ッス。お姉ちゃん怒りますッスよ」

 

「もうお姉ちゃん気取りかよ。ていうか治療院の院長として、従業員のことを知っておくのは当然だろうが。いいからさっさと答えなさい。院長命令だ」

 

「むっ……ピチピチの19歳ッスよ」

 

 ……『ピチピチの』って。

 ピチピチの19歳が自分でピチピチとか言うと、ピチピチ感がなくなるからやめた方がいいと思う。

 それにしてもこいつ、もう少しで20になりそうなのか。

 少し意外だ。

 幼い顔立ちながら、もう少し若いと思っていたんだけど。

 なんて益体もないことを考えていると、ふとプランが小首を傾げた。

 

「ところで、ノンさんはおいくつなんスか?」

 

「えっ? 僕か? いくつに見える?」

 

「えっ、いや、そういうのいいんスけど。でも、そうッスねぇ、う~ん……もしかして18歳ッスか?」


「なんで無理矢理自分よりも年下にしようとしてんだよ。そんなにお姉ちゃんになりてえのか」


「むむっ、じゃあ何歳なんスか?」

 

「20だよ。ピチピチの20歳」

 

「むむむっ、本当ッスか? アタシが19って言った後だから、一つ上の歳を言ってるだけじゃないッスか? お兄ちゃんになりたいだけじゃないッスか?」

 

「いや違うよ。そんなせこい真似しないよ。本当の本当に20歳。確かレギルさんと同い年だよ」

 

「……へぇ」

 

 唐突にレギルさんとの共通点を話すと、なぜかプランは不機嫌そうに顔をしかめた。

 と、そんなやり取りをしている最中。

 不意に頭上に冷気を感じた。

 

 ぽつり、ぽつり。

 

「おい、くだらない話してたせいで降ってきちゃったじゃねえか。どっちが年上とかどうでもいいだろ」

 

「くだらないってなんスか!? 重要なことッスよ! ていうかそっちから言ってきたことじゃないッスか!?」

 

 慌てて小走りになると、プランが憤慨しながら背中を追いかけてきた。

 空はすでに一面の雲。そこから降り注ぐは糸のような小雨。

 僕らは急いで治療院へと向かい始める。

 

 均された土道が、次第に色を変えていく。

 前髪に当たる雨も量を増していく。

 これは治療院に着く前に、二人ともそれなりに雨に濡れるかもなぁ。

 呑気にそう考えながら、ようやく東の畑エリアを抜けて、治療院を視界に収めると……

 

「んっ?」

 

 入口の前に人影が見えた。

 ただ一点に治療院のドアを見つめる人物。

 お客さん……だろうか?

 それにしては少し様子が変だな。

 

 ボロボロになった黒のマント。

 それを羽織り、こちらに背中を向けているので、容姿は定かではない。

 あの雰囲気からして、村の人でもないだろう。

 出掛け中の札を掛けているのにも関わらず、その扉をじっと見据えている。

 というより……

 

 前述した通り、容姿は定かではないのだが。

 明らかに僕の腰より、頭が下の位置にあるのだ。

 端的に言うと、ちっちゃい。

 それはもう、コマちゃんやユウちゃんに引けを取らないくらいに。

 

 いつの間にか僕とプランは立ち止まり、遠方からその人物を眺めていた。

 二人して疑問符を浮かべる。

 ネビロの流行り病事件はおろか、プランが持ってきた盗賊団の依頼に関しても、まだ記憶に新しいというのに。

 これまたいったい、どんな面倒ごとが治療院に舞い込んできたのだろうか?

 表には出さず、僕は内心で滝のような冷や汗を滲ませる。

 

 ……やな予感がする。

 

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