第26話 「客入り」
「ふんふふ~ん!」
「……」
場所を治療院から村の通りに移して、数分ちょっと。
それでも僕の耳に響くのは、変わらずプランの鼻歌であった。
何がそんなに嬉しいんだが、彼女は先刻より上機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。
軽くスキップをしながら前を行くプランについて行くと、やがてノホホ村の中央広場にたどり着いた。
「さあ! やってきましたッス中央広場! さっそく野菜の確保に参りましょう!」
「おぉ~」
元気なプランの声に対して、僕は若干気のない声を返す。
ここまで歩いてくるのに多少疲れを感じてしまったが、しかしこの買い物はおざなりにはできない。
節約のためになんとしても格安で食料を確保しなくては。
というわけで僕とプランは中央広場に立ち入り、そこらに出ているお店を一つ一つチェックしていくのであった。
大きな声でお客引きをする出店の数々。
お昼下がりの隙間時間に談笑をする主婦さんたち。
その傍らで遊んでいる村の子供ら。
プランがアルバイトになってからというもの、買い物はすべて彼女に任せっきりにしている。
だから僕はこの時間帯に来るのは久しぶりなのだが、ノホホ村の中央広場の活気は相変わらずのようだった。
と和やかな気持ちで出店を見て回っていると、不意に傍らから女性の声が掛かってきた。
「あれれ? ノンさんにプランちゃん? 二人で来るなんて珍しいね」
「あっ、レギルさん。こんにちは」
僕はぺこりと頭を下げながら女性の方に歩み寄っていく。
艶やかな茶色のロングヘアが綺麗な、八百屋さんの店主さん。
店主という呼び方が似合わないほど若々しい女性で、どうやら僕と同い年だという。
そして実は彼女は、このノホホ村で八百屋のお手伝いをしているコマちゃんのお姉さんだ。
茶髪と活発な性格がとてもそっくり。
そんな彼女は自分のお店の前に立ち、客引きをしていた。
この時間帯がお客さんの集め時なのだろう。
プランと共に店前まで来ると、レギルさんは爽やかな笑顔をこちらに向けた。
「今日はお二人でお買い物?」
「まあ、はい、そうですね……」
「そっかそっか。仲が良くてよろしいことで」
なんだか微笑ましい視線を向けられた気がするが、今は気にしない。
すると同じくその視線を受けたプランが、いつもの二割増しくらい元気な様子で挨拶を返した。
「こんにちはッス、レギルさん! さっそく今日のお買い得商品を教えてくださいッス! アタシの見立てではホクホク芋とプリプリトマトの詰め合わせッスね!」
「相変わらず目ざといねプランちゃんは。そうだよ、今日のお買い得商品はこれだよ。何ならもう少しだけ安くしてあげようか? ノンさんには度々お世話になってるし、珍しいものも見せてもらったことだしね」
「おぉ! いいんスか!? 是非お願いしますッス!」
なんだか僕よりも慣れた様子だった。
それに思惑通り野菜の値引きにも成功して、プランの対人スキルにはつい感服してしまう。
おまけに、レギルさんに野菜を詰めてもらっている間も、あちこちから「おっすプランちゃん」とか「うちの店も見てってよプランちゃん」なんて風に声を掛けられていた。
僕はこっそりとプランに近づき、小声で問いかける。
「お前、結構村の人たちと仲良いの?」
「はいッス。中央広場にはよくお買い物に来ますし、その度に皆さんにはよくしてもらって」
まるで知らなかった。
まあ、プランの愛嬌の良さなら、誰とでもすぐに仲良くなれてしまうのだろう。
ノホホ村の人たちとも上手くマッチしそうだし。
と、それはいいとして、僕よりも仲良くなっているのは若干納得がいかないが。
なんて思っていると、野菜を袋に詰め終わったレギルさんが、不意にお店の奥に声を掛けた。
「コマー! ノンさんたちが来たよぉ!」
「えっ? ホント!?」
すると裏手から、幼い少女の声が返ってくる。
次いでパタパタとせわしなく鳴る足音。
お店の手伝いをしていたのだろうか、エプロン姿のコマちゃんが飛び出してきた。
「ノンお兄さん、久しぶり!」
「おう、元気にしてたか?」
「うん!」
「じゃあ怪我はしてないか?」
「大丈夫だよ!」
いつも通りの口早な問答を済ませ、僕たちは笑みを交わし合った。
なんだかこの光景が新鮮に映ってしまう。
いつもは治療院に来てもらって、僕が接客をする側なんだけど、今日はそれが真逆だから。
感慨深く思っていると、今度はプランがコマちゃんと笑みを交わした。
「コマちゃん、こんにちはッス!」
「プランお姉さん、いらっしゃいませ!」
と、そんな最中。
プランの手元にある野菜入りの袋を見て、コマちゃんが不満そうな声を上げた。
「あぁ! もうお野菜買っちゃったんだ! 私がやりたかったのに~!」
「コマー、あんたにはまだ早いって言ってるでしょ。他に覚えなきゃいけないことが山ほどあるんだから、接客はそのあと」
「は~い」
八百屋姉妹の仲睦まじい光景を目の当たりにする。
温かい気持ちになっていると、すでに野菜を購入したのにもかかわらず、プランが優しくコマちゃんに問いかけた。
「他にも何かおすすめがあったら教えてくださいッス」
「ホ、ホント!? じゃあね、今の時期はね……」
やがて「こっち来て」と続けて、プランの手を引いて商品の前へと連れて行ってしまった。
どうやらどうしても接客をしたいらしい。
楽しげに去っていった彼女たちを見ながら、不意にレギルさんが言った。
「ごめんねノンさん。今あの子、お店のこと勉強中だから、色々と相手させちゃうかも」
「あぁ、別に気にしないでください。もう少しだけ野菜買おうと思ってましたし、コマちゃんにも早くお店に慣れてほしいですからね」
そう答えると、レギルさんは安心したように微笑んだ。
「それならよかった。私としてもコマには早く戦力になってもらいたかったし。それにさ、おまけしちゃった後で言うのもなんだけど、今日はお客さんの入りもいまいちだし、野菜も捌けなくて困ってたところなんだよ」
「えっ? そうなんですか?」
「うん」
困り笑いを浮かべて、レギルさんは頷く。
お客さんの入りがいまいちって、僕の治療院と同じじゃないか。
思えば中央広場に集まっている人たちも、心なしかいつもより少ない気がする。
何か理由でもあるのだろうか?
と、ぼんやりと考えていると、ふとレギルさんが……
「だって、ほら……」
空を見上げて、その理由を一言で説明してくれた。
「一雨来そうじゃん」
「……」
釣られて僕も視線を上げる。
空には灰色の雲が、ゆっくりと広がっていた。
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