第18話 「病の正体」

 

 朝早くにパナシアさんから依頼を受けた僕は、さっそくニココ村に向かうことにした。

 その間、彼女には治療院のことを見てもらうので、残念ながら道案内はない。

 というわけで大まかな道のりを聞き、僕はノホホ村の北方面に向けて歩き始めたのだった。

 パナシアさんに聞いた通りに、北の森を抜け、岩石地帯を目印に草原を進み、岩を越えてようやく村を視界に収める。

 時間にしておよそ五時間ほど掛けて、僕はニココ村に到着したのだった。

 

「ここがニココ村かぁ」


 小高い丘から眼下にある村を眺めて、僕は人知れずそう呟く。

 広さや人口はノホホ村とほとんど変わりなく、違いと言えば民家の造りが微妙に異なっていることくらいだろうか。

 ノホホ村は二階建てや三階建ての家もある中で、このニココ村の建物は全体的に背が低い印象だ。

 村長さんの意向なのだろうか?

 まあそれはいいとして、案外早くここに着けたのは正直驚いてしまった。

 

 町に行くよりも近い距離だと思う。

 まさかノホホ村の近くにここまで似たような場所があったとは。

 運良く馬車が通りかかってくれたおかげもあるのだろうが、元より近隣にあったらしく、日を跨いでの仕事にはなりそうになくて本当によかった。

 帰りも上手く見つけられればいいんだけど。

 誰に言うでもなくそう思っていると、不意に隣から少女の声が聞こえてきた。

 

「パナシアさんに聞いた通り、平和そうな村ッスね。どことなくノホホ村に似ている感じもするッス」


「あぁ、うん、そうだな……」


 僕はちらりと隣を一瞥する。

 そこにはミニマントとさらしと短パンとグローブを着用した、見るからに軽装な女盗賊が立っていた。

 僕は今さらながらなことを口から零す。


「ていうかさ……」


「……はいッス?」


「別にプランがついて来る必要はなかったんじゃないのか? 治療するのは僕なんだし」


「い、今さらそれ言っちゃうんスか!? ていうかそんなこと言わないでくださいッス!」


 ばっちり勝負服に着替えてついて来たプランが、涙目になって声を上げる。

 別にプランが一緒に来る必要はなかったんだけどな。

 村人たちの治療をするのは僕なんだし、今回はそれだけのつもりでここまで来たのだから。

 それに……


「パナシアさん一人を治療院に残すのは可哀想だったし、プランが一緒に残ってあげればよかったじゃんか。ただでさえ彼女は人と話すのが苦手な感じなんだから」


「そ、それもそうかもしれないッスけど、でもアタシはノンさんと一緒に出張治療に行きたかったんス。それにパナシアさんだって行っていいですよって言ってくれましたし……」


 確かにそんなやり取りをしていたような。

 でもなぁ……と変わらず納得が行っていない僕を見て、プランがさらに続けた。


「も、もちろん、ついて来たからには絶対に何かのお役に立ってみるッス! お邪魔にはなりませんから、そこはご安心ください! それと何かあればなんでもアタシに言い付けてくださいッス!」


「あぁ、うん、まあ……ここまで来ちゃったらもうしょうがないしな」


 というわけで……


「んじゃ、さっそくニココ村の様子を見に行くぞプラン」


「はいッス!」


 僕はアルバイトのプランと共に、実際にニココ村に立ち入ってみることにした。




 小高い丘から下りて、村の木造りの柵を越えた後。

 僕らは少しニココ村の中を歩き回り、広場の真ん中にあるベンチに腰掛けてとりあえずの見解を話し合った。


「聞いてた通り、やっぱり少し元気がないように見えるッスね」


「うん、そうだな」


 辺りの村人たちを見渡して、僕とプランはそう言い合う。

 パナシアさんに聞いていた通り、確かにどことなく村の人たちには元気がないように感じた。

 物静かな村なのだと言われればそうとしか思わないだろうが、僕らは事前にニココ村の人たちはいつもニコニコしていると聞かされているので、とても不可解に映ってしまう。

 やはり何か魔物の毒でも受けているのだろうか? と疑問に思っていると、不意に隣のプランが声を掛けてきた。


「それで、これからどうするつもりッスかノンさん? この村はそれほど広くはないッスけど、それなりの数の村人がいますッス。パナシアさんがいれば話は早かったんスけど、一人一人に事情を説明して治療するのはなかなかに骨だと思いますッスよ」


「あぁ、うん、それもそうだよなぁ……」


 プランからの真っ当な意見に、僕は唸り声を上げる。

 ん~、確かにこの人数を一人一人あたって治療するのは骨が折れると思う。

 この村で薬師をしているパナシアさんがいれば、本当に話は早く済んだのだが。

 道案内のこともあったし、やはり彼女は連れてくるべきだっただろうかと遅まきながらの後悔が生まれる。

 しかし無い物ねだりをしていても仕方がないと割り切り、僕は改まってプランに提案した。

 

「とりあえずまあ、村人たちの治療をするより前に、流行り病の正体だけでも早めに掴んでおこうと思う。だからプラン……」


「んっ? なんスか?」


「誰か体触らせてくれそうな人だけでも見つけてきて」


「――ッ!?」


 僕からの提案に、プランはつぶらな瞳をぎょっと見開いてしまう。

 次いでわなわなと体を震わせながら、僅かに僕から距離をとって言った。


「ノ、ノンさん……変態になってしまったんスか?」


「ちっげぇよ! そうじゃなくてだな、『診察』のスキルで村人たちの容体を確認しようと思ったんだよ! 触らなきゃ発動できないからさ」


「な、なんスか、そういうことッスか。ならそう言ってくださいッスよ。さすがに今の言い方は誤解が生じますッス」


 あらそう?

 まあ、何かよからぬ誤解を受けてもおかしくない言い方だった気もするな。

 密かに反省の念を抱いていると、プランは僕に言われた通り村人を呼びに行こうとした。

 すると、それよりも早く……


「あら? あなたたち……」


「「……?」」


 横からやってきた村のお姉さんに、声を掛けられてしまった。

 僕とプランは思わず放心してしまう。

 するとお姉さんは僕たちを見て、きょとんと首を傾げた。

 

「ニココ村の人、じゃないわよね? もしかして旅人さんかしら?」


「あっ、えっと……」


「それともまさか新婚さん? 新婚旅行なら町へ行ったほうが良いのではなくて?」


「「えっ!?」」


 僕とプランは目を見開く。

 もうホントそういうのいいですから。

 心なしか隣側の温度がちょっぴり上がったような気がしながらも、僕はお姉さんに訂正を求めるように返した。


「実は僕たちは兄妹で、各地の美味しい物を食べ歩いたりしてるんですよ。この村にはその道中で立ち寄って……」


「あらそうなの? てっきり私は初々しいカップルが静かな田舎村に旅行に来てるのかと思っちゃったわ。失礼したわね」


 口許に手を当てて、小さな笑い声を漏らす。

 その笑みは一見、普通のものに見えるのだが、その奥にはどこか疲れが滲んでいるような気がした。

 ニココ村の人たちの元気がないとは聞いていたけど。

 まさかこのお姉さんにも……

 そう思って彼女を見据えていると、やがて彼女は僕たちに声を掛けてきた理由を、遅まきながら話してくれた。

 

「もし旅行目的でここに来たのなら、やはり別の町や村に行った方がいいんじゃないかしらって、あなたたちに教えようと思ったのよ」


「えっ?」


「だってほら、みんな元気がないじゃない?」


 その言葉に僅かに驚いてしまう。

 ついこの間ニココ村に帰ってきたパナシアさんだけではなく、村人たち本人にもその自覚はあるようだ。

 お姉さんは辺りを歩く村人たちを一望しながら、少し悲しそうな顔で続けた。


「いつもは温かい笑顔で溢れてる村なんだけどね、ここ最近はどうしてか暗い雰囲気になっちゃってるのよ。みんな疲れちゃってるっていうか。だからもしいつものニココ村を見に来たのなら、また別の機会に来ることをおすすめするわ」


「……」


 お姉さんはその後、「それじゃあね」と言ってこの場を立ち去ろうとする。

 僕はそんな彼女に声を掛けるべきか、内心でかなり迷っていた。

 これは診察スキルを使う、またとない絶好の機会だ。

 お姉さんに触れてステータスを覗けば、村人たちに元気がない原因も判明する。

 しかし黙ってそんなことをしてしまって良いのだろうか?

 見た限りだと、この人も村の異変には若干気が付いているようだし、いっそ流行り病のことを話して協力を仰ぐか?

 

 一瞬だけそう考えるが、僕はすぐに心の中でかぶりを振る。

 そんなことをしたって混乱させてしまうだけだ。

 正体がわからず元気を奪われ続けるのはとてももどかしいだろうが、ここはパニックを引き起こさないためにも内緒で診察をしよう。

 この村に騒ぎは似合わない。

 そう決心した僕は、背中を向けたお姉さんに声を掛ける。


「あっ、肩に糸くずが……」


「えっ?」


 そう言ってすかさず彼女の右肩に手を置いた。

 ――診察。

 すると頭の中にお姉ちゃんのステータスが流れ込んでくる。

 天職、レベル、スキル、魔法、そして生命力と状態まで。

 それを確認した僕は、思わず目を見開いた。


「――っ!?」


 しかしすぐに気を取り直し、お姉さんに笑みを向ける。


「……取れましたよ」


「あら、ありがとう。それじゃあね仲良し兄妹さん」


「は、はい」


 今度こそ彼女は僕たちの前から歩き去っていった。

 その後ろ姿を見送った後、しばし僕はそのベンチから動くことができなかった。

 膝の上で両手を組み、そこに目を落とし続けている。

 すると不可解なその様子を見たプランが、不思議そうに僕の顔を覗き込んできた。


「……ノンさん?」


「プラン、ちょっとこっち来い」


「えっ?」


 いきなりプランの腕を掴み、ベンチから腰を上げる。

 そのまま彼女の腕を引いて広場を抜けると、人気のない民家の裏に回った。

 そこでプランを放すと、彼女はなぜか頬を染めて動揺する。


「ど、どうしたんスかノンさん? 急にその……」


「……」


 僕は真剣な顔で黙り込む。

 やがて重い口を開くことができると、僕はプランに先刻のことを話した。


「さっきのお姉さんの容体を、診察スキルを使って確かめてみた。糸くずを取る振りをしてな」


「えっ? それじゃあ、流行り病の正体がわかったってことッスか?」


「あぁ」


 先ほどから口を閉ざしていた理由はまさにそれだ。

 僕はあのお姉さんのステータスを確認した。

 ニココ村で流行っているという病の正体を探るために。

 そして僕は見た。彼女のステータスに記された異常を。


 もし流行り病が本当にただの病気ならば、ステータスに異常は現れないはずだ。

 状態異常の欄には、病気までは映らないから。

 何も映っていなければ、それをパナシアさんに報告して終わりになっていただろう。

 しかしお姉さんのステータスには、あるものが映し出されていた。

 それこそがまさにニココ村の人たちを苦しめている病。


 その正体は……




「呪いだよ」




「えっ……」


 僕の声に、プランは呆けた様子で固まってしまった。

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