第23話 「茶飲み友達」

 

 僕自身もなぜこんなことを聞いてしまったのかわからない。

 でも、実際に戦った僕だからこそ疑問を覚えてしまった。

 こいつは本当にニココ村の村人たちを殺して、死霊術で自分の従者にしようとしていたのだろうか?


「今の死霊術を見た限りだと、全盛期の頃とさほど違いはないように見えた。たぶんやろうと思えば、もっと強力な呪いを村に撒くことができたんじゃないのか?」


 いや、それ以前に、あの地下迷宮にいた呪騎士にも違和感が満載だ。

 もしこの大陸を陥れるためにアンデッドナイトを作ったのなら、なぜ誰も寄り付かなそうな地下迷宮の最奥に忍ばせていたのだろうか。

 そもそもネビロはその気になれば、ここら一帯の地面を掘り返して、いくらでも人間の死体を調達できたはずではないか。

 それなのにどうして……?

 そんな僕の問いに対して、ネビロはぼんやりとした様子で答えた。


「そう……じゃのぉ。改めてそう聞かれると、自分でもよぅわからんなぁ。確かにやろうと思えば、村人の殲滅くらい、すぐにでもできたと思うが、なんでワシはそれをしなかったんじゃろうなぁ」


 奴自身も気付いていたようだが、しかしその理由まではわからないらしい。

 やろうと思えばできたことを、なぜ自分はしなかったのか。

 その疑問に囚われながら、しばし口を閉ざしたネビロは、不意に視線を逸らす。

 すると彼は地下室の傍らに置かれた木造りの机……もっと言えば、その上に置かれたお茶カップに目を留めて、弱々しく続けた。


「いや、もしかしたらワシは……」


「……?」


「茶飲み友達が、ほしかったのかもしれん」


「はっ?」


 突拍子もないことを言われて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 茶飲み友達がなんだって?


「一度勇者に敗れたワシは、その後蘇ることはできたのじゃが、実はさほど嬉しさは感じんかった。かつてのような支配欲や、魔族としての本能がどこか薄れてしまい、後に残っていたのは拾った命でできる限りゆっくりしたいという、隠居生活への憧れだけじゃった」


「い、隠居生活?」


「まあ、ワシも疲れていたのかもしれんな。魔王軍の四天王なんかもう辞めてしまって、田舎の方にある居心地良い墓場で余生を楽しむのも一興じゃと考えたわけじゃ」


 不思議と今までで一番楽しそうに語るネビロ。

 なんだか誰かさんの話を聞いているみたいだと思っていると、彼はさらにしみじみとした様子で続けた。


「この墓場に来たのは、静かで居心地が良さそうだと思ったから。そして村に呪いを撒いていたのは、誰かに気付いてほしかったから。今まで死霊術で死体ばかりを相手にしてきたからの、やはりワシは一緒にお茶を飲んでくれる友達が、ほしかったのかもしれんな」


「……」


 そんな返答を受け、僕は言い知れぬ感情を胸に抱く。

 こいつも寂しい思いをしていたんだな。

 魔王軍の四天王だから悪い存在と決めつけていたけど、実際は人との付き合い方がわからない、少し寂しがり屋なおじいちゃんみたいな奴だったのだ。

 そういえばこいつは、最初に僕たちが訪ねてきた時も、お茶を淹れてくれようとした。

 それは友達がほしかったからの行動で、僕はそんなことにも気付かず……

  

「ふん、そんな顔をするでない。魔王軍の四天王が最後に向けられる顔ではないからの」

 

「……」

 

「そんなことよりも、気を付けるんじゃぞ『高速の癒し手』よ。おぬしはワシと似通ったところがあるように思える。他の四天王の連中はワシと違って、一癖も二癖もある女子おなごばかりじゃからな。もし会うようなことがあれば、充分に気を付けるんじゃぞ。ワシもよくそやつらから、いじわ……じゃない、ぞんざいな扱いを受けておった」

 

「えっ、いや、僕はもう魔王軍の奴らと関わる気はないんだけど……」

 

 ていうか、他の四天王の奴らって全員女なのか。

 なんとも意外な新事実である。

 そんな軍団の中でネビロはぞんざいな扱いを受けていて、逃げるようにして田舎に来たってわけか。

 あれっ? なんかそれ……

 物凄く僕と似てるんじゃないのか?

 

 勇者パーティーでこき使われて、挙句の果てに追い出された僕。

 魔王軍でぞんざいな扱いを受けていたらしいネビロ。

 思えばこの部屋も、村から少し離れた場所にあって、木造りの机と椅子まで用意されている。

 そこに腰掛けて本を片手にお茶を飲むなんて、僕がノホホ村の治療院でやってることとまったく一緒ではないか。

 ネビロと僕って、なんか鏡写しのように似てる気がするな。

 改めてそう思っていると、再びネビロが微笑みながら続けた。


「それと、そのナイフ、壊してしもうて悪かったの」


「えっ?」


「よかったらこれを持っていけ、高速の癒し手よ」


 ネビロは力なく下げていた腕をなんとか持ち上げて、黒衣の懐に手を入れる。

 彼がこれ以上、何もするつもりがないと確信している僕は、その姿を黙って見守っていた。

 やがてネビロは懐から一本の”ナイフ”を取り出す。

 柄から刃まですべて真っ黒に染められていて、柄頭にはドクロが付いている。

 そんなナイフを震える手でこちらに差し出し、ネビロは孫におもちゃを上げたおじいちゃんのように笑った。


「ナイフを壊してしもうた償いと、ワシに勝った褒美じゃ。遠慮せずに持っていけ」


「えっ、いやでも、なんかこれ不気味っていうか……」


「バ、バカ者。老人の最後の置き土産になんて文句をつけとるんじゃ」


 最後の最後で怒鳴り声をしぼり出すと、ネビロは呆れた様子で続けた。


「それはワシが作り上げた一級品よ。切れ味はそこらのナイフと大差ないが、特殊効果として『切った相手を少しの間だけ呪う』ことができるようになっておる。呪術を使えぬ者でも相手を呪うことができるナイフ。これをどう使うかは、おぬしが決めるのじゃ高速の癒し手」


「……」


 半ば強引に渡されたナイフに、僕はじっと目を落とす。

 そしてこのナイフをどう使うか、まだその答えが見つからないうちに、ネビロの体が徐々に薄れ始めていった。

 僕とプランが見守る中、彼はふっと頬を緩める。


「そろそろ時間のようじゃわい。それじゃあの小僧。老後は一人で寂しくお茶を飲むような人間にはなるのではないぞ。そこの娘を大切にな」


「それは勘弁してください」

 

「えっ、ちょ、ノンさん! そこは素直に頷いておくとこッスよ!」

 

 そしてネビロは生命力を燃やし尽くし、静かに消滅していった。

 辺りに満ちていた呪いの気配が、空気に溶けるように消えていく。

 こうして僕たちは、ニココ村に蔓延していた呪いを消し去り、流行り病の一件を無事に解決することができたのだった。

 

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