第24話 「治療とは関係のない依頼はご遠慮ください」

 

「ここ、この度は、ニココ村の村人たちをお救いいただきまして、まま、誠にありがとうございます!」


「い、いえいえ」


 ニココ村の流行り病の一件から、早くも三日。

 治療院にはその依頼主であるパナシアさんがやって来ていた。

 彼女は改まった様子で治療院を訪ねてきて、今一度お礼を口にしている。


「村の方もだいぶ落ち着きと笑顔を取り戻してきましたので、改めてノンさんにお礼をと……。これ、ニココ村の名物『ニココ饅頭』です、どうぞ」


「あ、ありがとうございます。わざわざ遠くから来ていただいて」


「いえいえ。ノンさんにはたくさんご迷惑をおかけしてしまいましたし、何より私自身がお礼をしたいと思っているのです。突然押しかけた私の依頼を聞いていただいて、本当にありがとうございました」


 あの後……

 ネビロを討伐した僕とプランは、ニココ村の様子を見てから治療院に戻ることにした。

 村人たちに掛けられた呪いが本当に解かれたのかどうか、それをきちんと確かめた後、僕らは安心して治療院に帰還した。

 それからパナシアさんに依頼達成を報告し、流行り病事件は幕を閉じたというわけである。

 以上の経緯を密かに思い出し、肩の力を抜いていると、眼前のパナシアさんが不安げに口を開いた。


「そ、それにしても……」


「……?」


「本当に治療費は500ガルズだけでよかったんですか? ほ、本当なら、村人たち全員分の治療費を支払わなければなりませんのに」


「あぁ……」


 三日前のことを思い出しながら僕は返す。


「治療費は結構ですよ。僕はただニココ村の流行り病について少し調べただけですから。500ガルズはその調査料として受け取っただけです」


「い、いえ、それでも……」


「それにほら、僕が治療院にいない間、パナシアさんがノホホ村の人たちの傷を治療してくれたそうじゃないですか。それで充分ですよ」


 何でもないように笑ってみせると、パナシアさんはきょとんと目を丸くしてしまった。

 依頼を受けた時はお礼をたくさんするという約束をしてもらったけど、僕はネビロを倒しただけで大掛かりな治療は行なっていない。

 それで人数分の治療費を受け取るのは筋違いだ。

 なんて思っていると、不意に目の前のパナシアさんが、心なしか血の気の薄い顔を”赤らめて”慌て始めた。


「い、いやぁ、それにしてもまさか、ニココ村の流行り病の正体が”ただの風邪”だったなんて、私とってもびっくりしちゃいました。そんなことも見抜けずにノンさんに助けを求めに来てしまって、私なんてまだまだですね」


「い、いえいえ、そんなことはありませんよパナシアさん」


 苦笑する彼女に僕はかぶりを振ってみせる。


「僕だって『診察』のスキルを使ってみなきゃわからないことでしたし、普通の人たちからしてみれば、本当にただ元気がなくなっているようにしか見えませんからね。だからそんなに気を落とさないでください」


「は、はぁ……」


「それと、また何かありましたら遠慮せずにうちを頼ってください。逆に僕たちが病気した時は、是非パナシアさんの薬屋を頼らせていただきますから」


「……」


 ふっと微笑んでみせると、再びパナシアさんは目を丸くして固まってしまった。

 次いで丸眼鏡を掛けた顔を、不意に伏せてしまう。

 いったいどうしたのだろう? と疑問に思っていると、これまた心なしか……

 若干頬を赤くしているパナシアさんが、自分の膝上に目を落としながらぼそりと呟いた。


「……や、優しいんですね、ノンさん」


「えっ?」


「そそ、それじゃあ私は、そろそろお暇させていただこうと思います。あまり長居してもご無礼ですので。そそそ、それでは!」


 唐突に椅子から立ち上がったパナシアさんは、ぺこりと頭を下げて逃げるように治療院を出てしまった。

 僕はそんな彼女の背中に、「ま、またお越しくださ~い」と遅れて声を飛ばす。

 なんだか忙しい人だな、転んで怪我でもしなければいいのだが。

 なんて思っていると、不意に後方から、パナシアさんではない声がぼそりと聞こえてきた。


「……高速の落とし手」


「えっ? なに?」


「いえ別に」


 先ほどから部屋の片隅で僕とパナシアさんのやり取りを見ていたプランだ。

 彼女はいつの間にか僕の真後ろにつき、どこか呆れた目をこちらに向けている。

 なんだその目は?

 そのことについて軽く問いかけようかと考えたが、先にプランに言われてしまった。


「そんなことよりもノンさん、本当にあのこと黙っててもよかったんスか?」


「んっ? あのこと?」


「呪いのことッスよ呪いのこと。ニココ村の人たちの元気を奪っていたのはただの風邪なんて嘘ついて、本当のことは何も話さなかったじゃないッスか」


「あぁ……」


 先刻のやり取りと三日前の会話を思い出す。

『ニココ村の人たちを苦しめていたのはただの風邪でしたよ。しばらくすれば元気が戻ると思いますのでご安心ください』

 そう言って呪いとネビロのことは一切パナシアさんに教えなかったのだが、どうもプランはそれが気に入らないらしい。

 あれからの三日間、ずっと機嫌を悪そうにしていたのはそれが理由だったのか。

 遅まきながらそれに気付いて、僕は呪いのことを話さなかった訳をプランに語った。


「まあ、あれだけ大きな異変を風邪とかで片付けるのは、やっぱ無茶だったかもしれないな。ちゃんと真実を話してすっきりさせてあげた方がよかったかもしれない。でも僕は、あの村の人たちとパナシアさんを不安にさせたくなかったんだよ」


「不安?」


「実はあなたたちは呪われていました、なんて後で聞かされたら背筋がゾクッとするだろ。それにもう呪いはなくなったし、知らない方が幸せなことだって中にはあるんだ。だからあれでよかったんだよ」


 すべてを教えてしまってもよかったかもしれない。

 けど僕は、彼女たちをこれ以上不安にさせたくなかった。

 何よりこの話が広まって、ニココ村やパナシアさん、そして僕の治療院が変に注目されたりしたら嫌だったから。

 という完璧な回答をプランに送ると、それでも彼女はいまだに納得がいかないというように眉を寄せていた。

 いったいどうしろってんだよ。と頭を悩ませていると、やがて彼女は誰に言うでもなく呟いた。


「アタシが言ってるのは、そういうことじゃないッス」


「はいっ?」


「ノンさんはもっと、みんなに褒められるべきだと思うッス!」


 プランは急に前のめりになって叫ぶ。

 その姿に若干驚いていると、彼女はさらに語気を強めて続けた。

 

「ニココ村まで診察に行ったらただの風邪で、そのまま自分たちは帰ってきた? 全然そんなんじゃないッス! 本当は村の人たちとパナシアさんのために魔王軍の四天王と戦って、いっぱい傷ついて、それでようやく呪いを解いてあげることができたんじゃないッスか! それなのにノンさんは陰で活躍したことをみんなに隠して、そんなのやっぱり間違ってるッス!」


 今までにないほど感情を荒くするプラン。

 いつも能天気な彼女の意外な姿を見て、僕は驚きながらも言い返した。


「……僕がそれでいいって思ったんだから、別にそれでいいだろ」


「全然良くないッスよ!」


 プランの怒りはとどまらない。

 何が彼女をここまで熱くさせているのだろうか?

 訳が分からず呆然としていると、プランは激しくかぶりを振った。


「ノンさん自身はそれでいいとしても、一番近くで見ていたアタシがそれを許したくないんス!」


「許したくないって、別に僕はお前に許されなくても全然いいよ。ていうか何そんなに怒ってんだよ」


 これはお前のことじゃなくて僕のことなのに。

 そう思った僕は、呆れながら彼女に言った。


「とにかく、僕がそれでいいって思ったんだから、この話はこれでおしまい。さっ、仕事に戻れ」


「……」


 強引に話を終わらせると、僕は窓際の席に腰掛けて本を開いた。

 まったくなんなんだよプランのやつは。

 自分のことでもないのに熱くなって、疲れはしないのだろうか?

 と思いながら気晴らしのために本を読み、治療院の中が一時の静寂に包まれる。

 その静けさに若干の居心地の悪さを感じていると、不意に後方に人の気配を感じた。

 すると振り向くより先に、誰かの腕が僕の頭を包み込んでくる。

 それがプランの仕業だとわかった僕は、眉を寄せて首を傾げた。

 

「……何してんのお前?」


「見てわかんないッスか? 頭をなでなでしてますッス」


 いや、そんなの見りゃわかんだよ。

 そうじゃなくて、なんで頭を撫でてるのか理由まで尋ねたんだけど。

 そう思いながらジトッとした目でプランを見上げると、奴はこれの理由を説明した。


「アタシがみんなの分まで、ノンさんのことをたくさん褒めてあげるッス」


「はっ?」

 

「ノンさんが自分の頑張りを隠してしまうなら、一番近くで見ているアタシが代わりに褒めてあげるしかないじゃないッスか。そうじゃないとノンさんが可哀想ッス」


 ……いや、可哀想って。

 別に僕は自分を可哀想だと思ってないんだけど。

 それに頑張りを隠したつもりもないし、ついでに言えばプランに頭を撫でられる覚えだってない。

 それなのにこいつは執拗に僕の頭をゆっくりと撫でてくる。

 そろそろ振り解いてやるかと思っていると、不意に奴は耳元に顔を寄せ、小さく囁いてきた。


「あのッスねノンさん、頑張ったら頑張った分だけ誰かに褒めてもらえるんスよ。傷を治してあげたら『ありがとう』って言ってもらえて、誰かのために戦ったら『すごいぞよくやった』って褒めてもらえるんス。それを改めてわかってほしいッス」


 そう言われ、僕は僅かに眉を寄せる。

 頑張ったら頑張った分だけ誰かに褒めてもらえる。

 そんなの当たり前のことじゃないか。何を今さらそんなことを……

 と、心中で呆れたため息を漏らしてしまうが、遅れて僕は気が付く。

 僕の中ではそれが当たり前になっていなかったのだ。

 頑張っても誰かに褒めてもらえるわけではないと思い込んでいたのだ。

 そもそも自分が頑張っていたという自覚すら湧かなくなっていた。

 それはどうしてか。たぶん、あの”勇者パーティー”で回復役をしていたからだ。

 それがわかっているらしいプランは、僕に対して不満を抱き、注意をしてくれた。


「たぶんノンさんは勇者パーティーにいた頃、誰からも褒めてもらえなかったんじゃないッスか? 仲間の傷を治すのが当然で、陰で頑張ってもみんなから褒めてもらえるのは勇者やその他のメンバーたちだけ。ノンさん自身もそれが当たり前だと思ってたんじゃないッスか?」


「……」


 プランにそう問われ、反射的に頷いてしまいそうになる。

 確かに彼女の言う通りだ。

 僕は勇者パーティーの回復役として、当然のように勇者たちの傷を治し続けてきた。

 それは決して褒められるようなことではなく、当たり前のことなのだと。

 そういえば勇者パーティーから追い出された後、誰かの怪我を治して『ありがとう』と言ってもらえたことがすごく不思議に感じたな。

 今一度そのことを思い出していると、プランはかぶりを振って続けた。


「でもやっぱりそれは間違ってるッス。だって誰かの怪我を治したり誰かのために戦うのはすごいことじゃないッスか。むしろ褒められることが当たり前のことなんスよ。ですからどうか、褒められることから逃げないでくださいッス」


 次いで彼女は一層顔を近づけて、優しい声音で続きを口にした。


「だってノンさんはもう、勇者パーティーにいた頃とは違うんスから」


 不覚にもそう言ってもらったことで、僕の中で何かが軽くなった気がした。

 褒められることから逃げないで。

 別に逃げていたつもりはなかったのだが、実質僕は褒められることに背を向けていたのかもしれない。

 自分は褒められるような存在ではないから。頑張ってなどいないから。勇者パーティーのお荷物だから。

 そう自分を卑下していたので、パナシアさんにも嘘をついてしまった。

 

 改めてそれがわかり、僕はほんの少しだけ反省の想いを抱く。

 そういえば僕はもう、勇者パーティーの回復役のゼノンではなかったのだな。

 今は田舎村で治療院を開いているノンだ。

 だから誰かに褒めてもらうのもおかしいことじゃないし、今はちゃんと褒めてくれる”仲間”もいる。

 それを今一度教えてくれたプランからすると、相当僕のことが腹立たしかっただろうな。

 だって、ちゃんと褒めてくれる仲間がいるのに、それをわかっていなかったのだから。

 だからプランはあんなにも熱くなって怒っていたのだ。

 それがわかった僕は、いまだに頭を撫でているプランに対し、聞こえないくらいの声でぼそりと呟いた。


「……悪かったな」


「……?」


 ついでに彼女の見えないところで、僕は少しだけ頬を緩めた。






 第二章 おわり

 

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