第17話 「出張治療」
一度お茶を啜り、喉を潤してからさらに続ける。
「病、と言ってもいいのかもわからず、まだ正体も掴めていないのですが、いつもニコニコと笑っていた彼らが、今ではまるで別人のように疲れた顔をしているのです。そのせいで明るかった村の雰囲気も沈んだものになってしまい、最近は遊びや観光に来る旅人たちも激減しています」
そこまで聞いた僕は、パナシアさんの言わんとしていることを悟って問いかけた。
「もしかして、その流行り病を治してほしくて、僕の治療院を訪ねてきたということですか?」
「はは、はい。その通りです。ニココ村には治療院はおろか、治癒師が一人もいないので、一番近くのノホホ村に頼りになる人がいないか探しに来てみたのです。優しい人たちが多いところだと聞いていましたし、何より町の方に助けを求めに行ったら問題が大きくなってしまいます。村人たちに不安を与えないように解決するには、これしかないと思って」
そこまでの説明を聞き、僕はふむと顎に拳を当てる。
ニココ村で広まっている流行り病か。
そこまでひどいものではないらしいが、いつもニコニコ笑っている村人たちが、突然元気をなくしてしまうのはとても残念なことである。
何が原因でそうなっているのだろうか? そもそもそれは病気なのだろうか?
まあ何はともあれ、これはちゃんとした”治療”の依頼のようだ。
とすれば、治療院の先生として断るわけにはいかない。
「ま、まあ、事情はわかりました。僕で良ければお力をお貸ししたいと思うのですが……」
「ほ、ほほ、本当ですか!? なな、なんてお礼を言ったらよいか……」
「あっ、でも、もし感染症などで病気をしているのでしたら、回復魔法で治すことはできないので、ご期待に沿えるかどうか……」
苦笑しながらそう付け足す。
病気の場合は回復魔法じゃ治せないからな。
流行り病と言われているわけだし、むしろ力になれない可能性の方が高い。
だがしかし、僕の苦笑を受けたパナシアさんは、予想に反した答えを返してきた。
「そ、その可能性はおそらくないと思いますので、たぶん大丈夫です」
「えっ?」
「じじ、実は私、ニココ村で薬屋を営んでいる薬師なんですよ」
……薬師?
薬草を組み合わせて薬を調合し、それを販売している職業のことだよな?
治癒師と同じく人の健康を保つための仕事で、よく並べて語られている。
と、人知れず考えていると、不意にパナシアさんが腰の道具袋からガチャガチャと何かを取り出した。
それは小さなティーポットと二種類の薬草。
すると彼女はポットの中に薬草を入れ、次いで傍らに立っていたプランに「お湯を少しもらえませんか?」と尋ねた。
すかさず敬礼したプランがお湯を持ってくると、パナシアさんはポットの中にそのお湯を注ぎ始めた。
しばしポットを眺める。
やがてパナシアさんは道具袋の中から小瓶を取り出し、ポットの中身を注ぎ始めた。
八割ほど満たして蓋を閉じ、完成されたそれを彼女は少し誇らしげに掲げた。
どこからどう見てもそれはお店で売っているような”薬”だった。
今のが薬草の調合。
どうやらパナシアさんは本当に薬師のようだ。
と、そこで僕は、今さらながらに納得する。
パナシアさんが白衣を着用していたのはそれが理由だったのか。
「病気や怪我をしてしまった村人たちに、こうして自家製の薬を売っているのですよ。それで今回の流行り病を受けて、私の薬が効くかどうか試してみたのですけど、残念ながら効果はありませんでした。おそらく病気以外の何かで生命力が低下しているのだと思われます」
「それで、病気以外のことなら大抵治せる治癒師の手を借りたいということなんですか?」
「はは、はい。『薬が効かなければ回復魔法、回復魔法が効かなければ薬』とはよく言うものですからね」
……なるほどな。
パナシアさんの作った薬が効かなかったので、もう治癒師の手を頼る以外にないわけだ。
薬では治せなくても、回復魔法でなら治せる場合があるからな。
例えば『大きな怪我』や『魔物の毒』とか。
対して薬は『病気』や『植物の毒』に効果があるとされている
それが今回効かなかったということは、考えられる可能性としては魔物の毒が一番高いかな。
でも、のどかな田舎村に魔物の毒が広まることなんてあるのだろうか?
まあ、直接『診察』してみないことには何もわからないな。
ということで僕は、治癒師として依頼を受諾することに決めた。
と同時に素朴な疑問が湧き、パナシアさんに尋ねる。
「あれでも、ニココ村に住んでいるということは、パナシアさんはその流行り病にかかったりはしていないんですか?」
「あっ、はい。幸いにも私は、病が流行る一週間ほど前から町の方に出張に行ってまして、ついこの間帰ってきたばかりなのですよ。ですから村に帰って、みんなから笑顔が消えている光景を見て愕然としました」
「はぁ、そういうことだったんですか」
なるほどと本日何度目かわからない納得を示す。
「ま、まあ、とにかくわかりました。とりあえず善は急げということで、さっそく今からニココ村に向かおうと思います」
「ほ、ほほ、本当ですか!? とってもありがたいです! そんなに早く対応していただいてありがとうございます!」
依頼を受諾する旨を伝えると、パナシアさんは見るからに顔を輝かせた。
だが、すぐに輝きを消して眉を寄せてしまう。
「あれでも、いいのですか? ノンさんがここからいなくなってしまうと、突然治療院を空けることになってしまうのでは?」
「あぁ、それなら大丈夫ですよ。おいプラン」
「んっ? なんスか?」
「ちょっと僕がいない間、治療院の留守番頼んだ」
「えぇ!? アタシお留守番ッスか!?」
「いやだって、誰かいないと治療院に来た人が困っちゃうだろ。この前なんて僕がいない間に数人の村人たちが来たみたいで、誰もいなくてびっくりしたって言ってたんだから。それに『もう黙って治療院を空けることはしませんから』って村の人とも約束しちゃったし」
「えぇ……」
プランは心底不満そうに口を尖らせる。
別について来ても面白くないと思うんだが、と思っていると、やがてプランは渋々納得したような感じで頷いた。
「まあ、ここはアルバイトとして、是非お留守番の使命を完遂したいと思いますッス。ですけどノンさん……」
「んっ? なに?」
「もしアタシがお留守中に、怪我をしている人が来たらどうすればいいんスか? いくらアタシが器用だからと言っても、さすがに怪我の治療まではできないッスよ」
「あぁ、まあ、それもそうなんだよなぁ……」
難しい問題が出てきてしまった。
確かにプランに留守番を任せておけば、とりあえず治療院の人間が不在という問題だけは解消できる。
しかし怪我人が来た場合、その傷の治療ができないではないか。
それだと治療院を空けているも同然。
このノホホ村に限ってあり得ないことではあるが、万が一大怪我をしている人が僕を頼ってここに来たら大変だし。
と頭を悩ませていると、不意にパナシアさんが緊張した様子で手を上げた。
「なな、なんでしたら、私がしばらくこの治療院のお留守番を担当しましょうか?」
「「えっ!?」」
「ほ、ほら私、薬師として怪我人の治療とかもしてきましたし、自作の薬もいくらか持ってきましたので」
「いやでも、さすがに依頼主にそこまでさせるのは……」
報酬までもらえる上に、その間の治療院の世話まで見てもらうなんて。
何より依頼を持ってきた人が治癒師の代わりに怪我人の治療をするなんて、まるで聞いたことがない。
前例のないその提案に、当然僕は困惑してしまう。
そして断るつもりでかぶりを振ろうとしたのだが……
不意にパナシアさんが、丸眼鏡の奥で悲しそうに目を伏せた。
「ニココ村の人たちの危機に、いざという時に役に立つことができなかったのです。薬師としてそれはとても悔しいので、私にも何かお手伝いさせてください」
「……」
その声を受けて、僕は考えを改めることにする。
そうだよな。考えればすぐにわかることだった。
終始臆病な様子を見せて、真意を内側に隠しているこの人だけど、自分が住んでいる村の人たちを助けられないのはとても悔しいはずなのだ。
それを他の村に住んでいる治癒師に任せるなんてもっと歯がゆいはず。
だからすべてを僕に任せようとはせず、自分にも何かできることがないかと、さっきの提案をしてきたわけだ。
そうとわかった僕は、確かな頷きを彼女に返した。
「わかりました。ならこの治療院のこと、しばらくよろしくお願いしますね」
「は、はい。まだ出会って間もない私なんかに大切な治療院を任せていただいてありがとうございます。精一杯ノホホ村の人たちの治療をしますのでご安心ください。ニココ村のこと、よろしくお願いいたします」
こうして僕は、急遽ニココ村に出張治療をすることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます