第20話 「北のネビロ」

 

「ここに何の用じゃ? あっ、もしやお客人か? すまんが客なんぞ滅多に来ないゆえにな、大したもてなしなどできぬが。あっ、お茶でいいかの?」


 僕たちに気が付いたガイコツは口早にそう言い、よっこいしょと重そうに腰を上げた。

 そして本当にお茶を淹れ始める。

 突然そんな姿を見せられて、僕とプランは呆然と固まってしまった。

 なんか予想していた反応と違う。

 というかさっきまでの殺伐とした空気が嘘のようだ。


「あ、あのガイコツさんが、魔王軍四天王の一人『北のネビロ』なんスか?」


「あ、あぁ、間違いない……と思う。一ヶ月と少し前に、僕がこの目で直接見たんだからな」


 まさにひと月前に勇者パーティーと共にこいつを倒した。

 東西南北、四つの大陸を魔大陸として統べる魔王軍の四天王。

 そのうち北のシンシン大陸を統率していた北の四天王のネビロ。

 主に呪いや死者使役といった死霊術を得意としている死霊術師ネクロマンサーとして、人々に恐れられていた。

 そんなネビロが、なんでこんな場所で呑気に生きていて、僕たちをもてなすようにお茶を淹れてるんだよ。

 疑問に満ちた目を向けていると、やがてネビロがその視線に違和感を覚えたのか逆に首を傾げた。


「んっ? おぬしどこかで会ったかのぉ? すまんが最近は物忘れが激しくてな、よほど印象に残っておらん限り顔は覚えてられんのでな」


「……」


 やっぱり僕のことは覚えていないか。

 勇者パーティーの一員として戦った時は、やはりマリンたちが先行して暴れていたので、後方で待っていただけの僕は記憶に残っていないのだろう。

 まあ、別にそんなのどうでもいいか。

 今はそれよりも聞かなければならないことが山ほどある。


「なんでお前がこんなところにいるんだ?」


「んっ?」


「ニココ村に蔓延している呪い、あれはお前が仕掛けているものだろ? 目的はいったい何なんだ」


 立て続けに疑問を飛ばすと、奴はお茶を淹れる手を止め、小さなため息を漏らした。


「そうかおぬしら、呪いの痕跡を嗅ぎつけてやってきた者たちか。もうしばらくはバレんと思っとったが、意外にも早く気が付かれてしもうたの」


 次いでネビロは頷きを返しながら続ける。


「おぬしの言うとおりじゃよ。ワシがあの村に呪いを撒いている呪術師じゃ。ついこの前、青髪の勇者に敗れたワシは、死の淵からこうして蘇ってきたんじゃよ」


「なっ――!?」


 よみ……がえった?

 そんなことがあり得るのだろうか?

 驚愕の事実に目を見張っていると、ネビロはさらに追い打ちを掛けてくるように言った。


「あの勇者たちはツメが甘かった。ワシが完全に消滅するところを見ずに、呑気に帰っていきおったからの。完全ではないとはいえ、こうして蘇るのはさほど難しいことではなかったぞ」


「……」


 そういえばそうだったと呆れながら思い出す。

 確かに北の魔王軍であったアンデッド軍団は、マリンたちの活躍でほぼ壊滅させることができた。

 そしてリーダーである北のネビロも、マリンの聖剣によって吹き飛ばしはしたのだが。

 誰も奴が完全に消滅するところは見ていなかった気がする。

 僕がいながらそれは実に間抜けな話ではあるのだが、しかしそれも致し方あるまい。

 だってあの時マリンが……


『早く帰ってシャワー浴びましょ。ここ死体臭くて勘弁してほしいのよね。髪とかに臭い付いたら最悪だし』


 とかなんとか言ってみんなを引き連れて帰っちゃうもんだから、僕だって釣られてその場を離れてしまったのだ。

 あの時ちょっとだけでもいいから危機感を抱いて、倒したかどうかを確認しようとみんなに伝えられていれば。

 ということはこれは僕の責任でもあるな。

 北の四天王ネビロの復活は、もはや勇者パーティーだけの不備とは言えない。

 そこまでわかった僕は、すべてを察してネビロに問いかけた。

 

「つまりお前は今、不完全な状態で蘇っているから、本来の力を出せずにここから密かに呪いを撒いているってわけか?」


「ほほう、察しが良いな小僧。まさしくその通りじゃよ。ワシは今本来の力を引き出すことができぬ。ゆえにここから呪いを撒き、奴らが徐々に衰弱していくのも待っておるというわけじゃ」


 得意げになって話すガイコツは、さらに笑みを深めて続けた。


「ワシが治めておったシンシン大陸はすでに人間たちに奪われてしまった。他の四天王の元に転がり込むのも情けなくてできんくての、最終的な行き先にこのマルマル大陸を選んだというわけじゃよ」


「ここなら人間たちを密かに殺すことができるし、死霊術でアンデッドにすることもできるからか?」


「いかにもいかにも。ここで待っておれば自然と死体が大量に転がり込んでくる。そやつらをワシの死霊術で蘇らせ、死者使役をすれば、かつてのようなアンデッド軍団の再結成が叶うというわけじゃよ。ククク、クハハハハハ!」


 部屋に響くネビロの笑い声に耳を傾けながら、僕は呆れたため息を漏らす。

 そして腰の裏に手を持っていき、ここに来た目的を果たすためにナイフを取った。

 以前盗賊団からもらい、護身用として持ってきたナイフを。


「ペラペラと喋ってくれてありがとな。もちろんそんなことさせるわけにはいかないから、全力で止めさせてもらうぞネビロ」


「ほほう、おぬし一人で何ができるというのじゃ? 弱体化しているとはいえ、ワシは魔王軍四天王の一人じゃぞ。死霊術も問題なく使うことができる。ほれ、この通りにな」


 そう言ったネビロは、不意に骨の手を前にかざす。

 すると遺跡の地面がいきなり、まるでお湯が沸騰するかのようにぶくぶくと波打ち、そこから黒い何かが這い出てきた。

 黒光りする全身甲冑に、同色の剣と盾。

 禍々しいオーラを放つ真っ黒な騎士。

 思わずプランが目を見開いた。


「なっ!? あの地下迷宮にいた”呪騎士”じゃないッスか!? ど、どうしてここに……」


「ほうほう、おぬしら『アンデッドナイト』のことも知っておるのか。最近考案した新しいアンデッドでな、人前でこれを出すのはおぬしらが初めてじゃと思ったが……。まさかこの前地下迷宮に置いてきたアンデッドナイトが倒されたのはおぬしらの仕業か? いずれは各地に配置して呪いを撒かせる計画を立てておるのに、ことごとく邪魔ばかりしてくる若造たちじゃのぉ」


 今の話ですべてが繋がった。

 この間プランに連れられて行った地下迷宮には、謎の呪騎士が潜んでいた。

 そのせいで迷宮内部には呪いの霧が立ち込めており、盗賊団の皆も苦しめられた。

 それもすべてネビロが仕組んでいたものだったのだ。

 

 いくらなんでもおかしいとは思っていたんだ。

 あんなレベル違いな魔物が、魔大陸でもないこの場所にいるはずがないと。

 それもこれもアンデッド軍団の再結成を目論んでいるネビロの仕業ということなら納得もいく。

 あの時の借りを返すためにも、僕は右手に持ったナイフをより強く握りしめた。

 一匹だけならこの前相手したのと何ら変わりはない。

 僕だけでも問題なく……


「そうか、おぬしらが地下迷宮のアンデッドナイトを倒したというのなら、少し本気を出すとしようかのぉ」


「はっ?」


 ネビロの唐突な発言に僕は眉を寄せる。

 すると奴は不意にアンデッドナイトを呼び出した時と同じように前方に手をかざした。

 次の瞬間、地面から”二体”の呪騎士が這い出てくる。


「げっ!」


 目の前に並んだ三体ものアンデッドナイトを見て、僕は思わず顔をしかめた。

 あの時に戦った呪騎士が、まさか三体も。

 これは非常にマズイ。ていうか面倒くさい。

 同じく眼前の景色に危機感を覚えたらしいプランが、わなわなと体を震わせた。


「や、やばいッス……さすがにこれはマズいッス……」


 そんな不安に追い打ちを掛けるかのように、ネビロが叫んだ。


「行け、アンデッドナイトたちよ!」


『ギギギギッ!』


 三体の呪騎士が壊れたおもちゃのような声を上げて襲い掛かってくる。

 その光景に少し萎縮してしまいそうになるが、すかさず僕はプランを後ろに下げて身構えた。

 一体目の攻撃をいなした後、すぐに二体目が懐まで潜り込んでくる。

 黒い剣が真下から唸りを上げて迫ってきて、僕はなんとか自分の体と剣の間にナイフを滑り込ませることができた。

 短い刀身と肉厚の刃が激突する。


「うっ、重っ!」


 間一髪でそれを凌ぐことはできたのだが、またすぐに三体目の長剣が真横から殴り掛かってきた。

 このタイミングで回避は不可能。

 仕方なくいなすつもりで長剣にナイフを当てたのだが、その瞬間手に嫌な感触が走った。

 バキンッ! と甲高い音が耳を打つ。


「ほれほれ、安物のナイフが折れてしまったぞ! 大人しく尻尾を巻いて逃げた方が良いのではないか!」


 面白がるようにネビロはそう言い、僕は柄だけになったナイフを見て歯を食いしばった。

 やばい、武器がなくなってしまった。

 というのももちろんあるのだが、何より貰い物を壊してしまった罪悪感が半端ではない。

 こんな状況でそんなことを気にしている場合ではないのだろうが、後でプランに謝っておこう。


 そう思いながら僕は一時後退し、三体の呪騎士に鋭い視線を送る。

 確かにネビロの言うとおり、このまま尻尾を巻いて逃げてしまったほうがいいかもしれない。

 武器もなくし、戦力も足りないこの状況で戦うのはあまりにも無茶だ。

 しかし僕は奴らに背中を見せることはせず、ナイフの柄を懐に仕舞って右手だけを構えた。

 こいつらがネビロの使役するアンデッドとわかった今なら、ナイフなしでも”倒す方法”はある。

 実際に試してみないとわからないが、自信はあるから大丈夫だ。

 僕は前方に飛び出す。

 武器も持たずして無謀な特攻を仕掛け、その後ろ姿を見てプランが叫んだ。


「ノンさん!」


 彼女の制止の声を聞き流し、僕は走り続ける。

 一体のアンデッドナイトの前まで行くと、敵は迎撃のために黒剣を振ってきた。

 僕はすかさず身を屈める。

 アンデッドナイトの一振りを掻い潜ると、次いで右手を伸ばして奴の腹部に手の平を当てた。

 ――くらいやがれ!


「ヒール!」


 瞬間、右手に真っ白な光がぽわんと灯る。

 それはアンデッドナイトの黒い体を包み込み、人と同じく癒しの力を等しく与えた。

 そんな光景にプランが眉を寄せる中、アンデッドナイトに異変が起きた。


「グ、ガァァァァァ!!!」


 まるで火を押し付けられたかのごとく、腹を押さえて苦しみ始めた。

 

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