第19話 「呪術師」
「呪いって、まさかこの前の地下迷宮にあったものと同じようなものってことッスか?」
「あぁ」
プランからの問いに対して、僕は確かな頷きを返してみせる。
そして声を低めて続けた。
「たぶんニココ村全体を極薄の呪いの霧が覆っているんだと思う。効果はそこまで大きくないけど、持続力がある呪いだ。微力ながらも、今も村人たちの生命力を着実に削っている」
「そ、そんな、なんでそんなものがこの村に……?」
「……それはわからない」
かぶりを振った僕は見て、プランは困惑したように白髪を掻く。
どうしてニココ村に呪いが蔓延しているのかはわからない。
けれども先ほどお姉さんのステータスを確認した限りでは、間違いなく呪いに侵されている。
おそらく他の村人たちもそうだろう。
彼女たちから元気を奪い、パナシアさんが流行り病だと言っていたものの正体は、微弱な呪いだったのだ。
そこまでわかったプランは、前に僕から聞いた話を思い出すように言った。
「呪いは確か、誰かの手によって生み出されているもので、必ず呪術師が関係しているんスよね。じゃあニココ村の人たちを呪いで苦しめている”犯人”がどこかにいるってことッスか?」
「うん、まず間違いなくこの近くに隠れていると思う。人間の呪術師なのか、はたまた前みたいな呪騎士がしていることなのかは見当もつかないけどな」
ぶっちゃけ前者の可能性は考えたくないけど。
こんなに優しい村人たちに故意に呪いを振り撒いている人間がいるなんて思いたくないから。
プランも同様の気持ちを抱いたようで、不安そうな顔で呟いた。
「できれば呪騎士のような魔物の仕業であってほしいッスよね。というかどちらにしても、なんでわざわざそんなことを……」
「理由はわからない。何が目的でこんなに優しい村の人たちを苦しめているのか、正直知りたくもないけど、今はとにかく彼女たちの治療をするのが最優先だと思う」
「そ、そうッスね。ノンさんの解呪魔法なら、あまり効果の高くない呪いはすぐに解くことができますもんね」
以前の盗賊団の治療を思い出して、プランはそう断言する。
今はとりあえず村人たちの治療が最優先だ。
犯人は誰とか目的は何とか、そんなものは後回しにしてもいい。僕は治療の依頼を受けてここに来たのだから。
けれども、僕は顔に翳りを作ってプランに言った。
「でも、問題はその後だ」
「えっ?」
「もし村人全員の解呪を終わらせたとして、まさかそれで治療完了なんてことにはできないだろ。放っておけばまた必ず村人たちに呪いが掛かってしまう」
「……確かにそうッスね」
ニココ村には今もなお、呪いの霧が薄く漂っていると思われる。
目で認識することもできないほどだが、それでも呪いへの耐性が皆無な村人たちには充分なものだ。
たとえ僕が解呪魔法を使って呪いを解いたとしても、放っておけば再びこれに侵されてしまう。
見て見ぬふりなんてできない。
しかしかといって僕たちだけで呪いの霧を止める……つまりは呪術師を倒すのはあまりにも無謀だと思える。
前回のように上手くいく保証はないのだから。
だからこそそれを悟ったプランが、閃いたように提案をしてきた。
「あっ、誰か助けを呼びますッスか? 町の方にいる冒険者とか……」
「いや、それはやめておこう。なるべくこの村の人たちをパニックにさせたくない。事を荒立てないで、僕たちだけで解決に持っていくんだ」
「で、でも、それじゃあ……」
治療の依頼の範疇を越える、とでも言いたいのだろうか?
まあ確かに僕は、パナシアさんからここまで頼まれた覚えはない。
それに僕自身も戦いや面倒事はもううんざりと口を酸っぱくして言ってきた。
これは僕が最も嫌う展開だ。
だからそれを心配したプランは、他の誰かに事件の解決を任せようと提案してきてくれたのだ。
しかし僕は彼女の優しさを素直に受け取ることはせず、今も治療院で待っているはずの丸眼鏡の薬師を思い浮かべながら言った。
「パナシアさんは、僕たちのことを頼ってきてくれたんだ。田舎村で治療院を開いている僕のことを。『村の人たちを混乱させたくないから』って」
「そう……言ってましたッスね」
「確かに町の冒険者とかを呼んで呪術師退治をした方がよほど確実だとは思うけど、それなら最初からパナシアさんは町の方で流行り病のことを公表していた方がよかったはずだ。それでも僕たちのところに来てくれた。ニココ村を混乱させたくないからって。僕はなるべく、彼女のその優しさを尊重したい。たとえ自分たちが無茶をすることになったとしてもだ」
戦いや面倒事はもううんざりだと再三言ってきたが、それでもやはりこの事態を見過ごすことができない。
僕は治療院を営んでいる治癒師のノンだから。
そしてパナシアさんは、ニココ村のことをよろしくお願いすると僕に言ったのだ。
中途半端に終わらせることなんて許されるはずがない。
それに呪いを解呪する=呪術師を倒すという式が成り立つのなら、これも盗賊団の時と同様、治療の依頼に含まれていることだろう。
しかし僕一人でそれができるはずもなく、冒険者の手を借りることもできないので……
「だからプランにお願いする。僕のわがままに付き合ってくれないか?」
「……」
ニココ村で発生している流行り病事件を、秘密裏に解決させる。
そのためにプランの手を貸してほしい。
僕一人だけでは呪いの解呪はできても、呪術師を見つけることはできないし、たった一人だけでは正直不安なのである。
だからこそプランに、僕のわがままに付き合ってほしい。
しかしそれは自分勝手な行動で、やはり少し申し訳ない思いを抱いていると、プランは肩をすくめて答えてくれた。
「なに言ってるんスかノンさん」
「えっ?」
「わがままなんてどの口が言ってるんスか? アタシはノンさんの治療院のアルバイトで、ノンさんは治療院の先生ッスよ。それでこれはパナシアさんが持ってきた治療の依頼ッス。ならアタシが手伝うのは当たり前のことで、どんな無茶をすることになってもずっと付き合っていくッスよ。だからアタシのことは気にしないで存分にこき使ってくださいッス」
プランはドンッと自信ありげに自らの胸を叩いた。
そんな彼女からの優しい言葉に、僕は内心で安堵の息を零してしまう。
アルバイトだからってそこまで付き合わなければいけない決まりはないのに、どうやらプランはついてきてくれるようだ。
こいつのこういう根性は見習わないといけないな、なんて思いながら僕は、笑みを浮かべてプランに言った。
「よし、じゃあプランに仕事を与える」
「なんスか?」
「この辺りに怪しい気配がないか感知スキルで探ってほしい。村に呪いを撒いている呪術師は人目の付かないところに隠れているだろうから、何とかしてそいつを見つけてほしいんだ。もしかしたらそれなりに離れた場所にいるかもしれないけど、それでも大丈夫か?」
問いかけると、彼女は慎ましい胸を張って鼻を鳴らした。
「ふふん、アタシを誰だと思ってんスかノンさん?」
「えっ、いや、誰も何もプランだろ?」
「”大盗賊”のプランッスよ。盗賊系のスキルの扱いは盗賊団の中でも随一と言われていたんス。村の周囲の気配を探るなんて、そんなの朝飯前ッスよ」
そう言ったプランは、すかさず目を閉じて耳を澄ますように耳裏に手を当てる。
しばしその状態で周囲の様子に注意すると、やがて彼女ははっと目を見開く。
村の北東方面に指を差して言った。
「あっちの方に、かなり薄いッスけど、”魔族”の気配がするッス」
「ま、魔族!? 魔物とか人間じゃなくてか?」
「はいッス。ちょっと距離があるので、もしかしたら気のせいかもしれないッスけど……」
魔族。
魔物とは違って人間のように意思を持つ魔の存在。
この前のような呪騎士が呪いを撒いていると思っていたんだが、まさか魔族が関与していたなんて。
しかしそれならばニココ村に蔓延している呪いの霧も納得がいく。
ここまで大規模な呪いを遠方から撒き散らすなんて、そこらにいる呪術師や魔物ができることではない。
でもまあ、まだ気のせいの可能性もあるようなので、断定はできないが。
「……とにかく、プランの言った方に向かってみよう。近づいていけばまた何かわかることがあるかもしれないからな」
「そうッスね。では行きましょうッス」
そう言い合った僕たちは、民家の裏手から離れて北東方面を目指すことにした。
二人して村を出た後は、プランを先頭にして嫌な気配を追跡していく。
それからしばらく歩き続けた後……
僕たちはある場所へとたどり着いた。
「ここは……墓地か?」
「そう……みたいッスね」
ニココ村の北東に位置する場所には、たくさんの墓石が立つ広場があった。
白い石畳が一面に広がり、僅かに埃を被っている墓石がまばらに並んでいる。
人の気配はない。
ツタも這っていることから、あまり人が出入りしているわけではないようだ。
ニココ村が管理している墓場ではないのだろうか?
まあ、それはいいとして……
「魔族の気配ってのはこの辺りからするのか?」
「はいッス。近づけば近づくほど濃いものになっていて、ここまでくれば確実に魔族の気配だと断言できるッス。なんでこんなところにいるのかは、よくわからないッスけど」
プランは辺りの臭いを嗅ぎながら首を傾げる。
なんでこんなところに魔族がいるのか?
その理由は定かではないが、まず間違いなくそいつがニココ村に呪いを撒いている犯人だ。
呪いによる村の制圧が目的なら、ここに隠れている訳も説明がつくし。
あまり人の出入りがなく、ニココ村からほどほどの距離にある場所。
遠方から呪いによる攻撃を仕掛けるなら、これ以上ない絶好の場所だ。
「で、その魔族ってのはどこにいるんだ? 見た感じだと誰もいないみたいだけど」
「こっちッスよノンさん」
プランに手を引かれて連れられた場所は、名も知らぬ人の墓石の前だった。
なんでこんなところに? と首を傾げていると、不意に彼女は墓石の真横に立つ。
ペタッとそれに触ると、おもむろに力を加え始めた。
「ちょっと失礼しますッス」
苦しい様子でそう言ったプランは、墓石を真横から押し始めた。
その光景に思わず僕は、罰が当たるんじゃ……とか思っていると、非力な彼女の力でもガラガラと墓石が動き出した。
するとどういうわけか墓石がずれたところには、地下に続くと思われる階段が現れた。
「お、おぉ……」
これにはつい感嘆の声を漏らしてしまう。
こんなところに隠し通路があったのか。
プランの感知スキルがなければとても発見はできなかっただろう。
僕は密かにプランに感謝しつつ、じっと地下階段を見つめながら呟いた。
「かくれんぼするなら最強だなここ」
「なに子供みたいなこと言ってんスか。ていうかこんな怖いところに長い間隠れてられないッスよ」
まあ、それもそうだな。
「とにかくこの中から魔族の気配がするんだな?」
「はいッス。墓石をずらしたことで、一層臭いが濃くなりましたッス。間違いないッスよ」
「よし、じゃあ行くぞプラン」
「了解ッス」
そう言い合った僕たちは、地下に続く階段を下り始めた。
満足に両手を広げることもできないほどの狭さ。
さらに下に行くにつれて、次第に空気が冷たくなってくる。
やがて階段を下り切ると、僕たちは広い空間へとたどり着いた。
遺跡とでも呼ぶべきだろうか。
辺り一面に石造りの壁が広がり、真四角の大部屋が形成されている。
地上の墓地とは違って荒れたところはなく、掃除も行き届いて生活感が漂っていた。
ここに呪いを撒いている呪術師が……?
「ノ、ノンさん、あれ……」
「……?」
プランの声に釣られ、視線を前に向ける。
すると部屋の中央には、壁に掛けられた薄い灯りに照らされながら、一人の人物が椅子に腰掛けていた。
遺跡の中でただ一つ、異質なオーラを放っている木造りの机と椅子。
そこに本を数冊積み上げて、傍らにはお茶の入ったティーカップを置き、僕たちの訪問に気が付くこともなく手元の本に目を落とし続けている。
その人はしばらくして、ようやくこちらに気が付いた。
首を傾げながら僕たちの方を振り向き、疑問の声を響かせる。
「んっ? 誰じゃ貴様ら?」
ボロボロの黒衣に、宝石があしらわれた王冠。
極めつけは、肉も皮もない、ガイコツの頭部と両手。
誰がどう見ても明らかに魔族と呼ぶべき者が、そこにはいた。
「ガ、ガガ、ガイコツ!? あれが村に呪いを撒いている呪術師なんスか!?」
驚きの光景を前に、プランは震える声を漏らす。
対して僕は目を見張ったまま固まり、呆然とガイコツのことを見据えていた。
相手が魔族と聞いていたから、敵がどんな奴であれ驚きはしないと思っていたのだが。
僕は今、驚愕に打ちひしがれて立ち尽くしてしまっている。
なぜなら目の前にいるガイコツが、見知っている魔族だったからだ。
なんでこいつがこんなところにいるんだよ。
あの時ちゃんと、僕たちが倒したはずじゃないか。
それを祝うために祝賀会が開かれて、そこで僕は勇者パーティーから追い出されたのだ。
忘れるはずもない。
どうしてこんなところで生きているんだよ……
「北の四天王……ネビロ」
一ヶ月と少し前に、勇者マリンに倒されたはずの魔王軍四天王の一人が、なぜか僕の眼前にいた。
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